第3話 埴山(はにやま)
埴山の伯父宅は、僕の家から国道沿いに車で約30キロ。
荒尾市の市街地からやや離れた丘陵地の南斜面に、ひっそりと肩を寄せ合う二十軒ばかりの住宅に紛れて建っている。
さも昔からの村か何かのような具合に見えるが、ここは戦後間もない時期に造成されて売り出された、いわゆる新興住宅地のはしりだ。
父が子供のころは、近隣にある民家はほんの数軒を数えるばかりだったというし、家の東側を南北に走る小道の北端は、いまでも裏の雑木林に吸い込まれるように途切れてしまう――そんな場所だった。
伯父宅の敷地は道路からかなり高さがあり、大小さまざまな自然石を乱暴にセメントで固めたような擁壁を有している。
東側の小道を車で登っていくと、玄関へと続く長さ五メートル程の急こう配なスロープの途中、半開きの鉄扉のところに香苗が立っていた。
こちらに気が付いて手を振る。僕もクラクションを軽く一鳴らしして、いったん門の前を通りすぎた。車を伯父宅の裏にある空き地に停め、スロープのところまで行くと、香苗もこちらへ駆け寄ってきた。
「お久しぶり、ヒロ兄!」
「や。三年ちょっとかな? 見違えたわ」
以前会った時に比べると、ずいぶん大人びた様子に見える。服装は軽めのデニム生地で仕立てられた婦人用ジーンズに、新品のワンポイント入り白Tシャツというコーディネート。頭にはジーンズと似通った生地のつば広帽子を載せていた。何というか、すぐ出かけるつもりのような格好だ。
「ふふ。時間もちょうどいいしさ、まずはご飯食べにいこっか?」
指摘するまでもない、香苗は僕と外出するつもりなのだった。
「あー、まず伯父さんの位牌に手でも合わせてから、と思ったんだけどな……」
「それはそうだけど……私が出かけたくって」
少しばつが悪そうに香苗が笑う。幼い頃、盆正月にこの家に集まって親戚の子供同士で遊んだ時の、愛おしさとほんの微妙な煩わしさがくすぐったいような感じを伴って思い出された。
「まあいいや。飯、どこにする?」
「あっ、任せて。ちょっと距離あるけど、前から目星つけてたいいお店あるんだぁ」
「へえ、じゃそこにしようか」
香苗と二人で車に戻る。その途中で気づいたが、スロープの脇にあるコンクリート製のガレージに車やバイクはなかった。乗り物といえば玄関ポーチの辺りにママチャリらしきものが見えるだけだ。
もとよりこの辺はあまり店の類がなくやや不便なところなのだが、どうも香苗は目下、普段の足にもかなり不自由しているらしい。
彼女が教えてくれたのは、丘陵地の北西側を走る道路沿いにある天ぷら屋だ。スマホで検索すると場所はすぐに分かった。念のため電話番号を指定してカーナビに行き先登録。僕たちは車を出してさっそく件の店へ向かった。
住宅地を出ると、国道が東西に走っている。その南側は川沿いに水田が広がる開けた地形になっていて、日を遮るような木立も建物もない区間が数百メートル続いている。右折のタイミングをはかって左右を確認していると、一団の人々が南側の歩道を徒歩で練り歩いて来た。
白い法被のような物を着こんで、足には脚絆を巻いている。四国辺りでよくある巡礼者、お遍路さんの類に見えたが――奇妙なことに、彼らは一様に、半透明なビニールの雨がっぱを法被の上に重ねて羽織っていた。炎天下を歩くには少々暑そうな格好だ。
「うわ、なんだあれ……見てるだけでクラクラするなあ。この辺でお遍路さんとかあったっけ?」
「ああ、あれ? お遍路さんじゃないよ。最近よく見るけど……どうもなんか新興宗教みたいなのよね」
うへえ、とうめいたところで、ちょうど手前車線の車がこちらのウインカーに気づいて停まってくれた。右手を上げて謝意を表しながらゆっくりと対向車線を横切る。曲がりきる辺りでその巡礼風の一団とすれ違う形になって、最後尾の巡礼者が背中に括りつけた白いノボリ旗が見えた。
《応現雷天院 白光童子探仏行脚修会》
ノボリ旗には、そう書かれているようだった――
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