エピローグ

 聖女ロゼッタがいなくなり、国の存続をかけて、コロニラ王国は、ルドベキア王国と交渉し、コロニラは、ルドベキアの領地となることが決まった。


 領主はアロンツォが務めることになった。彼は骨身を惜しまず働き、領地の繁栄に尽力した。


 私生活では、ドナテッラを、王宮に引き取った。毎晩、彼女を見舞って、遅くまで話し込んだ。最後の時まで世話をし終えると、生涯独身を貫いた。


 晩年は、魔法石による結界を実現化し、人々から称賛され、国を崩壊させた人物から、民を守った君子として讃えられたが、エルモンドとは、最後まで和解できなかった。 エルモンドは、アロンツォからの謝罪を受け入れることなく、同じ空間にいても、アロンツォを、いないものとして扱った。


 エルモンドにとってそれは、精一杯の譲歩だった。


 実家が裕福ではなく、王宮へ奉公に来ていた聖女宮の侍女たちは、ロゼッタの遺産が分配されると実家に戻り、家の立て直しに、一役買った。


 マルコ・タルティーニ騎士団長は、コロニラが領地になるのを見届けてから、騎士団長の職を退き、騎士育成に尽力した。


 私生活では、17も年下の、アリーチェ・アナスタシアと再婚した。


 アリーチェの年齢的に、無理だと思われていた子供を授かったが、医師もタルティーニも、危険だと言い、出産に反対した。


 アリーチェは『自分には、ローズ様がついているから、絶対に大丈夫だ』という意見を決して曲げず、医師もタルティーニも、無視した。


 どうせ自分は、頑固な人が好きなのだとタルティーニは諦め、アリーチェの出産を、後押しすることにした。


 最終的に、元気な子供を2人授かり、タルティーニは、幸せを手に入れた。


 アリーチェ・アナスタシアは、王宮侍女の職を辞し、分配されたお金と鉱山の権利を使って、動物の保護団体を立ち上げた。

 悲惨な環境で、酷使されている動物たちの保護と、乱獲される野生動物の保護に尽力し、ルドベキア王国から、女性初となる、勲章を授与された。


 サミュエル・エルカーン枢機卿は、予定通り、卯月を待って退職。


 その後は、故郷に戻り、ひっそりと暮らすつもりが、持病の関節リウマチが、不思議なほど、すっかり治ってしまった。

 念願だった釣り三昧の日々を送って、田舎暮らしを満喫した。


 ジェラルドは、自分と同じように、母子家庭となってしまった母子たちや、両親に恵まれなかった子供たちのための施設を、ロゼッタの遺産で建て、賑やかな人生を送った。


 そして、人々から敬愛を込めて『慈愛の父』と呼ばれ、勲章を授与した。


 エルモンドは、ジェラルドと共に、ニコロへ招待され、数か月滞在し、養蜂の仕事を手伝った。

 動植物や、昆虫と共生しながら生きている、ニコロの人々の温かさに触れ、いつの日か、ロゼッタが問いかけた、世界に人間は必要か?という話を思い出した。そして、ニコロの地は、まるで、ロゼッタに包まれているようだと感じ、心が穏やかになっていった。


 王都に戻ると、エルモンドは騎士を除隊し、精霊女王ローズ教を立ち上げた。


 市井に、疫病を撒こうとしていたことが世間に知られ、エキナセア教は衰退していった。


 反対に、ロゼッタに尽くした人たちが、幸せを手にしていることもあって、ローズ教は、立ち上げから10年もしないうちに、大勢の信者を抱える一大宗教となり、各地に教会を立て、ニコロの地を聖地とした。


 聖地となったニコロは、観光地となり、経済発展を遂げた。


 エルモンドは、生涯を、ただ1人の女性、ロゼッタに捧げた。



「バルザック教王様、今日は暖かいですから、お昼ご飯の後、少し外に出ましょうか」


「ソフィア、いつもありがとう」


「今日も、ローズ様のお話を、聞かせてくださいね」


 ソフィアは、2年前からエルモンドの侍女として働くようになった、18歳の明るい女性だ。


 ロゼッタと出会った頃も、このくらいの年齢だったなと、エルモンドは懐かしく思った。

「うん、いいよ」


「私、教王様から聞かせていただいたお話を、妹に手紙で教えているのです。妹は、その手紙を楽しみにしているのですよ」エルモンドが、読んでいた本を落とした。「教王様、本が落ちましたわよ」


 ソフィアは本を拾い、エルモンドに渡そうとしたが、瞼を閉じたエルモンドは、動かなかった。

 ソフィアは慌てて、こけつまろびつしながら、外へ走り出て人を読んだ。

「誰か!誰か来て!教王様が!」



 エルモンドは、ちょっとうたた寝をしたら、夢の中に来てしまったらしいと思った。


 もうすぐ春だとは言え、まだ季節は冬だ。いくら、優秀な庭師を雇っているからといって、こんなにたくさんの花が、庭に咲いているはずがない、それに、この建物は、自分が住んでいる屋敷ではないから、ソフィアが外に連れ出したわけでもないだろう。


 これは、どんな夢だろうか?と庭園を歩いていると、池の水面に映った自分の姿を見て驚いた。


「84歳のおじいさんが、また若返ることができるなんてな。これは、目が覚めたらソフィアに話して聞かせてやろう」水面には、20代のエルモンドが映っていた。


 近づいてくる人の気配を感じ、エルモンドは視線を上げた。遠い昔に見た、愛しい人の姿と重なり。エルモンドの瞳から、自然と涙が流れた。


「エルモンド、久しぶりね。愛しい人を59年も待たせるなんて、悪い人ね。会いたかったわ」ロゼッタは両腕を広げて、満面の笑みでエルモンドを迎えた。


「ロゼッタ!」エルモンドは走って側まで行き、ロゼッタを抱き上げ、くるくると回った。「会いたかった。俺の愛しい人」


「愛してるわ、エルモンド」


 エルモンドは、ロゼッタを下ろした。顔を上向かせ、唇をそっと撫でて、そこにキスをした。長く長いキスを。


「私がこの59年、どんな生活をしていたか、知りたい?」


「知りたい、君のことなら何でも知りたい」


「こっちへ来て、紹介するわ」ロゼッタは、エルモンドの手を引いて歩いた。


 エルモンドがついていくと、庭園の先に、聖獣が駆け回り、精霊たちが飛び回っている光景が、目に入ってきた。


「これは……」


「私の家族よ。声が出ないくらい驚いてるって顔してる」ロゼッタは愉快そうに笑った。


「ああ、すごく驚いてるよ。聖獣や精霊が、こんなにたくさんいるなんて——感動してる」美しい光景に、エルモンドの心が震えた。「だけど俺は、ここに来られないんじゃなかったのか?」


「私は神様なのよ。出来ないことなんてないわ」ロゼッタは、エルモンドを引き寄せ、唇に吸いついた。「ねえ、私と一緒に、ここで暮らさない?」


「もちろんだ、ずっと一緒にいる。決まっているじゃないか。俺は永遠に、君の護衛騎士になると誓ったんだから」


 エルモンドは、ロゼッタを抱えあげ、ガゼボに連れて行き、ベンチに横たえた。

「愛してるロゼッタ」


 ロゼッタはイタズラっぽく笑い。エルモンドの髪に手を差し入れた。


「まあ、大変、誰がそんな所に本を積み上げたのかしら、本を大事にしないなんて、万死に値しますわね。お怪我はないかしら」


「大丈夫、本当に本を大事にしないなんて、馬鹿な奴がいたもんだ。俺はエルモンド・バルザック。ここの考古学部門で働いているんだ。よろしく」


「私は、昨日からこの図書館で働き始めたローズよ。よろしくね」


「ローズ、いい名前だね」

 これは、初めてエルモンドとロゼッタが出会った日に、交わされた会話だ。


 ロゼッタは、このときのことを運命だと言った。そしてエルモンドも、護衛の任務を任されたのは、運命だったと思っていた。


 エルモンドは、ロゼッタの唇に唇を重ね、僅かに開いた口の中へ、舌を滑り込ませた。



Fin……



 最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。 枇杷水月

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