第20話 アプリコット危機一髪! 後


 今思えばおかしな話です。


 裁判なんて立件から証言や証拠を集めて数か月以上の準備をしてから望むものなのに、立件からわずか数日で始まってしまうのは、これがただの裁判ではなく私の知らない所で何かの力が働いている……かもしれません。


 ロッドシティ最高裁判所、イングリウムで法の番人である裁判長が部屋の最奥にある高い席から見下ろします。その手元には「法鐘」と呼ばれる大き目のハンドベルがにぶい光を反射しています。


 窓はない壁だけの室内で検事側と弁護側が両端に着席すると、中央の台にアプリコットが召喚されます。


 私は高そうな服を身に纏った人たちと一緒に傍聴席に座ります。


 ここ数日毎日足を運びましたがアプリコットはおとなしくしていました。


 ……ただちょっとトイレの使い方が分からなかったり、かけられるたびに鉄の手錠を引きちぎって遊んだりしてたりしてましたが……。


 ちょこんとしている彼(?)をかまわず検事と弁護が応酬されます。


 検事側はアプリコットの密航は「魔物追討令」への違反であると、歴史の授業かのように理論を押していきます。


 弁護側は成文化されたとしても、法律として制定されたわけではない王令は法として効力を発揮しない事。そもそも魔物はイングリウムの法の範囲に入っているのかが定義されていないことでかわします。


 休憩を挟んで数回の弁論がかわされるのを、私はただ見ているしかありません。


 ……あっ、アプリコットまた法廷で寝ちゃった。


 人間なら批判されるでしょうが、看守さん達ももう諦めて寝かせたままにしています。


 ただ、議論は平行線ではありますが、検事側が過去の王令が法律として適当された判例を提出すると少しだけ空気が変わります。


 法律として制定されていない点と、魔物が法律の範囲内ではない事の二輪で守りを固めていた弁護側はその片輪を失ったのです。


(マズいかもしれない)


 そう頭によぎった時でした。


 法廷には空いている席があります。裁判長から見て左側、少し下にある脇の席。そこはすぐ後ろに扉があって、その席に着席する人が専用で使います。


 その扉が開き、一人の男性が姿を現します。黒のスーツに身を包み、胸にはあまり見ない紋章をかけた壮年手前の男性。


 この場に居る。全員が注目しました。隣にいるご婦人が息を飲んでから呟きます。


「国王様ですわ……」


(?)


 私は視線を扉に向けます。


(え? 国王様?)


 そうなのでしょうか。だって……そこに居るのは……。


(紳士さん……じゃん?)


 思考が鈍りました。開廷前に私を訪ねてきた優しそうな表情は見えず。厳格な表情で彼は席に座ります。裁判長は周りを見渡してから起立して尋ねます。


「サーバリス国王陛下……なにかお言葉を?」


 恐る恐る尋ねられた国王は立ち上がりながら声を張り上げました。


「まずは突然の訪問には、最高裁裁判所諸氏の気苦労をかけたことに謝意を示す」


 名乗りはしません。なぜなら誰もが彼を知っているからです。


「祖先が魔物の追討令から数百年。人間と魔物は敵としてあらゆる関りは断たれてきた。それは島にたどり着いたばかりの祖先たちが、イングリウムを成立させるためのやむおえない敵対関係であり、それは今でも続いている状態であった。……しかし」


 何かを察した検事側の一人が立ち上がろうとするのを国王が目線を投げて制します。


「こたび!彼のハム族は花を持ち我々人間の前に現れた。聞けば若き龍剣士の解決した事件の協力もした聞く。その客人を今の人々がどのように扱うかを私はこの目で見に来ただけに過ぎない」


 国王は着席します。


 客人。その言葉に法廷はざわめき、検事側は顔をおおいました。


 法廷のざわつきに法鐘が響き渡り、皆が口を閉じました。鐘の音にビックリしたアプリコットが飛び起きて周りを見渡します。


「静粛に!静粛に!!これより判決に入るため一旦休廷します」


 ―――


 数日後、アプリコットは無罪として釈放されました。


 ただ、野放しにするのはよくないので魔物関連の法律の整備を進める為の仮法案の整備……となんとも気の遠くなる話の為に、一旦私の住むディステル社長のお屋敷に住まわせることになりました。


 ただ……。


「カルミア・グレインヴェーゼ様!アプリコットさんとの出会いはどんなものだったのですか!?」

「ハム族の生態について!彼らはどんな暮らしを!?」


 釈放されたアプリコットと迎えに行った私が遭遇したのは、多数の記者と埋め尽くす人々でした。私は素っ頓狂な声で記者さんの一人に聞き返します。


「え? なにがあったんですか? この人数……」

「ご存知でないのですか? アプリコットさんの写真のおかげで新聞は500%の売れ行きで未だに売れてるんですよ」

「は、はぁ……」


 隣にいるアプリコットもなんだか歓迎されているようなのは感じているのか。時折手を振ると若い女性や子供達が黄色い歓声をあげます。


 もはや私とロベニアさんの解決した事件は忘れ去られ、世間の人々は友好的な魔物。国王直々に客人と称された、アプリコットの報道で一色でした。


 いえ、洗い流されていったとも言うでしょうか。浜に波が来て引いて、また新しい波がくるように……。



 直後に手に取ったアプリコットの写真が載せられた特集記事の大見出しから目線を外すと、小さな小さな短い見出し「疑惑のカーライル領主の事故死」が目に映りました。それもまた流れ去った波の一つなのでしょう。


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