第17話 カーライルの夕焼け


 日がまた落ちていく。復興のしていない街並みに明かりはなく、ただ夕闇に呑まれて暗黒の中に消えていく。ただ中央の砦を除いては。


 応接室でカルミアと対峙したフィリッツ伯は肩を落としてため息を吐いた。


「やってくれましたなグレインヴェーゼ様。これで私のカーライル復興計画はとん挫してしまいました」

「……」

「そう。あなたの寄付金のほとんどは配給、それと周辺の住民の強制退去、駐屯軍への報酬にあてました。全ては人間由来の結晶の輸出ルートの復興の為です」

「フィリッツ伯。私はあなたが誰の指示で動いていたのかを知りたいのです」

「こんな事を指示する人間が、私ごときにしっぽを掴ませるほど、うかつな連中だと?」


 彼は懐から出した一枚の手紙を応接室の机に置いた。カルミアが手に取り一文目を読み上げる。


「親愛なるフィリッツ・ジョンソン氏……」


 そこにはフィリッツ伯が伯爵になる前の環境がつづられていた。


「毎日、朝から晩まで働きながら、その日のパンと効くか分からない安い薬を親に与える日々。そこにこんな話を持ってこられたら、はいとうなづく以外ありえないでしょう」

「ですが。あなたのやったことはただの犯罪です」

「でしょうね。私はあなたように潔癖なままで強くなれはしないのですよ。伝統を築けた先祖や親を持たずに木っ端に生まれた以上ね」

「それが弁明ですか。あなたの所業で命を奪われた人たちへの?」

「弁明なぞしておりませんよ。コマはコマらしくあるべきだと思っているだけです」

「あなただって元は貴族の血であるなら……!」

「ははは、貴族? 100年以上前に放逐しておいて、今更戻しておいて貴族ね……」


 フィリッツ伯はまったく怒ってなどいない。かわりにあるのは悲しみと諦め。


「一つ。ジョンソンの家が貴族になった経緯を教えてさしあげましょう」

「……」

「崩壊歴1609年。アルバへ亡命する反乱首謀者の追討の際、カーライルの城主であったマンサー辺境伯は反乱側に付きここで、王国軍を迎え撃ったが私の祖先は城門を開いて王国軍を迎え入れマンサー辺境伯を討ち取るのに貢献した。それがあなたの言う貴族、ジョンソン家の始まりなのです。その時、あなたの先祖はどこにいたでしょうか? 少なくともグレインヴェーゼは他方の戦闘で多くの武功をあげております」

「私はただ……」

「いいのですよ。ですが、あなたはもっと知るべきだ。時に他人を踏み潰さなくてはならない人間が居る事を、そして、いずれあなたも踏み潰さなくてはいけなくなることも!」


 ―――


 目を開けた。今いるのがベッドだと分かりロベニアはゆっくり上体をあげる。痛みが走り両腕を見ると包帯が巻かれて血がにじんでいた。よく見れば脱がされた体にもいくつか包帯が巻かれている。


 既に居る事は気づいているが壁にもたれかかる気配をロベニアはあえて無視する。ディステルは椅子に座りながら腕を組んで声をかける。


「幸い軽い傷で済んだが、軟膏と包帯がなければ感染症にかかっていたところだ。あの金色のハム族に感謝しておけ」

「ディステル? いったいなぜここに?」

「貴族共が本格的に動き出す前に、お前を連れ出す必要があるからに決まっているだろ」

「そんなに事態が切羽詰まっていたのか……」

「駐屯軍は不明の命令で動き。息のかかった貴族の私兵たちも移動を開始していた。相談役が手を回してくれたがな」

「そうか……」

「それで……」


 ディステルは椅子から立ち上がってロベニアの耳を捻り上げるとロベニアは苦悶の表情で耐える。捻り上げた耳に向かってディステルは静かに、怒りを込めて問う。


「お前は1年間で何を得たんだ? お前は自分の使命や大局を見失った結果。本来は龍剣士になる必要のない人間の人生を歪めて、多くの人を火災で殺して。お前は一体何がしたかったんだ?」

「……」


 ロベニアは答えない。ディステルの言う事は全て正しい。


 自分は気持ちだけで突っ走り、多くの人の人生を歪めてしまったうえに。


 何も得はしなかったのだから……。


「や、やめてください!」


 いつの間にか開いていた扉から水のおけを持ったアリーシャが震えた声でディステルを静止する。ディステルは一瞥してからロベニアの耳を離す。それからアリーシャの前に立ち、おけを受け取る。


「そうか。何も得ていない、わけではないらしいな。……申し訳ないがお嬢さん。もうしばし二人きりにさせてくれないだろうか?」


 ディステルの「お願い」にアリーシャはそのまま引き下がり扉が閉められる。


 おけを床に置いてから中にある清潔なタオルに浸す。それから。


 ディステルはロベニアの背中に両手を伸ばして抱きしめた。


「……」

「……」

「よく戻ってきてくれたな」


 その言葉でロベニアはゆっくりとディステルを抱き返す。


「うん。……ごめん。姉さん」

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