第13話 接続
奇怪な現象や、同級生との芳しからぬ再会はともかくとして、僕は回覧板を届けに再び古沢さん宅を目指した。玄関口に出てきた中学生くらいの男の子に、中の署名用紙の件を言づけて門を出る。
「暑いな……熊本は何だって、こうも暑いんだ」
愚痴交じりに声に出しながら、日陰を縫って家まで歩く。それにしてもさっきの遭遇は胸にこたえた。我知らずのろのろとスマホを取り出し、アプリを立ち上げて――僕は半ば衝動的に、松田仁美にLINEメッセージを送っていた。
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〈 松田仁美
白法被の中に三橋がいた。わけわかんない
11:45
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すぐに既読がつき、メッセージが返ってくる。
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松田仁美
ああ、見たんだ。そうなの。あの子、あいつらの仲間に
入ってさ。祭り上げられちゃってんの。
11:47
何かあったのかな?
11:47
松田仁美
あーごめん、そこちょっと軽々しく話せるようなことじゃ。
11:48
そっか
11:48
松田仁美
そのうち、ちゃんと会って機会があったらね……私もすごいショックだったん。
11:48
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愚痴るつもりだったのだが、何かむしろ向こうの愚痴を聞かされそうな気配。
僕は既読だけつけて、その会話を切り上げた――つもりだった。
家に帰って二十分ほど後に、松田から一言だけメッセージが追加で入っているのに気づく。そこには、こうあった。
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松田仁美
まだ完全終息じゃないみたいだし、鍜治君も気を付けなよね。
12:10
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(『完全終息』……? これって)
すん、と重苦しいものが肩にのしかかった気分がした。
このご時世に終息とか気を付けるとか言えば、まず一つしかない。エポナウイルスのことに違いなかった。
風邪のような呼吸器症状から始まり、様々な臓器に機能不全を引き起こす、スコットランド発の新型感染症だ。若い女性では特に、卵巣の組織に重篤な病変を引き起こして不妊化を誘発しやすいとされる。
ケルト神話の、馬の守護神にして豊饒の女神。その名が不妊ウイルスに冠されているのはなんとも皮肉な感じだ。それに言及するということは。
(まさか……なあ。そういうことなのか?)
三橋がエポナを発症し、機能を失ったとしたら。それは人生と人生観を一変させるような、深刻な体験だろう。それがきっかけで胡乱な新興宗教に絡めとられた、としたら、いかにもありそうなことだ。それにしても、だ。
松田仁美は、応現雷天院――おそらくはドイツの、AugenReiten religiose Korperschaftと表裏をなす団体について、なにがしかの教義を知り得ていた。これは三橋からのルートだと考えるのが自然だ。
だが、かの団体について語るとき松田のまなざしに宿っていた影の色合いは。
単に友人がカルトに嵌った、ということに対してだけとも思えない、ひどく錯綜して暗く重いものが感じられたのだと、あらためて僕は認識していた。
昼食後、香苗に電話を入れるつもりがずるずると、他の用事にかまけているうちにはや夕刻。
夕食の片づけを終えひと息入れたところで、やっとスマホを手に取った、その時。
鈍い振動と共に、手の中のそれが着信音を奏でた。画面に表示された発信者は――「よしの窯」の陶芸家、吉野忠文氏だった。
(あれ? こんな時間に……?)
何か、明後日の約束に不都合でも発生したのだろうか? そう思いながら電話に出た。だが耳に聞こえたのは、通話が切れる瞬間の短い電子音だけ。
「なんだ……? いい年したおっさんがワン切りかぁ?」
店は畳んでいるというし、電話料金を惜しんだものか――そんないささか失礼なことを考えながら、仕方なくこちらからかけ直す。だが、その後何度コールしても、「圏外あるいは充電切れ」を伝える合成音声が流れるばかり。
普通なら、携帯端末をろくに充電もせずに持ち歩く相手に呆れて、再度の連絡を待つだけだっただろう。だがこの時はなぜか、ひどく嫌な予感がこみあげてきて仕方がなかった。
白昼練り歩くカルト集団。死に瀕した老女の姿を写し取る、得体のしれない何か。届くはずのない場所から届いた電波の
ばらばらな雑然とした事象だが、これらがどこかでつながっている可能性があるとしたら。どうやら何か、本当にろくでもないことが起きているのではないか。
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