第24話 外遊の裏
少し紙が機械からせり上がる。
指がボタンを押し込むと対応したアームがせり出して真っ白な紙に黒くインクの文字を付けた。
――サーバリス国王陛下へ
先日の法廷での発言ありがとうございました。サプライライン社より商品を献上いたしましたので、お喜び頂ければ幸いです。
――イングリウム議会議長殿
先週送った魔物受け入れの草案は既に与党に回ったでしょうか。今月までに成立させたいので緊急採決権を使ってでも成立させてください。保守派と貴族の反対は内務省との協力による抑え込みを図っております。
――ロッドシティ市長殿
今年の市長選ではサプライライン社は貴君の応援を継続する事を決定しました。あなたと我が社の益々の協力がイングリウムの支えるカギとなります。これからもよろしくお願いいたします。
……。
アリーシャは【タイプライター】と呼ばれている機械から手を離す。その手はかすかにふるえていた。
「……」
「どうしたかね?」
柔らかな声色にふとアリーシャが顔をあげると、手書きで書かれた紙を持った壮年の男。
茶色の髪に眼鏡をかけて鼻が高い。銀色のような灰のビジネススーツが屋敷の光りに反射する。
「いえ。あの……この文章は本当に私のような人間が知って良い内容なのでしょうか」
「ふむ。さすがにこの内容を街中に流されては私も困るな」
「そ、そんなつもりは……アビサル公爵閣下の秘密を暴くようなことは!」
「冗談だよ。さて、これだけ仕上げれば大丈夫だろう」
アビサル公爵。それが彼の世間で認識された肩書だ。
「ところで君の結晶についてドクターは?」
「分からないことだらけだそうです」
「前代未聞だからね。生者に許容量以上の力を流して結晶化させる例はあるが、君のような部分だけを結晶化させて生命を維持するなんて聞いたことがない」
「……」
「まぁ安心したまえ。生きて解剖したりするような真似はしない。だが、少し女性としては例え診察とは言え肌を見せるのは快くないと思うが」
「それは我慢できます。ただ……」
「ただ?」
「ロベニアは、まだ会ってくれません」
アリーシャがさきに、続いてアビサルが窓を見やると庭とは別に石造りの離れがある。
「アリーシャ君。私はロベニアについてよく知っているつもりだ。あそこでディステルと一緒に過ごして出た時から、彼女には学ぶ時間も休む時間も足りなかったようだね」
「私は、優しいあの人が例え間違いをしても自信をなくしてほしくない」
「ロベニアは君を避けているようだ」
「はい……」
紙を畳んで上着のポケットにしまったアビサルはつぶやく。
「だが、もっと君はロベニアの事を知って考えるべきさ」
「それは……」
「抱いているのは、ある種の憧れだ。それは理解ではない。理解していない他人からの知ったような言葉を人は嫌う」
「……」
「それでも。ロベニアは事実を否定するような小さな人間ではない。ゆっくりと彼女を知れば良いだろう。それまで毎日ご飯を置いておいてくれないだろうか?」
「はい。ありがとうございます。公爵様」
「さて公爵としての仕事の時間は終わりだ。今日もサプライライン社の相談役の時間もやらなくてはね」
公爵の男。サプライライン社の【相談役】は軽く息をついて微笑んだ。
ジリリリリ……。
ベルが鳴った電話の受話器をあげてアビサルが応える。声から先ほどの柔和さが消え、冷たく落ち着き払ったはっきりした声だ。
「私だ……なに?」
アリーシャはドキリとした。彼の声からこのような困惑の声が出たのは初めてで、彼が扱う事が事だけにどのような事が起こったのかを悪い想像をしてしまう。
「アプリコットが法的に乗客なのか貨物なのか判別がつかないため、持ち物を事前通告しても税関で持ち物検査を受けた?」
「……」
あまり大したことではなさそうなのでアリーシャは余り聞かないことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます