第26話 襲撃と欠片
「母さん?」
「大丈夫……大丈夫よ。マクシミリアン……」
四方を石に囲まれた地下。寒さで震える体を抱きながら、母は俺に大丈夫と言ってくれた。
だが、たとえ小さな子供でも分かる。
これは大丈夫ではない。っと。
母は時折男達に連れていかれて、帰って来るとぐったりしていた。
それでも最後に帰ってきた時、その顔はかつて家臣たちを前にしたように凛々しく、母は俺の手を取ってかしずいた。
「新たなるプロイセル国王陛下。私はあなたに忠誠を誓います」
そして、母は帰ってこなかった。次に牢から出るのは俺の番だった。
汚辱と苦痛の日々。たまに夢に出てきて今の俺も時折取り乱す……。
―――
オーロラの欠片に見えた何かにカルミアは意識を取られるがすぐさま立ち上がる。
ハイゼルが身を挺して庇いながら展開した青いオーロラが打ち砕かれるが、カルミアへ放たれた「赤い力」は天井に着弾して石を撒き散らした。
「ハイゼルさん!?」
カルミアが叫んだと同時に二発目の赤い斬撃が飛ばされるのをルイーズが前に出てオーロラを纏わせたナイフで弾くが、拡散した余波がルイーズの衣服を焼く。
「カルミア様!お逃げ下さい!」
ルイーズが振り向いた時には既にカルミアはルイーズの脇を通り抜け、更にもう一発放たれた斬撃を盾で防ぐ。
カルミアは前を見た。その斬撃の出所を。
「あれ? 打ち合わせと違うよお父様」
誰かに呟く真っ黒な短髪の少女。真っ黒なワンピースに持っていた鉄の杖からは、赤いオーラで形成された刃が周囲に欠片を撒いている。
周囲に居た資本家たちは我先にと逃げおおせた事を確認すると、カルミアは剣を抜いて威嚇でオーロラを振り巻く。
「挨拶もなしに来るなんて一体どういうつもりなの?」
「……」
返答は振るわれた杖……ではなく。もはや大鎌と呼ぶに相応しい刃を飛ばす赤い斬撃。再びそれを防ぐと黒い少女は飛び退いて距離を取る。
【ラファエラ】
「なぁに。お父様」
【想定外の出来事だ。あの忌々しい血を混ぜ合わせられても、元より神聖の血統だからな】
「うん……」
【手足を失わせても構わん。目的はあの女の血統だからな】
「んっ!」
守勢に回るかとカルミアが先に仕掛ける。ラファエラは刃を解除し、杖を振るって上からの斬撃を受け流すと、転じて杖を受け流した力でカルミアの側面を殴打するも盾で防がれる。
「へぇ。私が目的なんだ」
「お父様。聞かれてるよ」
【……撤退しろ】
「分かった」
ラファエラの両足のブーツが赤くオーラを放つと脱兎の如く逃走する。それはカルミアよりも早く一瞬で追いつけないと判断して周囲を見やる。……敵をどうやら退けたようだ。
すぐに振り返ってハイゼルを見やる。ただその時、起き上がったハイゼルが介助するルイーズの手を振り払った瞬間だった。
「余計なお世話で……ぶふぉ!!」
手が出ていた。カルミアは一瞬でハイゼルの前に出現すると腹パンの直撃でハイゼルは悶絶する。結晶のオーロラを解除しないままの不意打ちパンチが更に追い打ちをかける。
そんなハイゼルを構わずただルイーズへ頭を下げた。
「申し訳ありません。私の連れが無礼なことを」
「……いいえ。私も罪のない人間ではないのです。特に彼にとっては」
それからハイゼルを引き立たせてカルミアは一緒に頭を下げた。ハイゼルもなすがままに黙ってそれに従う。
「頭をお上げください。しかし、こんな事態となっては今回の会談は中断せざる負えないでしょう」
「ピィ~!」
気持ちよさそうな鳴き声で3人はアプリコットが目覚めたことを知る。
「アプリコット!!」
「ピピ?」
寝ている間に状況が変わっている事に気づいたアプリコットが首をかしげるも、必死に飛びついたカルミアの頭をとりあえず撫でる。
「とりあえず人を呼びましょう。警察機構も我々の……」
「ルイーズ市長。さすがにカルミア様の滞在は危険です。それに……今のあなたも完全に疑いを晴らしたわけではない」
「ハイゼルさん!いい加減にして下さい!」
アプリコットから離れたカルミアが制しようとするがハイゼルは止まらない。
「先ほどの飲み物。恐らく睡眠薬か何かの類が入っているはず。あなたの受け取ったものには入っているのでしょうか」
「……」
「陰謀屋の一族が信用されるとは思わない事ですね」
「分かりました。私は晴らす立場でありますから……あら?」
ルイーズがテーブルに置いていたスパークリングワインがない。
……その隣にはグラスを傾ける黄金の毛玉。
「「「あっ」」」
「ピッピ~」
3人の声と1匹の上機嫌な鳴き声。
それから1匹の寝息がたつまでそう時間はかからなかった。
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