第14話 火生
――ちょっと隆弘、降りてきてテレビ観て! あの火事のことやってるんだけど……
不意に階下から母の声がした。「あの火事」という言葉にドキッとする。
言うまでもなく、昨日の無人販売所の件だろう――僕は急いで階段を降りた。茶の間に据えられた大型液晶画面に、ちょうどテロップが出ている所だった。
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DNA鑑定の結果、親族男性とミイラ状遺体に血縁関係。
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「へ、ミイラの方?」
どういうことだ。ミイラの方が藤宮幸一氏だったというのなら、焼死体の方は誰なのか?
アナウンサーの読み上げが続く。
〈なお、同時に……え?〉
淡々とした声が一瞬よどんで詰まった。
〈――大変失礼しました。なお同時に発見された、藤宮氏の焼死体と思われた物体からはDNA及びアミノ酸が検出されていないため、県警及び消防署は熊本大学に追加サンプルを送って再分析を行う、と発表しました〉
(……焼死体は、焼死体じゃなかった?)
意外な成り行きに、頭が混乱した。火事現場の横を車で通った時に嗅いだ、ビニールの燃えるような匂いのことが脳裏によみがえる。普通に考えれば無人販売所の中に残されていたプラ製品などのものだろうが、それ以上の何かをつい想像してしまう。
「お、おかしいわねえ……高野さんの奥さんから聞いた話だと、幸一さんは火事の三日前に花マートに買い物に来てたって……」
母が声を震わせながらつぶやいた。
「うん、変だな。第一この暑さだと、最近亡くなったんならミイラどころか直ぐに腐乱してしまうだろうし……」
父がそういうのを聞きながら、僕は昼間見た、長野さんのお祖母ちゃんそっくりの何かを思い出していた。藤宮さんの「焼死体」と、立ち上がったあと直ぐに崩れたあの「お祖母ちゃん」が、同様のものなのではないか、という考えが膨れ上がっていく。
カーテンの向こうで庭を横切る何か。
植え込みの間から立ち上がり掻き消えた白い人影。
そして、白法被の上に重ねられた半透明のビニール雨合羽がそのイメージの後を追って現れてきた。
そういえば、松田仁美が言っていた――応現雷天院の「教義」にいわく、かの教えを奉ずるものは死後に「白光童子」の加護を受けて生まれ変わる、と。
「……父さん」
「ん、どうした?」
「明日、車を借りたいけどいいかな? 『よしの窯』を明後日訪ねるつもりだったけど、さっき吉野さんから変な電話があって、繋がる前に切れたんだ。何か事件に巻き込まれたのかもしれない」
「ああ、明後日って話はさっき母さんに聞いてたが……妙なことになってるんだな。警察に知らせた方がよくないか?」
「それはそうなんだけど。電話は通じないままだし、伯父さんの預け物の件もあるから、まず直接確認に行きたい。それに――」
僕は帰省してから今日までに見聞きした事と、それらにうっすらと関連性があるらしいことをかいつまんで父に説明した。ただ、ラジオから聞こえた伯父の声の事だけは伏せた。
「知明伯父さんは何か知ってたか、部分的に予見したことがあったんだと思う。それに、埴山に一人でいる香苗のことも心配なんだ」
父は少し考えたようだが、ゆっくりとこちらに顔を向けてうなずいた。
「そういうことなら、俺も行こう。宗教団体のことはよくわからんが、なにかしらの生物的なものが関わってるなら俺の専門だ」
ちょうど明日は土曜日だから、職場には無理に出なくて済む――父はそう言って、にやりと笑った。
その場で香苗に電話を入れる。今回もスマホは普通につながった。
彼女は面喰らった様子だったが、要件を説明するとどこかホッとしたような声になった。
〈連絡くれてありがとうね、ヒロ兄。うん、私も行くよ、吉野さんとこ。お父さんの遺したものがあるならやっぱり確認したいしね〉
「そうだな」
〈それにうちの近所もね、なんか気味の悪いことがぽつぽつ起きてるみたいなの。屋根の上になにか大きなものがいるような音がしたりとか……気のせいかな、って思ってたんだけどヒロ兄の話がほんとなら、埴山も安心じゃないかも〉
ぞわっと背筋が粟立った。屋根の上に何かいる、というなら僕も体験している事象だ。
「……ちょっと待って。うん、親父と代わるから」
スマホを父に渡して通話に出てもらった。「よしの窯」を訪問した後はそのままうちに来て、しばらく泊まる方向で話がまとまったようだ。
――着替えと、あとは坂道を歩けるような靴をなにか用意しておきなさい。吉野さんちの辺りも、起伏の多い地形だからね。
父の気配りの行き届いた指示に、やはり教師だなと感心する。
電話を終えて二階に上がる。椅子の背にもたれて天井を見上げていると、机の辺りから不意に「ザザ……」とノイズが聴こえた。
(あれ?)
席を立って机に近づき、ラジオを凝視する。電源スイッチは入っていない。
(近くに強い発信源があると、ガードレールやなんかでも無電源で受信する、って聞いたことあるけど……)
首をひねっていると急にノイズが晴れ、とぎれとぎれではあるが明らかな日本語になった。
〈持って……行け……〉
伯父の声だった。
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