第10話 糸口

(こんなの……なんで昨日気付かなかったんだ……?)


 自分の注意力の無さに呆れかえる。

 だがこれでどうやらはっきりした。伯父がラジオとカードを僕に託したのは、決して単なる形見などではないのだ。

 

 書き込みがあるカードは、どうやら「Celestial Flower Broadcasting」のものに限られているようだった。それが16枚ほど。恐らく、何らかの順番で並び替えることで意味のある数字になるとか、そういうことだろう。

 

 

(……いちばんありそうなのは、カードの日付だろうな)


 ベリカードには、受信者から報告された受信日が記載されている。伯父が箱一杯にため込んだそれらのカードには、70年代の末から始まって、90年代半ばまでの日付が残されていた。

 インディ・ブルーに銀色の箔押しで五弁の花びらがあしらわれたカードを日付順に並べていく。

 

「0。9……6、8――と。こりゃあ……」


 並べ終わって、僕は首をひねった。それはどうも、0968の市外局番で始まる、10桁の電話番号のようなのだ。

 カードは16枚なので桁がいくつか余るが、ちょうど10桁を数えたところで数字ではなくナカグロの「・」が記されていた。そこから先はまた何か、別の意味を持つ番号なのだろう。

 

(これ。荒尾市近辺の電話番号だよな……?)


 伯父の家の番号はそらで覚えている程度にはなじんでいる。目の前のこの番号自体はどこか別の未知の場所だが、それでもおそらくあの埴山の家からそう遠くはない――そんな気がした。

 

 どうしたものか。いきなり誰とも分からない電話番号にかけてみる、というのは流石にためらわれた。何か事前に、電話番号の主に当たりをつける方法はあるだろうか?

 少し迷った後、僕は父のパソコンから検索エンジンにアクセスした。個人情報保護にうるさい昨今、電話帳の各戸配布は行われていないし、ただの個人の電話番号は先ず一般には公開されていない。だが、もしも何らかの営業を行っている店や事業所の番号であれば、見つかる可能性がある。

 

 果たして、その番号が検索でヒットした。「よしの窯」という陶器販売店で、簡便なものながらwebサイトが開設されている。

 それは県北で作られている伝統的な陶器「小代焼き」の流れをくむ陶芸家が開いている、小さな窯元らしかった。

 

(あー……そうか。埴山にも焼き物に良さそうな粘土があったもんな……)


 幼いころに遊んだ、伯父宅近辺の丘と林を思い出した。あの一帯の地面は酸化鉄を含む赤みの強い粘土で、雨上がりなどはひどく滑りやすかったものだ。

 それに近隣にあるという窯元から、釉薬をかける前に放棄された、素焼き状態のものを伯父と父が三点ばかりもらい受けてきたことがある。まだ一つくらいは割れずに家に残っていた気がするのだが――もしかしたら、あの素焼きの出どころがくだんの「よしの窯」ではなかったろうか?

 

 陶土が採れる土地と、陶芸家。失敗作を持ち帰っていい、と容認される程度の親しさだったとすれば。

 

(これは、ちょっと連絡を取ってみるべきだな……)


 伯父が僕に伝えるべき何かをその陶芸家に託している、というのはかなり飛躍した発想だとは感じる。慎重に探りを入れる必要がありそうだが、さて、どう切り出すか。

 

 

 少し迷った後、僕は「よしの窯」にスマホから電話を入れた。例の電波障害がちょっと気になったが、今回はなんということもなく呼び出し音が鳴る。 


〈――はい、吉野です〉

 

 やや掠れた、中高年男性らしき声。かすかな空咳の音が後に続いた。

 

「ああ、もしもし? お忙しいところすみません、『よしの窯』の吉野さんで宜しかったでしょうか?」


〈ああ……はい、今は窯の方はやっとらんとですが、どういったご用でしょうか?〉

 

 おや? スマホを耳にあてがったまま、パソコンの画面を操作する。「よしの窯」webサイトの更新履歴を確認すると――なるほど、七年ほど前から更新されていない様子だった。

 

(ふむ……)


 まあこんな世の中だし、相手は伯父と同年配かあるいはそれ以上の高齢だ。陶芸は体力のいる仕事だろうし、早々に廃業していても不思議ではないが。

 

「……私、熊本の鍜治と申します。昨年亡くなった伯父の遺品を整理していたのですが、どうも、その……『よしの窯』さんと親しくさせていただいていたようなのですが……何点か、お借りしていたものがあったのではないか、と思われる形跡があってですね」


 探りを入れつつ、相手の返答によってどうとでも話を転がせるようにうまく切り出した――つもりだったが。吉野氏はこちらの言葉が途切れたと見るや、予想外の反応を返してきた。

 

〈鍜治……? 『亡くなった伯父』て言いなはったな? あんた、もしかすっと知明の甥かなんかかね!?〉


 奇妙に熱がこもり、切迫した感じの声色だった。営業向けの名残らしき共通語の装いはかなぐり捨てられ、泥臭い熊本弁の地が顔を出している。


「……そ、そうです。鍜治知明の甥の、隆弘たかひろ」と申しますが……伯父が、その――やっぱり、何か?」


〈……妙なこつば頼まれた、てち思うとったが……〉


 少し口ごもった後、吉野氏は僕にこう言った――

 

〈こっちが貸した、てっちゅうもんはさしてなかったばってんが、知明から預かったもんがあっとたい。ずっと気になっとったと〉


 身内のあれこれの都合があるためすぐに、というわけにはいかないが、二日後に体が空くのでその時に「よしの窯」の店舗跡まで来てもらえないか――吉野氏はそんな風に持ちかけてきた。

 

「分かりました……では明後日、午前十一時ころに伺います」


 僕は奇妙な高揚感と底知れない不安感を胸に通話を切った。

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