第14話 敗北


 カルミアとロベニアがぶつかり合う影、ハイゼルがその双眸を真っすぐとロベニアを見つめて一振りのナイフを手に握る。


 頭に思うのは一人の男の述懐のような警告。


(人間由来の結晶が使用者に及ぼす人格の同調がどこまで進むのかは分かっていない)

(そもそもどこまで砕いても結晶は結晶のままで、どこにも思考器官などがないからだ)

(では結晶が内包し、使用者が振るうオーラに記憶と人格が保存されているとして)

(物理的な器官での説明がつかない限り。結晶での人格への干渉が解明出来ないし完治も出来ない)

(ハイゼル君。もしもロベニアが最悪の状態になった時。君は必然的に【そういう決断】をするしかない。ディステルは恐らく君に伝えてはいないだろうがね)


「相談役。あなたの見立ては正しいようです」


 ナイフを握る力がこもり、呼吸が早くなっていく。カルミアはよくロベニアの攻撃を耐えているが、黒いオーラと炎は今にも青い光を飲み込まんと放たれる。


 それでもハイゼルはずっと動けずにいた。カルミアはハイゼルが正面に立つことに反対し、いざと言う時になったら突入する算段ではあった。龍剣士同士の争いに多少結晶を使える人間が介入することは自殺行為も同じだからだ。


「何を待っているんだ。僕は……」


 だが、状況は落ち着くどころかロベニアのオーラが黒く変異して、相談役の予言した最悪の状態へとなったことを徐々にハイゼルは受け入れ始めていた。


 ナイフの刃が手元で回る。指先の動作でゆっくりと指の間に滑り込み光を反射させる。


「……」


 ぐるぐると頭の中で言い訳が並ぶ。


 カルミアが危険? ロベニアは完治しない? 止めないと危険な状態?


 どれもしっくりこない。


 ―――


 剣は剣でたたきつけ。盾は炎を岩へ逸らす。


 一方的な防戦に追い込まれたカルミアは所々の鎧が黒焦げになりながらも立っている。余裕な笑みを浮かべるロベニア(?)がつい言葉をかける。


「なかなかタフじゃねえかよ。グレインヴェーゼの嬢ちゃん」

「私を知っているの?」

「ああよぉ。いつもは遠めに眺めていたが、気づかなかったか?」

「ごめんなさい。分からない」

「へ、鍛冶屋の一人なんてわかりゃしねえか。あんたのおじい様の依頼で俺が整えた装置に放り込まれて気が付いたら結晶の中だ」

「そ、そんな……」

「もちろん恨みはしたがな。この体と力が使えるなら結晶になった甲斐があったってもんだ!」


 斬撃と共に現れる炎。何度も見たロベニアの斬撃と龍結晶を組み合わせた戦術。これで幾多の敵の命を奪ってきたものではあるが、カルミアも二重攻撃を身をひるがえし、盾で防いで完全に防御する。


 それでも相手に比べて鎧は泥まみれになり、炎に晒された部分から無言の悲鳴が苛んでいた。


(まだまだ……!)


 その目は未だに輝きを失わずカルミアはジッと耐え続ける。


 その何かを。


「申し訳ないけれど。私はあなたを止めなければいけません」

「止める? おれを?」

「あなたがその力で何をしようとしているかは、想像に難くありません」

「へぇ。おれは被害者だぜ? 何を隠そうお前のおじい様のな」

「それは確かにそうです。私が謝って済むなら何度でも謝ります」

「謝罪に価値なんてねぇよ。それ以上のものを貰ったし。お前がそれ以上のものを差し出せるとも思ってねぇからなぁ」

「ええ。ですから……」

「?」

「ごめんなさい」


 突撃。防戦から一気に距離をつめたカルミアは盾の前に青い光を結集させてロベニアの体に突っ込ませる。


「なにぃ!?」


 岩場へと叩きつけられ驚いた声がしてから、カルミアの頭部に握りこぶしが直撃する。


「は、離しやがれ……!い、意識が、と、とぶ」


 龍剣士の拳が直撃して額から血が流れ出るもカルミアは岩に押し付け続ける。


「クソッタレ!」


 とうとうロベニアが剣を振るおうとした瞬間。二対の手がロベニアの両手を捉える。銀髪の青年が振り下ろそうとする腕を抑えつけた。


「カルミア様!その調子で……」

「ハイゼルさん!」


 何が起こっているのか分からないが、カルミアのやっていることにハイゼルは賭けた。


「ぐぉぉぉぉ!!!」


 抵抗とばかりに叫ぶロベニアと霧散し始める黒いオーラ。


 だが、先に尽きたのは青い光だった。瞬間吹き飛ばされるハイゼル。


「ぐぁ!」

「え?」

「へへ、惜しかったな」


 掴んだ腕を振るっただけで吹き飛ばされ、倒れこむハイゼルを一瞥したロベニアが吐き捨てる。


「お前は後だ。先にお前から……」


 再び掲げられた剣。足は動かないカルミアの瞳には切っ先の一点が映り、その光景に息をのんだ。


「……ん?」


 気配を察したロベニアがとある方向を向いた。


「ピュイー!」

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