1年後の帰郷

第2話 帰郷


【定点連絡】


 拝啓 ディステル社長へ


 カーライルの街へと汽車にて到着しました。カルミア・グレインヴェーゼ様は疲れもなく、予定通り明日から北方のアルバ王国国境付近のイングリウム王国軍の駐屯地を目指す予定です。


 本日は暫定領主であるフィリッツ伯の元で宿泊させて頂きます。


 カルミア様の装具や搭載龍結晶の出力値に異常なし、新装備が与える不慣れは任務に差支えのない範囲であると申し上げておきます。


 以上 サプライ・ライン社 ハイゼル


 ―――


 石造りの駅の窓口に手渡した封筒を離すと、横からかけられた少女の声に青年は振り向いた。


 まとめた金の長髪を揺らした少女は青い外套をかけており、隙間からは新品の鎧が表面が反射させている。シワのない顔に暗い表情は見られない。


「ハイゼルさん!」

「グレインヴェーゼ様。いかがされました?」


 ハイゼルは抑揚のない声で応えた。


「今日はフィリッツ伯の所で泊まるんですよね」

「そのつもりです」

「到着したら、少しだけ市街の様子を見に行ってもいいでしょうか」

「行ってどうするのですか? 何か御用なら帰る時にでも」


 言葉は紳士的だが素っ気ない態度で返すハイゼル、だがカルミアはにこやかな姿勢を決して崩さない。


「大火の後で街がどうなったのかを、この目で見ておきたいのです」

「ただの視察ですか……まぁそのくらいの時間なら作りましょう」


 紫色のネクタイに触れるハイゼルは黒のビジネススーツを身に纏い、髪は白く長い三つ編みが対比している。体つきは男らしいとは言えないが、決して小さいわけではない。


 自分の荷物を持とうとしたカルミアだが、ハイゼルが大きなバッグケースを二つ、軽々持ち上げてしまう。


「わ、私。自分のは持ちますから」


「グレインヴェーゼ様は今回が初めての任務。あなたの体力は温存しておいた方が好都合です」


 駅からカーライルの街は少しだけ離れていた。青い空の彼方まででもなく視界には入るがそれでも歩くには時間がかかる。


 駅から物資を運ぼうとする馬車が目に付くと、すぐさまハイゼルは行って指示を飛ばす御者に接触し、一言二言で交渉は着地する。


 目配せされたカルミアが走ってくると、横から大きなフサフサとした毛並みの魔物が木箱を抱えて荷馬車へと載せていく。ネズミの仲間だが人より少し大きく丸っこい体は、ずっしりとした体躯である。


「ハム族だ……ハム族が働いてるの?」

「1年前の大火でカーライルが寂れたと同時に、ハム族が人里に降りて人と共生しているようですね」

「……」


 1年前、あの日の帰り道の終端が衝撃的すぎて、すっかり忘れてしまっていたが、道中で怪我をした金色の毛をした子供のハム族を助けていた。


(あの子は元気になったかな……それと)


 少し離れた集落で病気を患っていた子は、どうしているのか。城砦にあった医学書や、自分のおこずかいで買った薬で医者の真似事をして、集落の人がすごく感謝してくれた。しかし、自分が急にいなくなった後、いったい……。


 いつしか出発していた荷馬車の揺れの中で、カルミアはすぐにでも飛び出したい自分を抑える。任務が終われば、しばらく時間が出来るかもしれない。矢継ぎ早に要求するのもハイゼルに悪いと思い、いつ話し出そうかと思考を回してから、しばらくして。


 突然、荷馬車が大きく揺れて投げ出されそうになるのを、とっさに体幹を引き締めて耐える。訓練の賜物だ。


 馬の御者の男の悲鳴が響く。


「勘弁してくれ!」

「おとなしくしろ!」


 御者を脅す男の声と輸送用の馬車の荷台へと回る複数の足音が聞こえる。カルミアが外套の下から装備を手にしようとするが、それをハイゼルの片手が制する。


 視線が荷台に回った人影を見た時、カルミアは目を見張った。逆光でも小さな人影達が成熟した肉体を持っていないことなど一目瞭然だった。


 子供が叫ぶと御者を脅している男が応える。


「人が居る!」

「引きずりだせ!力負けそうならアレ使え!」


 子供達は懐から小さく不定形で濁った欠片を取り出し、赤く発光する。カルミアが愕然として叫ぶ。


「あれは!龍結晶!?」

「チッ……面倒なことを」


 ハイゼルがいつの間にかネクタイを少しだけ下ろし、首に巻くチョーカーを露出させるとチョーカーに付属している透き通った整った形の結晶が青い光を放つ。


 荷台に飛び上がった赤いオーラが溢れる一人の子供を、薄く青い光を全身に行き渡らせたハイゼルの拳が吹き飛ばし荷台から叩き出す。地面に転がった子供は苦悶で呻きをあげた。それでも子供の集団は赤いオーラを纏いながら二人を敵意の眼差しを向ける。


「私も戦います!」

「いいえ、結構です。あなたの持つ高出力型は大きな戦場で発動してこそ真価を発揮します。このような散発的な戦いには不向きですし、その為に私が居るのですから」

「で、でも……あんな威力で殴ったら……」

「グレインヴェーゼ様。私の任務の都合上、手加減は出来ません。特に龍結晶持ちで、未加工となると相手も自分の力を制御出来ません」


 今度はタイミングを合わせた数人の子供達が同時に飛び掛かるが、目に留まらぬ速さでハイゼルの拳が放たれると、全員が先ほどの子供と同じように叩き出される。


 御者を見ていた男が異変に気付いて荷台まで回った瞬間。一歩でカルミアの傍から消えたハイゼルの軽く上げた膝が男の顔面を捉えていた。


「ぐぉお!!」


 倒れながら血が流れ出す鼻を押さえるもハイゼルは男の上に立ち、手にしたナイフの刃を首元に差し出した。


「ひぃ!」

「主犯ですね? 誰に雇われましたか?」

「な、なんだって? お、俺はそんなの知らないぞ。ただ荷物が欲しくて……」

「……杞憂でしたか。まぁ仕組んでたのなら、かなりお粗末ですからね」

「そ、そうだろ。おれはただの野盗でさ」


 ナイフの刃を少しだけ引いた動作に男は息を吐いたが、それが自身の首横に刃を滑り込ませる動作と直感して情けない声を共に体を硬直させた。


「ハイゼルさん!!」


 刃は止まる。子供達は既に散り散りに逃亡し、ただ死の恐怖に気絶した哀れな野盗だけがそこに居ただけだ。


「……止めてください」

「止めましたよ」


 一連の出来事でも特段興奮するもなくハイゼルがナイフを上着の内ポケットにしまう。いつの間にか二人の傍に来ていた御者が恐る恐る二人を見ていた。ハイゼルは告げる。


「あの野盗をカーライルの治安当局に引き渡します。ロープはありますか?」

「ロープですか。あるにはあるんですが、助けてもらっておいて、その……」


 御者の態度に要求する物を理解したハイゼルが結論を言う。


「それで? いくらですか? ロープ」

「へへ、まいど」

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