第12話


 ――なぜだディステル!


 ディステルに怒鳴ったのはいつぶりだろうか。


 子供の時の私たちはよく喧嘩はしたが、今の彼女は静かに。そして、着ている服が全く違う。


 私は龍剣士の鎧と外套で、ディステルは黒いビジネススーツ。


 交わすのは模擬剣ではなく、態度と言葉。


 机に座りロッドシティのガス灯の明かりを背にしながら、ディステルは告げた。


「公文書では。そうなっていないからだ」


 机の上に置かれた紙束。タイトルは「イングリウム集団失踪事件の調査」と記されている。


 ――貴族連合などを恐れているのか!? 私たちが奴らのところに乗り込めばそれでいいはずだろ?


「……ロベニア。ここは龍剣士の戦場ではない」


 ――しかし、私は見たんだ!都市から離れた貴族の土地の建物の地下で行われていた装置と結晶の山を!それさえ洗えば元凶にたどり着くはずだ!


「もう一度言う。お前の踏み込んだあの館は、誰のモノでもなかった。公文書ではそうなっている」


 ――文書文書と!そんな政治屋共が事実をこねくりまわした代物で、今苦しめられている人々の無視していいのか!?


 ディステルの表情は相変わらずで、何かが呼び起こされる様子も、何かに駆られる様子もない。


 ――もういい!!私はもうこりごりだ。私は私なりのやり方でこんな蛮行を止めてやる。


「どこへ行く気だ?」


 背を向けた私は応えずにそのままロッドシティから離れて北へと向かった。


 ……


 どこで道を間違えたのか。私もディステルと同じように神妙な面持ちで文書を受け止めて、更に相手がボロを出すまで待つべきだったのか。


 彼女はよく考えるし。対策や対処法もすぐに考え付いた。きっとこの頻発する失踪事件にすぐに腰をあげてくれると思っていた。


 だが、彼女の静観に私は待つことが出来なかった。


 前に見つけた装置を壊して止めると、中をまさぐって手のひらを掴んで引っ張りだした。


 掴んだ小さな手のひらと、手首より先は途中で千切れて、結晶の塊がボロボロと床に崩れ落ちて広がった。


 敵地で立ち尽くした。こんなの初めてだ。


 こんなこと今すぐ止めるべきことのはずだ。


 ……それとも。ディステルは……。


 私を見放したのか?


 これから彼女の思う先には私はいらないのだろうか。彼女の思うままに私はやってきたつもりだし、彼女も私を尊重してくれると思っていた。


 それは私の思い違いだったのだろうか。


 彼女からすれば私は突然制御が出来なくなった龍剣士だ。彼女の戦略に私のような不安定な人間は不要だったのかもしれない……。


 だが、呼び戻してくれたのなら。でも、今更どんな顔をして会えば良い?


 彼女は嘲笑うだろうか。それとも失望するだろうか。


 本当に呼び戻しなのだろうか。もし不要になったのなら彼女は、私を?


 私を……。


 アリーシャ。どうしたらいいんだろう?


 ―――


 アルバの兵士達が周囲を警戒する。


「隊長。そろそろ奴らがあの女を連れ帰っていますかね?」

「そろそろ気づくはずだ。距離をとったが、また戻って血の跡を辿れば生贄が手に入るはずだ」

「しかし、もし龍剣士が付いている集団だったら……」

「安心しろ。あの灰色の龍剣士が力を振るえば、周りはたちまち火の海になる。そうなればハム族が放っておくわけがない。更に龍剣士が通達もなく武装して国境に居たとすれば国際問題になるのは承知のはずだ」

「そ、それなら安心ですな」

「しかしなぁ。おれもアルバの都市で散々女をさらってきたが。あの灰色の龍剣士を少し見た時に、一度連れ帰って組織で可愛がってあげたいなと思ったんだよな。あの使命感を帯びたあの女の意思をへし折るのを想像すると胸がときめいて……」


 彼の願いは命と共に蒸発する。突然頭上から炎の塊が振り下ろされて全てが焼け落ちたからだ。


 塊が一つの伸びる炎であると隊員達が悟ると同時に炎が散る。焼けた植物で出来た道から突撃するのは赤と黒のオーラの光。隊員たちが思わず手に荒い龍結晶を持とうとするも。


 一人は突撃に轢かれ四散し。一人は振るわれた巨大剣で腹から横に叩き割られ。


 一人は剣の払った斬撃から発生して飛び出した炎の一閃で焼かれ。


 最後の一人は、その刺々しい鎧の指先で喉を掴まれ、頭の穴と言う穴から炎が吹き上がった。


 ……


「……そうだ。貴様もだ」


 ロベニアは振り返る。焼けた植物の上を踏みしめる白い甲冑。


「貴族の犯した蛮行は私達が裁かなくては」


 内側から湧き出る怒りと悲しみに応えてロベニアの体から赤いオーラが増幅される。


「【グレインヴェーゼ】。私の内なる声に応えて貴様を討たせてもらうぞ!!」


 血走った目と見据える目。


 青い光が弱々しくもカルミアの体から流れ出た。

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