クロッカスを手向けて

月見里怜

クロッカスを手向けて、あなたへ。

『ああ、死にたい』

Twitterを開くと、そんなツイートが流れてきた。

発言主は僕の片思いしている相手。

鍵垢でボロボロと死にたいだの、生きていたくないだの、毎日呟いている。

『だめだよ』

と返しても、彼女はごめんね、と笑ってずっと同じことを言うのだ。

雨がしとしと降っている夜、LINEを開いて何度も送ろうとした言葉を消して、布団にくるまった。


「おはよう」

普段通り、彼女は僕にそう告げる。

何もなかったように___。

『昨日の、大丈夫?』

そう聞きたかったけど、そんなこと聞いてもなんのこと?と返すだろう。

「おはよう」

と返すと、彼女は荷物を置きに自分の席に向かった。

僕は彼女から見たらただのクラスメイトだ。何ら特別な感情なんて抱かない、挨拶を交わすだけのニンゲンである。

昨日の発言とは裏腹に、彼女は友達とにこやかに話していて、本当にそう思っていたのか?と疑うほどだった。

幸せそうに笑う君が、心から笑えていたらいいのに。

僕はそう思いながら、目の前の本に集中した。


『どう思います?』

昼休み中に彼女から来たメッセージ。

『うーん、まあ……俺はやめたほうがいいと思うな』

『そっかあ……』

彼女は恋をしていた。勿論、僕宛ではない。

付き合って、振られて。

それを何回もされても、諦められないと。ただ、その話を聞いていた。

『だって、それで幸せなの?』

『今は、違います』

『けど、けど。付き合ってたときは、幸せだったんです。とても、何よりも、幸せだったんです』

『そうか……』

『あの幸せな記憶が、本当なら、また、私は戻りたい。何回振られても、またああなれるなら』

必死にそう僕に相談してくる彼女は、教室にはいなかった。


彼女が今日も学校にいる間に死ななくてよかった。僕はそう思いながら帰路を急いだ。

彼女のTwitterは更新されていない。

もしかしたら、件の彼と上手く行ったのかもしれない。

その時点で僕の恋は終わりだけど。

それでも、彼女が幸せなら、それでいい。

死なないでくれるのなら___。


あんなにTwitterばっかりやる彼女が、今日は何も投稿していなかった。

DMにも返事は来なかった。

ああ、恋は終わったのだ。

僕じゃない、件の彼と上手く行ったから、Twitterなんか触ってるヒマがないんだろうな、と思ってベッドに横たわった。

何なんだろうな、まったく。

相手の男は、彼女を弄んで、何が楽しいのか。

それでも彼女は、彼がいいんだろう。

そんな奴に負けたことが癪に触って、こんな僕が悶々としてる中も彼女はそいつと仲良くしてるんだろう、と思う度に辛くて、苦しくて、涙が勝手に出てきそうになったので、Twitterの通知をオフにして、スマホを置いて目を閉じた。


朝、大事な話がある、と真剣な表情をした担任が重い空気を作り出して、なんだか嫌だった。

彼女は居なかった。

「昨日、このクラスの○○さんが亡くなりました。お葬式には希望する人のみ行きます。行く場合は、公欠としますので____」

そこからはなにも聞こえなかった。

その時、ああ、彼女は自ら命を絶ってしまったのだろう、と思った。

死んだ?彼女が?

嘘だ、だって、あんなに、がんばるって、諦めないって、僕にいったじゃないか。

なあ、違うだろ、なあ。

彼女と仲がよかった女子は泣きじゃくっていた。僕も泣きたかった。

けど、学校で話してない僕が泣いたっておかしいじゃないか、そう思って奥歯を噛み締めた。


結果から言うと、お葬式には行かなかった。

いや、行けなかった。

苛々した。悲しかった。

僕が彼女の支えにはなれなかったこと、ほっぽった男が居ること、そしてそいつに負けたこと。

あれから眠れなかった。眠っても、目が覚めたら彼女がまた笑顔で学校に来ておはようと告げてくれる夢を見た。

起きる度に、学校に行く度に、そんなことはないと、氷のような現実を突きつけられる。

僕が愚図で彼女を救えなかった、いや、そんなことを思うのも烏滸がましいのかもしれない。

Twitterもしなくなった。趣味も手につかなくなった。

もうあれから二週間、僕は一生このままなのかもしれない。

寝不足の目を擦って無機質な授業を聞く。

ラジオのように淡々と話す先生の声は、耳から耳へ抜けていった。


いつまでもんこんなんじゃいられないので、久々にTwitterを開いた。

通知は全然たまってなくて、一件だけDMが来ていた。

DMを開くと、それは彼女からのDMで。

『××さん、ありがとうございました』

『話聞いてくれて、助かりました』

『私、とっても嬉しくて』

『こんなに親身になってくれたの、あなただけでした』

『本当にありがとうございました!』

彼女からのDMは、最後の僕宛への手紙だった。


彼女のツイートを遡る。

『私、どうすればいいの?』

『もう嫌だ』

辛いことも沢山書かれていた。でも、

『私、あの人がすき』

『どうしても』

『愛してもらいたい』

『海がすき。あなたがすきな、海がすき。

あなたのような、広くて大きい海が好き』

彼と付き合っていたときのツイートだろう。

海、か。

君が好きな海へ、僕は脚を運ぶことにした。


学校をサボった。

制服のまま、海へ向かった。

電車に揺られながら、ただ一人で向かった。

隣にいる子供がはしゃいで外を見ていた。

「ねぇ!おかあさん!うみだよ!うみ!」

「そうねぇ」

5月の海はまだ寒いのよ、と笑った母親に不満そうに子供はえー、と頬を膨らました。


終点で降りた。降りたのは僕ともう一人だけだった。

海まで歩いていた途中に、花屋があったので小さな花束を買った。

萎れる前に海につかないと、僕はそう思って海へ急いだ。

今は海と同じで地球のひとつになってしまった君へ、花束を贈ろう。

なにも言えなかった僕が、あなたを待つために。

あの時、僕がTwitterの××です、と君に告げたら、君は死なないでくれたのかな。

僕に靡いてくれたのかな。

いや、そんなことはないかもしれないけど、また、出会えるまで、僕は待つから。

いつか、また。

クロッカスの花束を海に放り投げた。

「ありがとう」

後ろを振り返っても、もう誰もいなかった。

でも、君が、どこかで微笑んでる気がした。

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