第2話 起動

「裏…決闘大会……?」

初めて聞く名称に思わず反応してしまう智慧。

決闘大会はわかる。ただ傀儡を使って争うといったものだろう。

「そう。興味ない?」

露は知ってる体で進めているが、もちろん智慧は知らない。

「なんですかそれ。」

「あれ、知らないんだ。…まぁ、極秘で開催されてる物だし仕方ないっちゃあ仕方ない。歴代最年少で大会に出ても、それでいくら勝利を収めても、君はファイターの端くれでしかなかった。」

それなら最初から説明してくれたほうが良いと思うのだが……。

流れるように馬鹿にしてきたが、

「でも、状況は変わった。あなたはチャンピオンになった。歴代最年少、しかもそれに似合わぬ戦績から、その実力と【雙眼】の名は世に知れ渡ることとなった。」

ようやく本題に入り出した。

「もちろん、それは裏社会の人間にも知られた。」

露は堂々と語り続ける。

「世界各地の傀儡が集結し、その中で真の最強を決める!!!くーっ!しびれるねーー!!」

「なんかキャラ変わってません…?」

ヒートアップした露を落ち着かせた。

緩急がつきすぎてわかりにくいが、要するにこういうことだ。

『戦え。』

今の言葉…いや、これまで露が智慧にかけた言葉はすべてこの一言に圧縮することができる。

「で、どうする?」

どうする?と言われても…。

今回はいつもの大会や試合とは違う。

裏社会と関わったことのない智慧としては、関わる事自体が今後の人生においてのリスクとなり得るし、そもそもその方面の者達と関わりたくなかった。

流石に断ろう…。そう思い、露の顔を見つめ直した。

昔、なんでもすると露に約束したがいくらなんでもこれは無理だ。

決定権はこちらにあるようだし、口を開きかけた瞬間、

「あぁ…。あと、今回の大会に命の保障はないから。」

露が思い出したようにカミングアウトした。

智慧の動きが止まる。

「動きが止まったね。君みたいな子供でもこの意味はわかるでしょ?『命の保障がない』それは当然だけど、命の危険にさらされることがあるってこと。つまり、」

「『起動できるかも』ってことですか?」

露の口角が上がった。

まるで悪巧みをする子供のような無邪気さの裏に、とてつもない悪意・真意が含まれている顔だ。

「そういうこと。」

笑いを抑えきれなくなった智慧が、笑い出していた。

「いいじゃないですか。やりましょう。」

「流石ね。じゃあ必要な準備とかは後日連絡するから…」

「待ってください。」

退出しようとした露を智慧が引き止めた。

そして、単純な疑問を投げかける。

「露さんがこの大会に出たがる理由は…なんですか?」

露が智慧と向き直った。

「秘密。知りたいなら、君があのシステムを起動させたがる理由を教えてみなよ。」

意地悪く露は質問に答えなかった。

一方智慧も…

「嫌ですよ。」

質問には答えなかった。

「そういうことだよ。それじゃ、バイバイ。」

そう言い残すと露は帰っていった。

互いに自分の真の目的は隠し、表面上だけの信頼関係のもとに成り立っているらしい。

二人の『契約』の元は、三年前まで遡る。

・・・

露が港まで車を走らせた。数十分前、一つの報告が飛び込んできたからだ。

「なんだあれは…。」

「ロボットか?」

「漫画やアニメじゃないんだから。」

野次馬が集まりすぎて何も見えない。

仮に報告通りだとしたら、一旦この目で確認する必要がある。

人混みをかき分けてその最前線に出た。

声が交差しすぎてガヤガヤというよりザワザワとなっており、騒音と化していた。

露がようやく最前線に出た時、確信した。

海から人型の何かが闊歩していた。

こちらに向かってゆっくりと歩いている。

水平線の彼方から何時間もかけて歩き続けたのだろう。

全身に海藻が絡みつき、力なく垂らした腕はその大きな足を踏み出す度に揺られている。

「『傀儡』だ…。」

「なんだいそれは?」

野次馬の一人が話しかけてきた。

「最近発見された、百年前に作られたとされる巨大な機械人形です。植物と、僅かな機械のパーツだけで構成されている、言ってみれば植物ロボットのような物です。」

かなり噛み砕いて説明したが、それでも納得してくれたようだった。

「あの様子ではまともな整備も受けていないだろうに…。」

よく見ると小さな傷や節々が軋む音も聞こえる。

「いったい誰があんなものを…。」

傀儡には神経と植物を擬似的に接続することで、大雑把な操作でも操縦者のイメージに合わせて自動で修正をしてくれる機構が搭載されている。

なぜ江戸時代にそんな物が作れたのかは定かではないが、とんでもない技術なのは間違いがない。

とは言え、その修正も、明確かつ強い意志がなければシステム自体が反応しない。

どんな人間が乗っているのか、そしてなぜここまで歩いて来れたのか、非常に興味が湧いてきた。

しかし、

「倒れたぞ!!」

海を歩く傀儡が、ついに限界を超えて、力尽きたように倒れた。

その衝撃は感じたよりも大きく、大きな波を発生させた。

余波が野次馬にも近づき、多くの者は逃げ出していった。

防波堤のお陰で影響は少なかったが、少なからず露に飛沫がかかった。

《そこのパイロット、出てきなさい。》

ようやく警察も到着したようで、安全面からか一足早くついたヘリコプターで警告をしている。

依然として傀儡は沈黙を保っている。

このままではいけないと、傀儡が体勢を変えるため身体を起こし始めた。

腕を使い、視線が真ん前になるように身を起こすと、ぴくりと動きが止まった。

その目線の先にいるのは…他でもない露だった。

信じられないものを見るような目で露のことを見つめる。

言うまでもなく、その傀儡は機械だ。

しかし、間違いなくその無機質な『目』は何かを見つめていた。

一瞬の沈黙の後、港に向かって傀儡は走り出した。18メートルの巨体からは考えられない瞬発力と速度。

その時目撃した全ての人間が断言できた。

限界を超えたようにあの傀儡を動かしている者は、怨念にも似た強い意思をもち、あの限界を超えた機械を動かしていた。

それほどまでにその姿は覇気に満ち溢れ、人間味があった。

そして、海底を抉り、水をY字に切り裂くその姿は、一つのものを想起させる。

《目標が突如進行を開始!!避難、間に合いません!!》

ヘリコプターの中では絶叫が飛んでいた。

野次馬が巻き込まれるのはある種自業自得だが、国民を守るのを使命とする彼らは見ていられないのだろう。

自分が巻き込まれると思っていなかった野次馬は一斉に駆け出していた。

「おい!!あいつ何をやってる!?」

ヘリコプターから見下ろしたとき、異常な光景が広がっていた。

一人の女が、逃げるどころか端へとゆっくりと歩いていた。

・・・露だ。

取り憑かれたかのように、一歩一歩近づこうとする様は、求めていた『何か』を見つけたような目つきだった。

漠然と何かを見つめる人間。

それと相反するように一点を見つめる機械。

理由はわからないが、ヘリコプターから見つめている人は、巨人に向かうことのリスクやそれに伴った危険性…、そんなものないかのように2点は近づき続けた。

そしてついに、傀儡と港の距離はゼロとなった。

「危ない!!」

露の左右に手を着けた。

コンクリート片が舞い、傀儡やその周辺の景色が一切見えなくなる。

ポロポロと小さなコンクリートが降り始めたと同時に、風向きが変わった。

それの影響で露と、目の前にいる傀儡が向かい合う形になる。

髪のみが風でなびく。

まるで神話のいち場面のような神聖さがそこにはあった。

が、すでに限界を超えた状態だった傀儡は、力なく倒れてしまった。

先ほどとは違い、目にあたる部分の光も消えていた。

露はポーカーフェイスのまま、傀儡の顔をジロジロと観察した。

「あなたはどこから来たの?」

その言葉はパイロットに向けられたものではなかった。傀儡そのものに問いかけるかのように、露は話し続けた。

「コードネーム、『UOM005』…またの名を」

親が子に命名するかのように、優しみに溢れた声でその名を呟いた。

「『雙眼』」

この2つの存在の接触が、全ての原点となることをまだ誰も知らなかった。

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