第5話 駐屯地とアプリコット


 一泊の後にフィリッツ伯から発った二人。北へ北へとアルバ王国への国境のある山脈とその麓にある森が広がる「境界の森」へと至ろうとしていた。


 昨日。ハイゼルと仕事の話をしていたフィリッツ伯。一通り話した後にハイゼルはカルミアの知りたがっていた復興に関する話題を差し込んでいた。


 するとフィリッツ伯は肩を落としてこめかみを抑えながら告白した。


 ……


 復興予算はイングリウム政府からは十分ではない少額を貰い。カルミアからの寄贈と合わせて焼け残った住人の医療費と配給に半分消えてしまった。


 カーライルは龍剣士用の鍛冶場で栄えた歴史の街であり、その中核であった鍛冶場は職人と共に焼け落ち。焼け落ちる前は民生品の製造にすら手を出して食いつないでいた落ち目の街でもあったのだ。


 アルバ王国との関係が良好となった今では、軍事拠点と言うカーライル発祥の価値すらもなくしてしまった。寒冷地の為に農業には適さず自給すらも出来ず。金が有った人は逃げ、若い人は家族ごとか良くて単身行って仕送りしている始末。


 イングリウム政府も今のカーライルの街の価値を見定めたうえで復興額を決めたのだろう。


 ……


 フィリッツ伯が言っている事はおそらく嘘ではない。


 ただその現状に無策であることにカルミアはやりきれない思いをしているのは、朝からほとんどしゃべらない事と、これまで顔を合わせてから優しそうな雰囲気の彼女の顔から表情が消えているのをハイゼルは気づいていた。


 フィリッツ伯に追求したいことは多くあっただろう。カルミアはその場では一言も発さずに黙ってハイゼルに会話を委ねていた。故に本来の任務であるサプライライン社の仕事に支障をきたすことはなかった。


 感情のまま私心を晒すことはしなかったのだ。


 歩き始めて数時間。到着した駐屯地はぱっと見で立派なものとは言い難い。近寄ってきたイングリウム軍特有の紫色の軍服を着た歩哨へと身分証を手渡すハイゼル。


「サプライライン社から来ました。ハイゼルです。こちらはカルミア」

「司令から伝達は受けている。どうぞこちらへ」


 案内されるがままに駐屯地に通される二人が辺りを見渡す。修繕されていない柵で覆われ、最低限にもほどがある施設には多くの錆びや修復跡が残る宿舎。見るからに100人は居ないであろうまばらさ。


 仮にもかつて敵国の最前線であった拠点は見る影もない。小さな小さな木造の小屋へと通される。左胸にはイングリウム軍の司令官を表すメダルが光っていた。


「初めまして司令官殿。私はサプライライン社のトランスポーター。ハイゼルと申します」


 恰幅の良い司令官もにこやかにハイゼルに応じ、話は順調に進んでいった。ここまではフィリッツ伯の時と変わらない。ただハイゼルの言葉で司令官は固まってしまった。


「我々はこのまま森に入って、利用可能な資源と森の中に潜伏する敵対勢力の調査に向かいます」

「……」


 凍り付いたと言っても過言ではない。ただ司令官はすぐに慌てた様子で引き留める。


「ま、まってください!森に潜む野盗への対処は我々の管轄です。そんな危ないことはやめてください」


 ごまかすのが下手だなとハイゼルは思った。


「ですが、これはサプライライン社とイングリウム陸軍との取り決めにも含まれております。現地の抵抗勢力を調査、鎮圧に繋がる手がかりを確保し。最終的には境界の森の資源を活用しての駐屯地への輸送物資の削減を目指すようにと」

「……」


 司令官は観念したように腰を落ち着ける。


「分かりました。ですが、もしもの時の為に護衛の小隊を……」

「それには及びません。龍剣士、彼女が居れば多少の問題は対処できます」

「……」


 口元に手を当てた司令官は動かない。ついぞ考える事を隠さない。


「では、我々は更に北部に向かいますので」

「……分かりました」


 何かを観念したのか。決断したのか。最初に感じたごまかしとは違う何かを感じる。だが、3人は突如の入室に驚いて入り口へと目を向ける。


「司令官!失礼します!駐屯地近くで様子を探っている者を確保しました!」

「連れてこい……。お二人共、申し訳ございませんが私はこれにて」


 司令官は襟を正すと二人に別れを告げる。ただその瞬間聞こえた声に二人は再度入り口を見る。


「おい!これはどういうことだ?」

「ピュイー……」


 カルミアは立ちあがり声のした方に向かう。プレハブの前で荷物を背負っている金色の毛のハム族。カルミアはそのハム族に見覚えがあった。


「あ、あの……」

「言葉が分からんではないか!」


 司令官の威圧にタジタジになっている金色のハム族にカルミアは駆け寄ると、ハム族もカルミアを見て必死に両手を振った。


「あのですね。司令官」

「グレインヴェーゼ様? もしや……そちらのハム族は」

「私の連れです!えっーと……荷物持ち!。そうよね!ハイゼルさん!」

「……」


 言葉を振られたハイゼルは一旦目を閉じてから一息入れる。


「申し訳ありません司令官。こちらは現地で雇用した荷物持ちのハム族です。名前は……ああ……」

「アプリコット!確かアプリコット!」


 ……


 吾輩はハム族である。名前はさっき決まった。

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