第22話 ルイーズ市長

 就航から数時間で目的地に着きました。


 ヨシューアの地、プロイセルの領土、港湾都市で首都の「プロイサ」には多くの商船が賑わっています。右から左まで港湾施設が続き、そこからは貨物を運搬している汽車の鉄道が見えました。


 私たちの船が停泊すると専用のクレーンから釣られた鎖がコンテナと呼ばれている箱へと接続、固定されて降ろされます。クレーンの支柱から放たれる青い光は龍結晶に違いありません。ハイゼルさんが先導して私たちは船側面から降ろされた階段を下って下船します。


「こちらです」

「すごい。これもプロイセルが建てたの?」

「いいえ。全てイングリウムの資本とサプライライン社の技術によって建設されたものです」

「そうなんだ。それにしてもすごい賑わいだね。ロッドシティにも引けをとらないくらい」

「広大な港湾施設にはイングリウム宛の貨物の保管場所も存在しています。それ相応の労働者も抱えていますし……」


 ハイゼルさんが言葉を切って指さした先には建設途中の大きなコンクリート造りの建物があります。


「プロイサは再編した政府機能をこの港湾都市へと移動させていますから。鉄道駅の始発点かつ港湾都市の繋いだ貿易基地となりたいのでしょうね」

「それも両国がすごく仲が良いからなの?」

「……そうだと良いのですがね」


 影を落としたハイゼルさんは簡単に聞かせてくれます。


「プロイセルは首都をイングリウム海峡から一定の距離から離れた場所に置いてはいけない。そのような条約があるのです」

「それって。つまり……?」

「イングリウム海軍の大砲が届かない場所に首都を作ってはいけない。条約の目的はそれです」

「……」

「ただ、今回。政府再編に当たって可能な限り離していた首都をこの海の目の前まで移したのです」

「うーん? それって良いことじゃないの?」

「だから我々は掴みかねているのですよ。プロイセルは一体どういうつもりなのか」

「ハイゼルさんはどう思うの?」

「……私は」

「ハイゼルさん」

「はい」

「不確定な事を伝えたくない気持ちは分かります。ただ、憶測と予想は違うと思います。あなたの考えを共有しなければ、方向性が分かれていた方が相手に付け入る隙を与えかねないでしょう」


 ハイゼルさんは少し沈黙してから口を開きます。


「彼らの自信です。ここに首都機能を移した彼らの目的は一体何なのか」


 本来、政治経済軍事で弱い立場に置かれたプロイセルがイングリウムの懐に飛び込んで来た。それは友好的なアプローチの一種であると思われていたが表面上のことでしかない。


 首都の港湾都市への移転は海軍をほぼ持たないプロイセルが安全保障をイングリウムに委ねたことを意味する。


「これほどの自信を持った彼らは一体どのような事を隠しているのか……それを探るのが相談役からの指令です」


 ―――


 税関。ほぼ素通りで通された私とハイゼルさんですが。一人……、一匹だけそうはいきませんでした。


「ピュピー……」


 アプリコットの背負うバッグから色々な道具が取り出されます。言葉の通じないアプリコットの隣に着いた私があれこれ説明と言う名の嘘とフィーリングででっちあげを行う羽目になりました。


 しかし。途中で後ろから若い女性の声がしたと思えば税関職員たちはつい声をあげて私も振り返ります。


「どうされましたか?」

「し、市長!」

「カルミア・グレインヴェーゼ様。到着に手間取っていると聞きまして。お迎えに参りました」


 ブラウンのブレザーを着こなした背の高い女性は握手を差し伸べ、私はそれに応えます。


「お初にお目にかかります。市長のルイーズと申します」


 ルイーズ市長は税関の方と少し話すとアプリコットの荷物は全部戻ってきました。アプリコットが笑顔で感謝の握手を伸ばした手をルイーズ市長は握り返します。


 ただその横でハイゼルさんは彼女に冷ややかな目線を飛ばし続けていました。

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