第6話 周波数

 カードの整理には二時間ほどかかった。枚数が多いのもあるが、新しい図柄のものが出てくるたびについつい見入ってしまったせいだ。

 

 一段落ついたところで、僕はラジオを電源につないでみた。整理したカードの一枚を手に取って、裏に表にくるくると回しながらそこに書かれた情報に改めて目を通す。海外の放送は、局にもよるがその多くが短波と呼ばれる30MHz付近までを使用しているようだった。


「聴けるやつがあるなら聴いてみたいよな……」

 せっかくもらったラジオだし。

 

 バンド切り替えスイッチを「SW」に合わせて、チューナーのダイヤルをゆっくり回す。だが、聞こえるのはノイズばかりだった。

 

(んー、短波って、今は使われてないのかな……)


 考えてみれば昨今店頭で売ってるラジオは、ほとんどがAMとFMの2バンドしか対応していない。その辺の事情を確認しようとスマホを手に取る。短波放送について検索すると――いささか残念なことがいくつか判明した。

 

(あー、そうか……)


 2003年あたりから技術が刷新されて、現在の短波放送は10KHz辺りの帯域でデジタル信号を発信するものに変わっているようなのだ。 これを聴取するにはLINE出力端子を持つラジオから、専用のデータ・エンコーダーへと信号を引きこんで音声や画像などのデータに変換してやらなければならないのだった。

 

 海外のラジオ国際放送が短波を使った理由もわかった。地球は球形であるから、直進する電波はそのままでは一定以上の距離離れた地点まで到達できず、地球を飛び出すような形になってしまうわけだが。

 大気圏上層には電離層というものがある。イオン化した気体原子や分子とそこから電離した電子が浮遊していて、いくつかの層に分かれるのだが、これが電波を反射したり吸収したりして、ラジオや無線の電波到達距離に影響を与えるのだ。

 

 短波放送の電波は、大ざっぱにいえばこの電離層で反射され、地球の曲面に邪魔されずに最も遠距離へ到達できるのだった。

 知ってみればなるほど、という感じだ。FM放送などで使われる超短波はこの電離層を透過してしまうし、中波は昼の間、太陽光線によって作られる最も低高度の層に吸収されてしまう――

 

(……あれ?)


 そこまで調べて理解したところで、僕はふと引っかかるものを感じて先ほどのカードの山を凝視した。あの中に、妙に周波数の低いものがなかっただろうか? 

 仕分け済みのカードを山ごとにもう一度確かめると――先ほどの「AugenRiten」と、もう一つ、これは枚数がごく少ないが、やはりヨーロッパの方の小さなラジオ局のものが中波帯域を使用していた。

 

(伯父さんよくこんなの受信出来てたな……だから受信報告を頻繁に送ってたのか)


 夜は中波を吸収する層が消え、中波が反射によって遠方へ届く状態になるという。おそらく伯父さんはその時間帯を狙って、ヨーロッパの珍しい中波放送を上手いこと受信していた、ということなのだろうか――

 

 

 そこまで考えた時だった。

 窓の外の屋根の上で、べしゃ、というような物音が聞こえ、何かそれなりの重さを持つ物体が動いた気配がした。そして、適当な周波数に合わせたままだったラジオから、音量を増したひどいノイズと共に人語らしきものが流れ出したのだ。

 

 ――タ、カ……ヒ……

 

 それは、僕の名前を形作ろうとしたようだった。

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