自分がロボットでないことを証明してください
西影
本当と嘘
『我々は全高等学校へ高性能AIを潜入させておりました。容姿、行動、思考、何もかもが人間のようにプログラムしてあります。もしAIを発見された際は国へご連絡ください。謝礼を用意しています』
今朝のニュースで日本中に激震が走った。昨今、AIが目まぐるしい成長を遂げているのは言わずもがな。人間はチェスや将棋などの頭脳戦でAIに敗北し、絵や文章を自ら生成するものまで現れた。
「いつかAIに職が奪われる」なんて言われ続けているが、まだ学生という身だからか実感が湧いてこない。
そんな私たちにとって、このニュースは話題の種でしかなかった。
「お前実はAIだろ」
「そういうお前が一番怪しいぞ」
「俺はあいつだと思うな。ほら、学年一位の」
「確かに。何考えてるかわかんないし」
「もしかしたら先生がAIだったりして」
教室はAIの話で持ち切りだった。いや、教室だけじゃない。登校中だってそうだ。
電車、通学路、廊下、どこにいても必ずその単語が聞こえてくる。全員が全員同じ話題。何度も聞いた推察。
頭がどうにかなりそうだ。
私は机の横にカバンをかけ、机上に目をやる。今日はいつものような落書きではなく、手折られたリンドウが供えられていた。ご丁寧に白い花瓶に挿されてある。
創作の中でしか見かけたことがない、初めて受けるいじめだった。わざわざ花屋から買ってきたのだろうか。
いくらしたのかな。花屋なんて行ったことがないから見当も付かない。
「あんたがAIだったりしてね」
そんな私に
どうやら
「私は違います」
「ほんとに~? あんた、みんなと馴染めてないじゃん。AIだから、人間様とは仲良くなれないんじゃないの?」
クラス中の視線が全てこっちに向いた気がした。私が返事をするように視線を飛ばすと、ことごとく目を逸らされる。
興味はあっても関わるのはごめんってわけか。
「
私を擁護する気もない声が聞こえた。
「いやいや、誤解だって。わたしはクラスに馴染めてないコイツとお話してるだけ。独りは可哀想でちゅもんね?」
「
二人して私を嗤う。見ている人は誰も止めてくれない。これがこの教室の日常と化していた。
私に味方なんていない。この時間はいつも、そんな現実を突きつけてくる。
高性能なAIがこの学校にいるなら、いじめなんてなくしてほしい。加害者に正義の鉄槌を下し、被害者を助ける。それぐらいの行動、してくれてもいいじゃないか。
どうせ人間は助けてくれないんだから。
「あ、チャイム鳴った」
「やべー。まだ一限目の準備してないのに」
教室の空気を読まない本鈴だけが私を
机上のスペースを取っていた花瓶を床に置き、私も用意を始める。チャイムから一分ほど遅れて、生物の先生が教室にやってきた。
前回の続きからするぞ、という声に反応してみんなが教科書とノートを開く。私はノートだけを開いた。
どうせ教科書なんて読まないんだから、用意したところで意味がない。
いつでも読めるものに時間を費やすより、先生の話を聞く方が大事だ。先生の話で重要そうな単語をメモしつつ板書も写す。
昔から、私はみんなと違っていた。上手くコミュニケーションが取れなくて、人の気持ちも理解できない。
コミュ障……ってやつだ。だからこそ独りのほうが楽だったし、そのせいで今みたいないじめも受けていた。
もしかして、私がAIだったりするのかな。
先生の授業を聞きつつ、前回の授業で書いたページを見つめる。
『生物の共通性』
・細胞をもつこと
・DNAをもつこと
・代謝を行うこと
・体内の状態を一定に保つこと
読んでみてもイメージがつかない。額に手を当ててみる。私の肌は確かに温かい。
これは、生物としての温かさなのだろうか。それとも……。
「ちょっと時間が余ったから、今日はホットなニュースについて話してみようと思う」
先生の言葉で明らかにクラス内の温度が高まった。
「この世界には面白い難問がいくつもあるが、その中に『自分がロボットでない証明をしろ』という問題がある。例えば
「何言ってんの先生。わたしは人間よ血が通ってるし、心もある」
「それは本当に血液だったのか? 自分自身で証明できるか? それに
「えー、よく分かんないこと言わないでよ……じゃあ、小さい頃からどんどん育っていった記憶は証拠になるんじゃない?」
「その記憶は本当に
「…………ずるくね?」
何か対抗できる言葉がないか、探すように眉を
「とまぁ、ぶっちゃけると『人間とロボットに境界はない』と言ってる人もいる。だから人間そっくりのAIがこの教室にいても、誰も気付かないだろうな」
そこでタイミングよくチャイムが鳴った。先生が教室を後にして、何人かの生徒が席を立つ。
みんな、またしてもAIが誰かという論争で夢中になっていた。同じような話ばかりして飽きないのだろうか。
私は
どこもかしこもAIの話で、まるで世界が単純化したような錯覚に陥った。
◇◇◇
そうしてなんとか時間を潰し、放課後。そこで事件が起きた。
「やめなさい! そんなことをしてもなんの意味もない!」
普段は閉鎖されている屋上のドア。そこが破壊されて自殺を図る女子生徒が現れたらしい。
屋上がライブ会場のように人でいっぱいになっていた。状況を一目見ようと、野次馬の隙間を縫うように進んでいく。
「生きていても
背伸びをして、なんとか女子生徒の顔を拝むことに成功した。
そこに涙を流した少女がいた。廊下で何度かすれ違ったことのある顔だった。
どうやら彼女も私と同じいじめられっ子だったらしい。
あそこまで追い詰められて可哀想に。
興味をなくした私は踵を返す。
「すみませーん、通してくださーい」
行きと違い、すんなり野次馬の中を通り抜けられた。昇降口を目指して廊下を歩く。
私は行動で示していないあたり、彼女ほど精神が病んでいない。それが分かっただけでもここに来た意味はある。
アレは私とは何の縁もない赤の他人だ。
生きようが死のうが私には関係ない。今回の件で
──他人なんてそんなものでしょ?
靴を履き替えて外に出る。ここにも人だかりができており、どうやら屋上の様子を見ようと目を凝らしているようだった。
約四階分の高さ。ギリギリ彼女の背中が見える。
と思っていたら、どんどん鮮明に見えてきた。
私の視力が良くなった……というわけがなく、ドンと私の目前で鈍い音が鳴る。地面にどんどん赤黒い血だまりが生まれ、その中心に先程のいじめられっ子がいた。
「あ、ぁぁぁ……」
掠れた声が血だまりから聞こえる。
「きゃー!」という誰かの悲鳴でその場にいた全員が後ずさった。しかし多くの視線が未だに血だまりの彼女に集まっている。
私も投身自殺の死体を見るのは初めてで好奇心を掻き立てられるが……これを人と呼んでいいのだろうか。
曲がった節々から見える金属が夕日に反射され、大小様々な歯車があちこちに転がっている。
「AIだ」
誰かの言葉がすっと耳に入る。
ガソリンのような悪臭が鼻にこびりつく。紅い液体の上で
屋上で見た感情、教師に助けを求めたであろう言動、そのどれもが生き物にしか見えなかった。
そのギャップが私には衝撃的過ぎた。
先程まで遠ざかっていたはずの群衆が、気付けば彼女の周囲に群がり、グロテスクなものにスマホをかざす。
これが人間。
追い詰められて落ちたのがAI。
追い詰めたのは人間。
命をかけられたのはAI。
面白半分に探すのは人間。
スマホ片手に群がるあいつらが、私と同じ人間であってほしくなかった。しかしAIはもう見つかったわけで、つまり他の者たちは人間ということに……。
いや――本当にそうか?
そもそも政府はAIの数を公言していない。
だったら私が人間なのかという話にも……。
頭が痛くなる。
私には、何が本当で何が嘘か分からない。
自分がロボットでないことを証明してください 西影 @Nishikage
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます