第18話 歪んだ事実と密航者
カーライルを離れる車窓から目を離しました。
あれから3日後。私とハイゼルさんはカーライルを後にすることになりました。怪我をしたロベニアさんや不思議な現象によって命を繋いだアリーシャさんは先にロッドシティに運ばれていき、ディステル社長の要請で出してもらった汽車はサプライライン社の関係者の専用列車となりました。
カーライルの駅のプラットフォームから見送る人は少なく、ハム族は元より立ち入りを禁止されているのか、アプリコットの姿が見えなかったのが残念です。
汽車の中ハイゼルさんの隣で私は彼のカバンの上で書いている報告書の草案をチラ見してみます。
「なんでしょうか? グレインヴェーゼ様」
ハイゼルさんの男性としては長めの銀髪の隙間から冷ややかな目が覗きます。
「私も書きたいです。報告書」
「そういうのはあなたの仕事ではありません」
「どうしてです?」
「龍剣士は雑務をしませんし。グレインヴェーゼ様は自分の務めに集中してください」
「うーん……龍剣士って体面上は一番だけど、まるで下僕みたいに使われてるみたい」
「なっ……!」
滅多な事を言うもんじゃないとハイゼルさんは少し動揺したみたいです。
「……滅多な事をいうものではございません。龍剣士とは象徴でありますから」
「そういうものなのかな。おじい様もそうだったけれど、ただ家臣達が持ってきた懸案にうなづいたり、判子やサイン書くだけで……」
私の愚痴にハイゼルさんも少しタジタジと言うか。この人、私の言葉を全面的に自分に言い聞かせて取り込もうとしているから。真面目だし背負いすぎだと思う。凛とした表情や態度から透けて見えちゃいます。
ふと対面の席に手をかけたディステル社長がやってきました。
「それだけがそうだとは言えないな。カルミア殿」
やっぱり社長の赤い瞳で見つめられたら胸が高鳴ってしまいます。王位継承の序列に入りながら、本人は龍剣士かつ半民半官のイングリウム国策企業の社長。立ち振る舞いの気品さと戦場で打ち立てた戦功の前では誰もが彼女に心酔してしまいそうです。
ああ、南洋産の香水のいい香り……。
「君主だけでなく龍剣士等の将軍には、部下の献策を評価する知性が必要だ。策を持って来る部下も万能ではないし立場や考えが最適ではない可能性も考えられる」
ひらりと座ったディステル社長は微笑みました。
「まぁ今は座学の時間ではない。カーライルに居る数日の間に決まったことを話そう」
決まったこと。それは人々に共有される情報であり、事実が反映されているわけではないと言う意味でしょう。
「ひとまず君とロベニアの実地訓練の結果。届け出がされていない龍結晶の採掘現場を発見。これを抑えようとして、利益を得ていた現地の部隊と交戦した。君達はそれらを撃破し彼らが拉致していた住民を解放した……と言うことになる」
「待ってください。部隊とは交戦してません」
「調査隊を派遣されたら痕跡は隠せん。それに奴らがアルバの国境警備隊と組んで龍結晶を放り出してたのは事実なのだから、避けようのない戦闘であった」
……
それから。
フィリッツ伯は取引によって証言の代わりに一時的に追及を止められ。現地の駐屯軍は司令官が左遷。
アルバ王国は国境付近に龍剣士が配された事に懸念を示しましたが、現地の自軍すらも加担していた蛮行に対してイングリウムに全面的な調査協力の用意があると回答があり。
国内では既に私とロベニアさんの解決した事件として世の中に出回っている。
最後に。カーライルの街の復興支援は縮小され、自力での再生を強く要請すると。
以上をディステル社長の口から告げられ。私はそれを事実だと思い込むことにしました……。
「記者から取材を受けたりするかもしれない。口裏は合わせておいてくれ」
社長はハイゼルさんと私とを両方を見て。そう言いました。
私は、何もしていません。ただ私の知らない所で、私の功績や何かが変わっていっているようなことをかんじました。
事実は差し置いて。ただ人々の知ることだけが膨らんでいるような。。。
―――
ロッドシティの駅にはそれほど多くの人はいませんでした。それはそのはずで特別手配した列車には時刻表にも乗っていないのですから。
私やハイゼルさんが荷物を持って客車から降りると、先に降りていた社長は既に眼鏡をかけた男性と話していました。
服装的に……検事?
「……ですからあなたの将軍大権発動の正当性について問題視がされておりまして」
「国王と軍に報告するのが形式的な手順であるはずだが?」
「しかし、軍の指揮権は王権だけのものだけではなく。国民軍への再編に応じて国民への説明義務が発生しますし。一部メディアではあなたの大権発動を権力の濫用と……」
なんだかただならぬ様子……。
何か助けになれないかと一歩踏み出した瞬間でした。男性の叫び声がつんざきます!
「ま、魔物だぁぁッ!!」
プラットフォームに居る全員が振り返ります。私たちの乗った列車と連結している貨物車から腰が砕けた作業員が後ずさると、私も全員が結晶を起動して武器を抜きます。
「捕まえるんだ!」
保安員たちが続々と集まって来てから突入すると、貨車からどったんばったんと音がしてソレは飛び出してきました。
「ピッピー!ピュイー!」
両手を挙げて逃げ出す黄金の毛並みを持ったハム族。よく見れば片手にはカーライルの山々で摘まれた花束を持っています。
間違いありません。だから発車したプラットフォームに居ないわけです……。
アプリコットは既に貨車に乗り込んでいたのですから。
私が歩み寄るとアプリコットは私の背中にやってきて、私を保安員さんとの間に挟みます。
「あの……その……」
「ピュ~」
突然の魔物で一旦パニックになったプラットフォームですが、アプリコットが私の背に取り付いてしばらく経ったことで落ち着きを見せました。
私もしどろもどろになりながら、なんとか理由をでっちあげようとします。
ですが。眼鏡をあげた検察さんが突然声をあげました。
「サプライライン社の特別車両から魔物が運び込まれました!これは大逆ですぞ!! 保安員!検察権限としてすぐさまこの魔物を抑留し、関係者を逮捕なさい!」
ふと横目で見ると……ディステル社長は顔を沈めて片手で額をグリグリしてました。きっと頭が痛くなったのでしょう。
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