第23話 短い乗車時間

 ルイーズ市長の案内で港から出ると目の前に伸びるのは石畳の道路。そこには少数ながら自動車が停まっていました。ハイゼルさんが目を見開きます。


「これは……自動車?」

「そうです。イングリウム軍に納入された部品を再利用してサプライライン社の民生品として輸入したモデルです」


 天井がむき出した4輪車は石畳にゴムのタイヤをつけ、龍結晶エンジンが起動した時の機械が振動するような低く波打つ音を響かせる。


 ルイーズ市長がこちらですと私とハイゼルさんを誘導してそのうちの一台へと導きますが、私はアプリコットを見やるとそちらへ行きます。


「アプリコットと一緒に乗ります。怖がったらいけませんから」

「ピュイー……」


 少しだけ不安そうなアプリコットに付いて私たちはもう一台の車へと乗り込み。ハイゼルさんはルイーズ市長と共に最初の一台に乗りました。最初はどんなものか想像がつかないアプリコットも一度動き出した車に驚きながらも徐々に慣れたのか流れていく街並みを指さして私に見せようとします。


「ピュピピー!!」


 とても喜んで大興奮……なのはいいのだけど。アプリコットの巨体が動くたびに車の重心がちょっと……動いて。運転手さんは何も言わないけれど。ハンドル握る手がちょっと忙しめに動かしてる。


 ごめんね運転手さん。


 ―――


 ハイゼルはバックミラーから後ろを走るカルミアの乗る車を見やってから隣に座るルイーズへと目を向ける。


「……それで。議事録は?」

「もちろんございます」


 ルイーズから手渡された茶色の封筒。少しだけ中身の紙束を出して一枚目を確認する。


『政府移転議事録』


「ずいぶんあっさり手渡してくれましたね」

「当然のことです。サプライライン社の【相談役】には新たなプロイサの開発に多大なご協力を賜りましたので」

「それは、四外征の目論見でしょうか。ルイーズ・アン・トー?」

「あまりいじわるしないでください。あなたを派遣したこと自体がイングリウムの脅しである事は承知の上です。プロイサの玉座は空のままの方が良いですが、コントロール不能になればすぐにでもプロイセル王の血筋をたてて再建出来る。つまり我々を消しても問題なく東岸の安定を確保出来るとお考えなのでしょう」

「……」

「ですので。我々はただ共栄を望んでいる事を今回はあなたとカルミア様を通して、イングリウムにお伝えしたいのです」

「共栄……?」

「資本と軍事。それを持つ者が勝利する時代の次を私は考えるようにしているのです」

「相談役には、そうお伝えしておきます」

「ハイゼルさん。それと……」


 ルイーズ市長が取り出した小さな紙切れと写真。彼が息をのんだ音を聞き逃しはしなかった。


「再開発前の地域に彼は住んでいます。政争に負けてから何度か復活しようとしたようですが。今はとても大人しくしております」

「……」

「……」

「なぜ? これを。私に?」

「あの日。母子共々地下牢に閉じ込められ、母と髪の色を失うほど心身を破壊された人間には。受けた仕打ちに対して文句を言う資格はあるんじゃないでしょうか」

「……動揺を誘って譲歩を引き出すおつもりで?」

「とんでもない。私はただ【お客様】には気分よく帰ってほしいものですから」


 会話は途切れ沈黙のすぐ後に車はブレーキを踏み目的地のホテル前へと停まり、降りた二人が後ろの車に目を向ける。


「ピッピ―!」

「アプリコットー!おりてー!」


 先に降りたカルミアともう少し乗車を楽しみたいアプリコットが車から降りようとしない。


 ルイーズは微笑みながらハイゼルにつぶやく。


「資本と軍事ではない勝ち方。あれも一つの形かもしれませんね」

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