第3話 白衣

下へ下へと向かうエレベーター。

その中には智慧とひとりの女が立っていた。

ここ数十分はこうして扉に向かって過ごしている気がする。

「あ、あの…。」

少し声をかけようとしてみたが、女は智慧の方を見すらしなかった。

(何者なんだこの人…。)

白衣を身にまとい、ポケットに両手をしまい込んでいる。

露のような圧も感じない。

無言なのはあくまで話すことがないから話さないからといった様子で、むしろ、背が智慧と同じぐらいという点がある分、少なくとも親しみやすさは勝っていた。

(名前はたしか…)

露に紹介された際、智慧の先輩に当たる人と紹介された。

白衣を纏っているため研究者なのだろうか?

「私の名前は『アネモネ』23歳。」

女は扉を見つめたまま話し始めた。

「【積乱】のパイロット。今からあなたに稽古をつけるます。」

聞き間違いか…?

全国大会で優勝したのにも関わらず、今更になって稽古?

無意識に言葉が漏れた。

「…え?」

女の顔を見つめる。

「なんでですか?」

全国大会をも制した智慧が、今一度稽古をつけられる理由が見つからないのだ。

女はちらっと智慧の顔を見てから智慧の疑問に答えた。

「正確には『稽古が必要か』を見極める。ここの地下にある闘技場で私と戦い、実力不足と判断されれば、今回の大会の話はなしになる。」

「なっ…!そんな理不尽なことありますか!?だいたい、そんなの大会前にやるべきことで…」

「昨日の午後9時45分82秒、『あなたの仇』が大会に出るという情報が入ってきた。」

突然のカミングアウトに智慧は息が詰まった。

アネモネは追い打ちをかけるように続ける。

「あの機体はその機体性能もさることながら、パイロットの腕前も相当なものと推測されているの。今のあなたなんかじゃ到底敵わない。」

なら尚更出してくれてもいいはずだ…。

文句は言いたいが、言っていることは至極真っ当だ。

この大会での敗北は死を意味する。負ければ、再び零に会うことも、両親の仇をとることも叶わなくなる。

このままでは、何もできないのはわかっている。

「・・・」

反応をどうするか悩んだ末、

「わかりました…。」

文句は言わず、受け入れる事にした。

無論、受け入れないことなど不可能なのだが。

パーン

地下施設に到着したらしい。

心地よいメロディーが鳴り響く。

エレベーター内のランプが点灯すると、エレベーターの扉が開いた。

「集合は第1試験場。試験は21時丁度に開始。詳細は端末に送っておく。」

待ち構えていたようにアネモネは一歩だけ外に出るも、すぐに足を止めた。

「余計なことを考えないように伝えておくと、これは露さん直々の命令だから。君は全力で私にかかってくることだけを考えなさい。」

そう言うと、アネモネは奥へと去ってしまった。

1人取り残された智慧は、その背中を追うようにしてその施設に足を踏み入れた。

ーーー

さっぱりとした内装と、時差がほぼゼロの外界映像のおかげでコックピット内は意外と窮屈に感じない。

外の様子を映すモニターは、中央に円状、そこから数本枝分かれをするようにして広がっており、感覚よりも映し出している映像の範囲は広い。

外では無数の無人整備機が【雙眼】と『アネモネの機体』の起動準備を行っている。

ダイビングスーツに似た、傀儡を操縦するのに必要なスーツに着替えた智慧。

長い髪は後ろで縛り、【雙眼】のセットアップが終わるのを待ち構えていた。

耳につけた無線から機械的な音声が聞こえてきた。

《頚椎部及び全身への加速粒子の注入準備が完了。》

「了解。」

《コックピット内のスイッチで注入を開始します。》

その音声を聞いた智慧は、右斜め上にあるスナップ型のスイッチに指をかけた。

「注入開始。」

パチッ

と、短く音が鳴り、脊椎に燃料が注入され始めた。

静寂を保っていた【雙眼】が、全身で唸り始めた。

智慧は、全身に響くその重低音を身に染み込ませながら、決意を強くした。

深く息を吸い込み、全て吐き出した。

(先輩だかなんだか知らないけど、零に会うためだ……。絶対に勝ってやる!!)

唸りは一層大きくなり、智慧の覚悟をも飲み込まんとしていた。負けじと智慧は叫んぶ。

「【雙眼】、起動!!!」

悪魔の目に、黄色の光が宿った。

一方、【雙眼】の向かい側のコンテナ。

そこに一体の傀儡が格納されていた。

パイロットはもちろんアネモネだ。

「友達に会うために命を投げ出すとはねぇ。アホくさいっていうかなんていうか…。」 

そんな子供に付き合わされるのはあまり気分が乗らない。

「補助システムすら未使用か…。」

呆れた。

こんなもので相手になるのだろうか?

いくつかの機器を弄ると、目の前のモニターにコンテナの様子が映し出される。

既に智慧との約束の時間だった。

声に答え、システムの起動音が鳴り響いた。

(命令を受けた以上、やらないわけにはいかないか。)

彼女も命令に背けない立場にいるからこそ、こんな柄でもないことをしている。

彼女が駆る巨人の名を呼んだ。

「【積乱せきらん】、起動。」

ーーー

【雙眼】と【積乱】をのせたコンテナが下へ落ちていく。

一般に言うフリーフォールと同じ原理で、支柱に沿っていたボックスは地面すれすれのところで突然減速した。

地下深くの施設のさらに下…。

コンテナが開くと、リング全体を照らすライトがついた。

そこに広がっていたのは…相撲に使う土俵。

何百本の巨木で形作られたリングに、多くの観客席。

安全装置が解除され、【雙眼】は一歩前へ踏み出た。

円形の戦場を囲うようにして作られた観客席。

リングへと向かう花道は傀儡用に通常の何十倍も大きく設計されていた。

そこで戦うことを抜きにしても、形づくる巨木と莫大な量の土だけで迫力に満ちている。

(傀儡が戦うために設計されてる…?)

特別建築に詳しいわけではないが、現代の技術で闘技場、それも特大のものを作るとなった時、支柱に木を使うだろうか?

そんなことを思っていると、向かい側の花道から、メカメカしい傀儡が歩いてきていた。

アネモネとの回線が開いた。

《この闘技場は、約二百年前、江戸時代中期に作られた闘技場とされている。》

太ももからふくらはぎにかけていくつものスラスターが付いている。

機械的な直線が多用されたヘッドパーツは、縦長の六角形に、板状のバイザーが取り付けられている。

《傀儡を使えば、江戸時代でもこんな物を作れるの。しかし、今ではもはや作ることすら考えられない。》

華奢なシルエットに似合わず、【積乱】の足音は広大な舞台に響き渡った。

《それは何故か?》

それにアネモネの力強い言葉が続く。

《答えは簡単。誰も傀儡の真の使い方を知らないからよ。》

【積乱】が背中に手を伸ばしたかと思うと、腰に携えていた剣を引き抜く。

2体のファイターが文字通り同じ土俵にあがった。

傀儡に合わせて土俵が大きくなっているのは当然だが、それとは別に傀儡との相対的な大きさも相当あるようだった。

《ルールは1対1のリング制。勝利条件は相手の傀儡の首をはねる。あるいはリングの外に足をつかせること。》

今回のために用意された、【雙眼】用の剣を引き抜いた。

四本の腕それぞれに一本ずつ装備できるように、計4本が用意されている。

剣は公式戦でもよく使用される物で、【積乱】も同じものを使っている。

よって、この試合の行く末を決めるのは傀儡の特性と、パイロットの技量のみ。

緊張で張り詰めた空気を切り裂くように、天井のスピーカーから露の声が響いた。

《これより、第一回能力テストを行います。カウント開始。》

5。空中に数字が表示された。

4。カウントダウンが始まり、両者は戦闘態勢をとる。

3。【雙眼】が腰をかがめ、カエルのような姿勢になる。

2。【積乱】が剣をしっかりと握り直した。

1。全身に力を込め、

0。ブザー音がなると同時に、【雙眼】が【積乱】に向かい、姿を消した。

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