第16話 絶体絶命


 ハム族の威圧によりロベニアは追い立てられ、駐屯地のある南側の森の端まで移動する。ただロベニアが自らと同行していた人々に、自分が森へ出ていくようにハム族に宣告された事を手短に説明する時間は許してくれた。


 そして全員がロベニアと共に森から出る事を選び開けた場所までたどり着いた。そのあたりからハム族は動かず、ロベニア達が再侵入しないように見るだけに留める。


 バッグを前にかけたアプリコットは気絶したアリーシャを背負い一緒に森の外を目指していた。


 その間にカルミアとハイゼルは駐屯地の司令がどのような動きをするのかを小声でささやく。


「最悪の場合。駐屯兵との戦闘も避けられない可能性があります」

「それはなぜでしょうか? 彼らには生贄を攻撃する動機はあっても、何を理由にロベニアさんを」

「貴族は攻撃ではなく。ロベニアから反撃を受けた事実が欲しいのでしょうね。それで彼女を何らかの形で反逆者に仕立て上げるでしょう」

「それはなんとしても避けないと……」

「カルミア様。貴族たちはロベニアの排除が達成出来れば満足するでしょう。ですのであなたは……」

「断ります」

「もしかすればあなたもまとめて排除される可能性があるのですよ」

「私はディステル社長に命どころか運命を託しております。彼女が倒れれば、どうせ私もどうすることも出来ませんから」


 その声を聞いたのかロベニアは振り向いて言い放つ。


「安心しろ。軍も龍剣士の言葉は聞いてくれるはずだ。私も君達も加わればなんとかなるはずだ」


 カルミアの決意とロベニアの口添えにハイゼルは半ば折れる形でロベニアに同行する。


 そして……。


 目を見開いたロベニアが剣を抜かずに両手で防御姿勢を取れば、黒い影の如く加速したボルトが複数本ロベニアの鎧や籠手に当たっては弾かれる。


「いきなり!? ロベニアさん!」

「待て!前に出るな!このクロスボウの数は、駐屯軍だ!」


 ロベニアの静止に割り込もうとするカルミアを静止する。その間にもボルトが次々にロベニアに向けて殺到する。それでも防御姿勢を取りながら前に進もうとする。


 ハイゼルに肩を掴まれカルミアは引き戻される。幸いロベニア以外の避難民へ向けられず流れ弾の心配もない。それでもロベニアはボルトの間隙を縫って叫ぶ。


「我が名は灰の龍剣士ロベニア・アステリアル!駐屯軍の司令官と……」


 呼びかけは一切無視される。代わりに返されるのはボルトの集中砲火。だが、龍結晶の力は使わずにロベニアはただクロスボウの狙撃に耐え続ける。


 火花をあげる鎧と籠手も凹む衝撃を無数も受け続けた肉体は内出血を蓄積して、裂傷が両腕から滴り始める。


「ハイゼルさん!私は行くよ」

「ダメです!龍結晶の起動を軍が確認すれば」

「じゃあどうすればいいのよ!突然こんな一方的に襲撃してくるなんて」

「ロベニアを戻すしかありません!」

「でも逃げ場なんて……」


 我慢できずに一歩踏み出したカルミアからは青いオーラが放たれる。既に膝をついて姿勢を低くし一歩も動けないロベニアになおも射撃が続き。周辺にはボルトの畑が出来ていた。


「ピッピ―!」


 突然の金切り声。二人が振り向けば開けられたバッグから丸い何かを取り出したアプリコット。それに着火剤で火を起こして丸いものから伸びる糸に引火させれば、数刻を図りロベニアめがけてハム族自慢の剛腕を見せつける。


 丸い何かがロベニアの直上で炸裂すると真っ白い煙が降りてロベニアの周辺を包み込むと、意図を察した二人は白煙に紛れ、カルミアは前で盾を構えてハイゼルはロベニアの両脇を抱えて後ろへ引き下がる。


 煙で視界を遮断されたボルトは精度を失い周辺に落ちていく。その煙から逃れると二人は目と鼻と喉の刺激に思わずせき込んだ。


「ごほごほ……!な、なにこれぇ!」

「分かりません!獣避けの類でしょうが……!」


 若干の鼻水と涙で顔を汚しながら白煙から離脱した二人にアプリコットが続く。


 森へは後退できない。だが、周囲は開けているので右左にも逃げられない。


「カルミア様。いったんここで留まりましょう」

「え? でも……」

「恐らく駐屯軍の取れる選択は煙を迂回して左右に展開するか。もしくは接近して確実に仕留めるでしょう。相手は後者を選ぶはずです」

「分かるの?」

「いいえ。ですが駐屯軍も地面に穴をあける事を敵対と判断するには苦しいはずです」


 地面に穴。聞いてすぐさまカルミアは剣にオーラを纏わせる。木の根の余り張ってない土がむき出しの地面に目を付けて剣を振り下ろすと、青いオーラが地面の間を浸透して結合を解いき、最後は制御したオーラを炸裂させて地面を吹き飛ばす。


 が……。


「こんな時に……」


 急速にオーラが消滅する。カルミアの体力や龍結晶の消耗は穴を作るには不十分で、人一人が座って顔を出す程度のものしかつくれなかった。


 ザクッ


 と穴の周りの地面に何かが突き刺さる。見るとアプリコットは小さな木のシャベルを取り出して人間とは比べ物にならない速さで穴周辺の柔らかな土を周囲に撒き始める。穴はすぐさま人数分が這いつくばれば正面だけでなく左右からのクロスボウの直撃射角を防げるように構築される。


「ここまで持って来れば、私の出番です。いいですかグレインヴェーゼ様……」


 ハイゼルはナイフを取り出してからアプリコットから譲り受けた獣避けの煙球にいつでも火を付けられるようにする。


 ロベニアとカルミア。二人の龍剣士を政治的に守るにはこうするしかない。


 貴族が欲するのは敵対的な龍剣士の反逆。ならば普通の人間の攻撃で部隊が壊滅すれば龍剣士の関与は疑われずに済む。


 彼は諸々の事をひとしきりカルミアに説明する


 ただ自分の身を賭する事になる、と言う点を除いて。


 煙玉は何度か投げられ相手に遅延を強いる。焦らされたのが効いたのか白煙の向こうから足音がやってくる。いよいよかとハイゼルは立ち上がろうと足に力を込めた。


 二人の人影が見える。一方はイングリウム軍の制服で間違いないが、もう一方は長い髪の女性のようだった。


「ハイゼルさん。待って……」

「どうしたのですか? え、……」


 突然立ち上がったカルミアにあっけにとられたが、すぐさま前を見て言葉を失う。


 女性……真っ黒い髪の麗人。ディステルは駐屯軍司令官と共に堀った塹壕の前に現れた。安堵して思わずカルミアは叫ぶ。


「ディステル社長!」

「すまないなカルミア殿。苦労をかけた」


 凛としたたたずまいの彼女は二人に通達する。


「カーライル国境駐屯軍はただいまより、王位継承権第8位。緊急時の将軍相当権限を発令して。私、ディステル・セヌンタの指揮下に入り。遂行している全ての行動を中止させた」

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