第7話 理由

 ロッドシティの中央駅は人でごった返していた。紳士達や婦人、ビジネスマンから貴族まであらゆる人間が蒸気機関車の客車から外へ出るのとすれ違う一人。紳士服を着た黒の長髪で鋭い目つきの麗人が駅員に声をかけられる。


「失礼。サプライライン社のディステル社長でしょうか」

「そうだが?」

「すみません。相談役からお電話がかかっておりまして……」

「分かった。案内してくれ」


 相談役。具体名を出さない名称に戸惑う駅員を意に介さずに駅舎の黒電話の受話器をとった。


「私だ」


 電話の相手は落ち着いた声をした男。


『急にいなくなるかと思ったらそこに居たのかい。置手紙の一つでも置けばいいのに』

「確証はなくとも。もう時間がない」

『……ああ、貴族共は既にカルミア嬢を北へ送り込んだ時点で動き始めている』

「帰郷を装ったつもりだが、漏れたのか?」

『奴らは君の行動を逐一確認している。立憲王室と民主議会が最後に頼るのは君だからね』

「ロベニアの反逆を立証されたら終わりだ。その前に彼女を連れ帰る」

『私の方でも貴族共の雇われを取り除くつもりだ。すぐ戻れよ』


 受話器を置いて、ふと外を見る。窓からこちらを見ている一人の男が視線を向けられるとすぐに目をそらす。その横から黒づくめの数人の人間が男をどこかへ連れ去ってしまった。


 ―――


 道中は沈黙。着けば街と同じような冷たい視線。


 抵抗勢力と呼ばれた人々は突然の2人の来訪者に一気に空気を凍らせた。


 いくつか天幕がかけられた小さな広場。そこには比較的若い男女達が数十人が身を寄せ合っていた。


 そしてその中の一人の男が叫んだ。


「お前は!グレインヴェーゼのとこの!」


 肩をいからせ進み出た男やそのほかの面々が威嚇するように詰め寄るのをロベニアが手で制する。


「話をしたいだけだ。我々の立場を彼女達にも分かってもらうために」


 天幕の一つに入った3人は立ったまま話を続ける。すかさずハイゼルが話しかける。


「ロベニア。ディステル社長は、」

「ディステルは戻れと言っているのだろう」

「……はい」

「残念ながら、それは無理だ。私は彼らを見捨てて帰るわけにはいかない」

「燃やしたからですか?」


 カルミアの言葉に振り向くロベニア。


「私ではない」

「では、なぜあの時……」

「だが、あなたの祖父と、その技師たちを殺したのは。私だ」

「……そうでしょうね。ただ、その罪科を聞いていない以上。納得は出来ません」

「龍結晶の増殖」

「増殖?」

「これだ」


 取り出したのは未加工で形の不揃いな龍結晶。先日、カルミア達を襲った子供達もこれで力を得ていた。差しだされたカルミアはその一つを手に取って目をつむると指先に結晶から赤い力が流れてくる。


 ―――


 なぜだ!なぜだ!!なぜこんなめに!やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ!!!これ以上流すな!形が!保てなく……な……る


 ―――


 結晶が地に落ち、力の抜けた指先は震えていた。ハイゼルが顔を覗き込む。


「グレインヴェーゼ様?」

「こ、これは?」

「人の断末魔だ」

「断末魔? 人の?」

「龍結晶の本流を流し続けると、肉体に本流を蓄積させるぐらいは知っているだろう」

「はい。重症化すると意識の低下と気絶すると」

「では、それでも流し続けたら。どうなると思う?」

「え? 分かりません。使用者は意識を失ってから……」

「使用者でなくとも装置を使って奔流を流し続けることは出来る」

「それでも。結果は……前例がありません」

「肉体が、龍結晶化する」

「そ、そんな馬鹿な」

「さっきあなたが感じたのが。龍結晶にされた人間の断末魔だ」

「……」

「彼らの悲しみと怒り。絶望をあなたも感じたはずだ」


 ハイゼルはすかさず差し込む。


「それとこれとは話が違いますが」

「イングリウムは人柱を提供する。アルバはそれをさらって龍結晶にして輸出する。海運が発達し、両国が軍事的緊張を解消しても残された唯一のルートがここだ」

「ちょ、ちょっと待ってください。それが理由ならあなたがカーライルの街や城砦を襲ったのは」

「……グレインヴェーゼ伯は」


 そう言いかけた時。男の怒声と子供の泣き声が響く。ロベニアはすぐに天幕から出ていき、二人が続く。外では激高する男がくすぶった焚火を指さし、泣く子供を若い女性が抱えて謝っている。


「だから火種を残したまま余分な薪を片付けろって言ったじゃねえか!」

「ごめんなさい。でも、熱いままだと薪を……」

「手が多少焼けても減るもんじゃねえだろうが」

「どうかしたのか?」


 ロベニアは男に問いかけると、男はばつの悪そうにして立ち去る。それを見送ってから若い女性へと近づく。


「アリーシャ、大丈夫か?」


 アリーシャと呼ばれた女性は子供の頭をなでながら立ち上がった。彼女の髪にある花飾りが揺れた。


「ロベニア、ごめんなさいね。私が子供達に教えなきゃなのに」

「いいんだ。そもそも私が、みんなの心を落ち着けるようなほど余裕がないのが悪いんだ」

「そんな……」


 それでと焚火だったものに目を向けるロベニアは結晶を取り出したのを慌ててアリーシャが両手で包んで止めた。


「やめて!」

「少し火をつけるだけだ」

「あなたがこの結晶を使うのに、どれだけ負担がかかるのか知ってる」


 止められて困ったように少しだけカルミア達を一瞥するロベニアだが、すぐさま視線を戻す。カルミアも先ほどの会話と断末魔に触れたことで少しだけ心ここにあらずのようだった。


 両者とも距離が離れ、助けを求められないジレンマで硬直する。


「……」


 皆が少しだけ鼻を吸い込み。匂いを嗅ぐ。


 ガサガサと植物をかき分けて、ソイツはやって来た。


「ピィー」


 両腕には二人の荷物を抱えながら、両手に持つのは鍋。


 アプリコットはようやく追いついたことに安堵の鳴き声をあげながら二人に近寄っていく。


「ピュイ?」

「ご、ごめん。アプリコット、置いて行っちゃうつもりはなかったの」


 謝るカルミアににっこり微笑みながら鍋を置いたアプリコット。横から顔を覗かせると消えた焚火のすぐ近くで泣いている子供に近づいていってから、ロベニアとアリーシャに顔を向けると焚火を指さした。


 二人は顔を見合わせてから、とりあえずうなづくと。アプリコットの背負うバッグが地面に置かれ、上半身をダイブさせて数秒後。ブロック状の茶色い物と、ざらざらした板のような物を取り出しあわせて擦ると、ブロック状のものが着火する。


 立派に焚火が燃えるまで時間はかからなかった。

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