対岸の友邦 プライセル王国

第21話 海の上

 デッキから左右を見渡せば大海原……!深くて真っ黒な海面を突っ切るのは鉄の船!!


 サプライライン社の所有する大型連絡船は1日に1回、アルビオン島から対岸のヨシューア大陸までを繋ぐものです。


 積み荷はワインや工具等の交易品を携え、本来の積み荷である乗客は……サプライライン社の関係者しかいないようです。まだまだ上流階級でも民間の人には値段が張ります。


 海風に吹かれ後ろに結んだ銀の三つ編みを揺らしたハイゼルさんがノートを持ってやってきます。


「グレインヴェーゼ様。こちら大陸に着いてからの日程です」


 アプリコットの無罪から1週間後。私たちはイングリウムの使節としてヨシューアに存在する友邦。「プライセル王国」へと派遣されることが決まりました。


 目的は親善……それと【友好の確認】。


「うーん。でもハイゼルさん。私の仕事はどんなのだろう。ただ笑ってるだけでいいわけじゃなさそうだし……」

「いいえ。笑っているだけで良いです」


 おいおい、はっきり言いやがったよ。


「アプリコットさんとあなたが、プライセルの方々と笑顔で握手をする。その写真が取れるだけで十分です」

「ああ、だからアプリコットも……」


 振り返ると体の屈強な水夫さんが二人で持ち上げている木箱を、軽々と運搬する黄金の毛玉。別の水夫さんに誘導されながらアプリコットは持ってきた木箱を置くと、笑顔で褒めてくれた水夫さんに「ピピ―!」と応えました。


「相手からの提案はあるでしょうが、それらは全て私めにお任せください」

「あー……それと言葉はどうしよう」

「言葉ですか? ……我々イングリウム人がなぜ他国の言葉を?」

「え、ああ……そうなんだ」


 ハイゼルさんの不思議そうな顔で察しがつきました。


 どちらが上で、どちらが下か。


 対等な同盟ではなく。安全保障上の城砦でしかない。


 そして、四外征の中でイングリウムでは信頼されている方の貴族である「東岸のアン・トー」の家が駐留している土地でもあります。


 ディステル社長は四外征の誰かや大物貴族がおじい様に龍結晶の実験を強要したと言っていました。いわば仇敵……の可能性もあります。


 私は探らずにいられるでしょうか。少し見上げて考えてみます。


 ……それにしても……私はこの船の違和感をついつぶやきました。


「それにしても……この船。煙突が出てない?」

「ああ、この船には龍結晶発電が使われているのですよ」

「龍結晶? 石炭じゃなくて?」

「相談役が研究に投資して龍結晶発電がようやく実用化に至りました。石炭燃焼と違ってパワーが段違いで効率的に動力に変換できます」

「へー。これから龍結晶が機械に使われる時代になるのかな」

「なるでしょう。加工がより研究されていますが、それらが済めばよりすごい燃料になる事は間違いありません」

「そっかぁ。じゃあたくさん物が運べるし……」


 そこで言葉を切りました。


 最近、緊張がほぐれてきたのか、つい思ったことを口に出してしまいそうになります。


『大砲がたくさん載せられるね』


 それが私の出ようとした言葉でした。


 友好の使節にはそのような好戦的な思考のままで行くのはいささか不都合でしょう。


 龍剣士は確かに戦士ではありますが、戦いが好きだったり目的なのではなく。秩序を守るための存在でもあるからです。


 たとえ本当だったりささいなことでも、積み重なれば破綻や隙を招きかねません。


(今の私は平和の使者。今の私は平和の使者……)


「どうされましたか? グレインヴェーゼ様?」

「い、いいえ。なんでもございませんわ。オホホ……」

「? ですが、この燃料が普及すればもっと大きな大砲が積めるようになります」


 こ、こいつ……!人が平和マインドに切り替えようとしたのに……!


「ピッピ―!」


 アプリコットがこちらに向かって鳴きながら手を振ります。彼(?)はごはんの時間になったら必ず呼びに来るのです。


 まぁ……そんなに緊張せずとも、時はそれへたどり着くように流れていくのです。

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