第3話 焼け跡の街
力なくカルミアはつぶやいた。
「常駐する治安機関がないのですね。ここには」
カーライルの街に来て早速、盗賊を突き出そうとしたところ。結果として自治体の牢へと引き渡せわしたが、街には常駐する警察が存在せず、週に何回か巡回する警官が来るまで牢に入れられると言う。
「……」
「納得できない様子ですね」
ハイゼルの声掛けにわずかにうなづいた。その沈黙には多くの意味が込められているであろう事は彼に察せられる。
常駐する警察はなし。
焼けた中央は焼けたままで放置され。
外周の石造りの建物も補修出来ない物件もある。
「大火から1年経って、こんなにも復興が進んでいないなんて……」
「グレインヴェーゼ様はたしか資産を」
「売ったよ。半年以上前に、カーライルの復興の為にフィリッツ伯に全て寄付したはず」
「……ともかく寄付したお金がどうなっているのかは知った方がいいかもしれません」
路地を曲がり大通りへと出た2人は、徐々に人が同じ方向へと向かっている事に気づいた。それも全員がボウルを持っている。
「グレインヴェーゼ様。この先は何があるんでしょうか」
「この道は、広場に続いてるよ。市場が開いてるのかな」
「……」
「どうしたの?」
「いえ。ただ少し嫌な予感がしただけです」
「嫌な予感?」
「行きましょう。見れば分かるでしょう」
歩みを早めるハイゼルとその後を追うカルミアはそれほど時間も経たずに広場へとたどり着く。広場に並ぶ人々と、大きな鍋がいくつか。鍋の横に立つハム族の魔物達は、人々の持つボウルに麦のおかゆを入れていく。
「……」
「……」
配給。見ればすぐに分かる。しかし、1年経ってもこんな配給が続いているのか。
産業は? 税は? 復興は?
見たところ多くが老人と子供。大人たちはいったいどこへ行ったのか。頭の中で思案するカルミアに老人が近寄って来た。まじまじと見てくるのについ声を出してしまう。
「……あの」
「グレインヴェーゼのお嬢ちゃん。今更ここに何の用だね」
すぐさまハイゼルが割って入ろうとするのをカルミアは押しとどめた。
「私は、龍剣士の任務と一緒にカーライルの様子を」
「様子ね。どうだい? 全然復興してない。ロッドシティに逃げ出したあんたは正しい」
「逃げ……? そんな誤解です!」
「言い訳は聞きたくない。落ち目の街がちょうど大火に巻き込まれて、ちょうどいい理由が出来たから首都へ行ったんだって、みんなが言ってる」
「みんな?」
「あんたのおじい様も、本当は死んでなくて。恨まれるのを恐れて死んだふりして首都へ行ったんだって噂も……」
絶句したカルミアの背中をハイゼルは強引に掴んでその場を離れる。いつの間にか広場の衆目を集めていたが、カルミアを見つめる目はどれも冷たい。
路地へと差し掛かってようやくハイゼルはカルミアを放す。
「申し訳ありませんグレインヴェーゼ様」
「え?」
「任務は確かに調査です。ですが、龍剣士の力は感情によって左右されてしまいます。あなたの心を平常に保つのも私の仕事なのに」
「あのおじいさんの言う通り……かもしれない」
「気になさらずとも」
「私は助けられた後に意識も朦朧としているうちに、ロッドシティに運ばれて治療を受けていた。病院のベッドで食事の心配もなく寝ていたの。本当に領民が苦しい時に、私は彼らの傍にいなかった」
どの面下げてだよね。吐露してすぐに唇を噛んだ。
「でも、私はおじい様の悪口を言われたのが、悔しい。今言い返してもどうしようもないことも……それだけ」
続く言葉を逆鱗ごと抑えようと深呼吸するカルミア。しかし、突如に怪訝な顔をしてハイゼルの後ろを見る。ハイゼルも振り返ると路地の二人を見つめる真っ黒な視線。
陰に隠れている……つもりなのだろう。だが、そのモコモコとしたシルエットのハム族特有の巨体は、全く隠密に適しているものではない。
黄金の毛並みをした『ソイツ』は二人の視線に気づくと姿をさらしてトコトコ歩いてくる。
「ピィ!」
片手をあげて挨拶をしてきた。意図を汲みかねている二人に、そのハム族は短い右腕を指して再び鳴いた。
「ピィピィ」
「知り合いですか?」
ハイゼルは聞くとカルミアは記憶をひねり出す。
「もしかして。大火の日に怪我してた子?」
「キュィー!」
黄金のハム族は満面の笑みを浮かべて首をたてに振ると、カルミアもつられて微笑んだ。
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