第6話 灰の龍剣士
ハイゼルがしゃがんで地面を凝視する。
「これは……」
カルミアも続くと土に出来た複数の足跡と二つの幅の有る溝。駐屯地をそのまま出発した二人がただ植物が開けているだけの道で見つけたものだ。
「荷台の跡です。重さは一人の人間よりは重い物でしょう」
「森の奥には、集落や町も特になかったはず」
「では……意外と近いのかもしれません」
二人の脳裏に浮かぶのは、この森に潜む抵抗勢力。積極的に外へ出てくるわけでもない彼らの実態と目的を二人で見極めるしかない。
「……」
「グレインヴェーゼ様」
「あ、はい」
「どうしましたか?」
「いえ。なんでもありません。ただ……」
「ただ?」
「抵抗勢力には、その、龍剣士とかは居るんでしょうか」
「……それは」
ハイゼルが視線を落とす。カルミアも同様に沈黙する。
「グレインヴェーゼ様。私はあなたが助け出された状況を詳しくは知りません。あなたがその時に龍剣士を見たのですか?」
「そう、かもしれない」
「やはりディステル社長は……」
ふと、離れた場所で鉄のオタマと木の蓋。両方が軽くぶつかる音がする。
コンコンコンコン
「ピュピー!」
二人は何も言葉を続けず、踵を返して開けた場所へと足を運ぶ。
煙を吹く鉄の土台に小鍋が載せられ、中には鮮やかな赤のスープに緑の豆が浮いている。金色のハム族、もといアプリコットは少し離れた場所で会話をしている二人に向けて食べごろの合図を送っているのだ。
コンコンコンコン
アプリコットの炊事能力は二人の想像を超えていた。火起こしから火加減、水加減。瓶詰にされた調味料での味の調整などなど。魔物と呼ばれても彼らは人間の道具を自在に使ってみせたのだ。
「アプリコット!ごはん出来たんだ」
「ピー!」
専用の鉄のお椀を受け取るとスープからは香辛料の香りがした。元はアプリコットが巨大なバッグから取り出した瓶詰のスープの素だ。
口に運ぶと最初に酸味が効いて、後から塩味が豆と赤い果実の味を引き立たせる。
「魔軍スープ。遠出にはうってつけですね」
「魔軍スープ?」
「かつて龍と魔族が争っていた時代。地上を席巻していた魔族の軍勢が簡単に栄養が取るために考案した料理です。魔族の帝国が崩壊した今では独自のスープを作っているようですが、保存用の香辛料と塩を大量に入れるのが特徴です」
「へぇ。ハイゼルさん。詳しいのね」
スプーンで豆を口に放り込んで咀嚼していると、アプリコットがしきりに辺りを探している事に気が付いた。
「アプリコット?」
「ピュー……」
バッグの中身を出しても見つからずに戻す様子に一気に飲み干したカルミアが加勢する。
「探し物? 食べ物?」
しきりにうなづくアプリコット。ハイゼルもやってくるがアプリコットは喋れずに意図を掴み損ねていた。
クンクン……。
アプリコットの鼻が動いてとある方向を向いた。二人が見ると生い茂る植物。
その葉が、揺れた。
「アプリコット!荷物は任せるよ!」
「ピュイ!?」
カルミアの鎧が僅かに青白い光に包まれ、ハイゼルもネクタイを下げて結晶を発動する。地面を跳ぶ二人は、一歩で人二人分の歩幅で揺れる葉を追跡する。だが、なかなか追いつくことが出来ない
「速い……でも!」
最初は相手の土地勘や地の利に苦戦はするものの、しょせん龍結晶を発動させた人間の相手ではない。相手はただ地面を蹴るしかないが、カルミア達は地面をえぐり込ませて跳躍する。
両翼で挟み込んでからハイゼルがタックルをかますとすぐに倒れこむ。
「は、はなせよ~」
「……また子供ですか」
ハイゼルの足元に倒れこんだ男の子の手に握られているのは干し肉の塊。
「これがアプリコットが探していたもの?」
「でしょうね」
ボロを纏った子供がはい出そうとするも、ハイゼルが首根っこを掴んで持ち上げる。
「あなたの親に会わせていただけませんか?」
「親なんていねぇよ!焼けちまった!」
「では、あなたの仲間に」
「みんなの場所なんて知らせてやるかよ!」
「みんな? 仲間がいるんですね」
「あ、……その。なんでもない」
口を閉ざした男の子。カルミアはハイゼルから男の子を抱えると地面に下ろす。
「ごめんね……」
そっと頭を撫でてから手放した。困惑しながらも男の子は干し肉を少しだけ抱えて走り出してから……。
止まる。3人全員が固まった。
灰色の長髪が揺れる。コーティングされていない鉄の鎧と、鞘に入った巨大な剣を帯刀する女性が立っていた。
「……」
視界を交わす「二人の龍剣士」。
瞬間、カルミアが抜刀しようと鞘に手をかけたのを神速で傍にやって来てから両手を掴んで留めるハイゼル。
「待ってください!グレインヴェーゼ様!」
「……」
「ロベニア!あなたに話があります。ディステル社長からの伝言です」
ロベニア。そう呼ばれた灰の龍剣士はカルミアと同時に手をかけていた鞘から手を離した。
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