冒険者学校人類種敵対予備軍専門教室、首輪つき【短編】

そろまうれ

遠絶友について





人間から欠けていた。


人外には届かず、人にもなれなかった。


この地獄から救ってくれる、都合の良すぎる誰かを求めた。






 ―――――――――――





冒険者となるには専門学校に行って許可証をもらう必要がある。

一昔前みたいに誰も彼もが一攫千金を求めてダンジョンへ潜りに行くのはもう許されない。


そんだけ危険だし、専門的な知識がいるし、なによりも『レベルアップする人間』なんてものをちゃんと管理しなきゃいけないからだった。


それでも変わらない部分もある。

危険だし、大半は犬死するけど、それでも一攫千金が、莫大な名誉が、この世界の行く末を変えるような冒険が待っている。


僕もそれに焦がれて冒険者学校に入った。

簡単な知識問題と、体力テストと、精神鑑定はクリア。

最後に一応という感じの種別チェックも受けて晴れて合格、がんばって冒険者になるぞー、と門をくぐったところで意識が途切れた。


後から聞いた話だけど、先輩冒険者が当身を食らわせて気絶させたからだった。

冒険者レベル1じゃ抵抗どころか禄にその姿を見ることすらできなかった。


そうして、気づくと教室にいて、椅子に座っていた。


「あ……?」


なにがなんだかわからないと周囲を見渡すと、同じように困惑した、隣の席の人と目が合った。

やけに鋭い目つきの子だった。


普通に見かければ、髪の毛長いな―、くらいの印象だったろうけど、それよりも目を引くものがあった。

首輪だ。


やけにゴツいそれが嵌っている。

お遊びとかファッションというには、ちょっとデカくて本格的だった。


やっぱり、冒険者を目指すような人は趣味も変わってる。

だって隣の彼女だけじゃなくて、さらにその隣や前の方の席の人も、同じような首輪をしてた。


黒くて幅広で頑丈そうな、鉄製というよりはたぶんゴム製のやつだ。

クラス人数は、たぶん20人くらい?

見える範囲の全員が、それをつけていた。

似合う似合わない関係なく、全員が。


「……」


僕の首元にも、違和感があった。

おそるおそる指を伸ばすと、肌に触れることができなかった。どうやら同じようなものが嵌っている。


「おう……」


思わずうめいてみるけど、それで事態は改善しない。


OK、考えろ、僕。

僕は間違いなく、冒険者学校に入学したはず。

巨大で立派な門扉をくぐったことまでは憶えてる。


そうして気づけば首輪をつけられて座っている。

なんか見た目的には一時期物語として流行ったデスゲームが開始されるような雰囲気だけど、そうじゃないはずだ。


なら、どうする?

僕はどう行動すべき?


「……僕は千路地(せんろじ)セトって名前、君は?」


今必要なのは、情報収集だ。

コミュ障だとか初対面って緊張するよなー、とか言ってる場合じゃなかった。

まずはやけに鋭そうな目つきをした隣の席の子に聞いた。


「……遠絶友(とうぜつ・とも)って名前、だけど」

「これ」


首輪を指差し。


「なんか知ってる?」

「知んない。わたしも知りたい」

「そっか、その辺は同じか、ありがと。あ――ねえ……」

「俺も知らねえよ、なんだこれ?」


右隣の子は力任せに外そうとしてたけど、無理みたいだった。


「あー、観鋼火狩(みこう・ひかり)だ。観鋼と呼べ。観光(かんこう)とか言い出したらぶん殴る」


たぶんそんなあだ名だったんだろうなと同情する。

あと首輪は、思った以上に外れにくいみたいだ。


周囲の人たちに声をかけたけど、似たような反応しかない。

誰も知らない、ただ困惑してる。


けど、皆やけに殺伐としてた。

こんな状況だから無理もないんだけど、それとは別に、中学とは違う剣呑さがある。

冒険者やるにしても、なんかちょっと好戦的すぎなような……?


「おーし、起きたなー」


やる気なさそうな先生が、前の扉を開けて入ってきた。


「心当たりある奴も無い奴も、まずは聞けー」


半眼だし、ネクタイよれよれだし、なんかひょろっとしてる。

弱そう、だと思うんだけど、なぜだか「逆らってはいけない」とも思った。


本能的な判断は、僕だけじゃなくて他全員もそうみたいだ。

少なくとも、こっちが座って相手が立っているような状況で、下手なことしちゃいけない。


「お前たちは甲種認定されたー。冒険者適正じゃないぞ? お前らは正式に国から『人類の敵の予備軍』として認められた。今この時からお前らの人権は一時的な制限を受ける。これは生存権も含まれるから、注意しろよー」


言いながら、なにかプリントを配っていた。

僕としては何がなんだかわけがわからなかった。


「はーん?…………ははっ、例年だとここら辺でつっかかるのがいるんだが、今年は大人しいなあ。それともなければ、驚いてないだけかー? 普通にびっくりしてるのは、そこの千路地くらいじゃないか?」


名指しされた。

というか、他はあんなこと言われても驚いてないってこと?


「あの――」

「なんだあ?」

「僕は、本当にその、人間の敵とか、そういうのなんですか?」

「自覚なしパターンかあ、安心しろ千路地、お前は間違いなくその候補だからな、自信を持てえ」


持ちたくない、そんな自信。


「プリントにも書いてあるが、その首輪はお前たちの異常を制限するが、同時に可能性を現すためのもんでもある」


どういうこと……?


「ここにいるのは、半分モンスターや異能力者やモンスターそのものや異星人やただの人間で、その首輪でお前らの能力を抑え込んでいる」


ぎし、っとクラス内の空気が軋んだ。

その敵意の焦点にいる先生は、気にした様子もなく歩いてる。


「けどその内にな、その首輪に文字が浮き出る。お前たちの無秩序な能力が収束されて、一文で書き表される。それだけが能力として認められる。それは、お前たちが「冒険者として」受け入れられる第一歩だあ」


左隣の席の観鋼が、動き出そうとする気配があった。

額に青筋を立てた様子からして、たぶんブチギレてる。


けど、何かをやらかそうとするより先に、先生がその頭を抑えて机へと衝突させた。

いつの間にか、教壇から離れたここまで移動してた。


「観鋼も本当ならもっと早く動けたんだろうけどなあ、今は首輪で抑えられてる。前みたいに動きたきゃ、その首輪に認められるようにならなきゃいかんぞー」


悔しそうに睨み上げる瞳孔は、縦に割れていた。


「それと、首輪に認められて力を使えるようになっても、あんま周囲に言いふらすなよお、具体的には教えていいのは一人だけだあ。生きてる人間二人以上に能力を教えたら、すぐに『退学』になるから気をつけろー」


悔しげに呻く観鋼の口元から、牙が伸びようとしてた。僕からは見えないけど、首輪が光り、その下に文字が現れようとする。

押さえつけた手に噛みつこうと全身に力を入れ――


「おっと、自覚あるのはさすがに早いなあ」


気づけば先生は離れてた。


「観鋼、先生に噛み付くのはいいが、首輪の文字は他から見られんようにしろよー」


移動した様子も見せないまま、教壇に立っていた。

その移動した痕跡すら僕にはわからない。


「あの、一人ならいいんですか?」


僕は質問してみた。


「はは、そうだなあ……これはな千路地。お前らみたいなバケモノが、ちゃんと力を制限できるかを見るためのもんだし、同時に、その力を隠して日常生活できるかを測るためのもんだ」


かなり真剣に、先生は言う。


「一人ならいい、じゃあないんだ。一人までしか能力を見られるミスを許してないんだ。あ、だから観鋼も注意しろよー、先生は見てないが、ここで二人以上に見られたらアウトだからなー」


観鋼は射殺しかねない視線だったけど、実力差はさすがに把握したらしい。

その首輪の表面に浮かび上がりつつある文字を隠した。


「あー、たぶんわかってない奴が多そうだから例を出すぞー」


ホワイトボードに「吸血鬼」と書いた。


「人類の敵といえば代表格だなあ、コイツの能力は主に三つだ」


血を吸う。

眷属を増やす。

血を操る。


吸血鬼の下に、そんな文字を足した。


「お前らがつけてる首は、これらの能力すべてを使えないようにするためのもんだ、けどな、そのうちに一個だけなら使えるようになる」


二つに横線を引いて、「血を操る」の文字を残した。


「こうなると、血を吸ったり眷属を増やしたりはできなくなるけどな、血を操ることはできる。で、この能力はパワーアップする。ただの吸血鬼よりもよっぽど上手く「血を操る」ことに特化する。これでようやく人類の敵じゃない、隙あれば病原菌みたいに増えたりしない、有能な冒険者の誕生ってわけだあ」


ふと気づいたように指を振り。


「あー、一応言っておくと、別に血を吸ったり、眷属増やすのに特化すんのが駄目ってわけじゃないからなー。先生が知ってるだけでも血を吸いまくって回復しながら戦う奴や、片っ端から眷属化させるモンスターテイマーとかもいるからなあ」


わかったような、わからないような説明だった。



 + + +



まあ、つまるところ、ここはバケモノっぽい人たちの集まるクラスで、首輪はそのバケモノ部分を抑えるためのもの。

けど、バケモノ成分の内一つだけは使えるようにはなる。実際、観鋼は文字が浮き出てたみたいだったし。

その文字を知られていいのは、一人だけで、二人以上になると退学……


「なるほど、意味がわからない」


休み時間、僕はそう頷いた。


というか、僕がここにいることが最大の謎だった。

人畜無害を絵に書いたような、というと言い過ぎだけど、人類の敵扱いされるような覚えはまるでない。


僕には隠された真の実力が……!

って憧れるけど、ちょっと雰囲気が違う。

真の実力(人類の敵)は、僕の手に余る。


「ん……?」


ふと隣の遠絶友の様子が気になった。

クラス全体の雰囲気は、割と最悪だ。

観鋼なんて、それこそ首輪つけられたばかりの野生動物みたいに唸ってる。

だけど――


「遠絶さん、なんか楽しそう……?」


一人だけ、僕の隣のその席だけ空気が軽かった。


「友でいいよ、うん、嬉しい」

「じゃあ、僕もセトで。けど、嬉しいって……僕らの人権制限されてるらしいけど?」

「それでも、いい」


気のせいかも知れないってくらいの、本当に薄い笑顔で友は言った。

つるんとした頬が人工の光を跳ね返す。


「いままでみたいに、他の人を傷つけるかもしれない、ってことを心配しなくて良くなる」

「そういう、ものなの?」

「まあ、わたしにとっては、って話だけどね」


そういう人もいるらしい。

どういうことなの、なにがあったの、と根掘り葉掘り聞きたい気分もあるけど自重する。


あんまり踏み込んで聞いたら「首輪の文字」に触れるかも知れない。

それは、相手を退学あと一歩まで追い込む作業だ。


生存権とか制限されてる状態での『退学』を、一般的な意味だと考えない方がきっといい。


「そっか、考えてみれば能力とか異常な力を制限されたい、って人もいるのか……」

「だね」

「僕は今のところ、制限されるものが行方不明だけどね」

「どっちなの?」

「え、なにが」

「制限されるような『異常』が欲しいのか、そんなの実は勘違いで、ただ普通の人でいたいのか、どっち?」


僕はすぐには答えられなかった。

一番素直な返事は「両方」だった。


ただの一般人でいたいし、誰もが羨むようなスーパーな力も欲しい。

安全な場所から、ほんのちょっとだけそれを味わいたい。

卑怯な考えかもしれないけど、普通の感性だとも思う。


「僕は――」


言おうとした返事は。


「ここか、このクラスか!」

「や、止めましょうよぉ……」

「なにを弱気になっている、たのもう!」


ばん、と効果音がなるくらいの勢いで開かれた扉の音が打ち消した。

現れたのは、なんかちっこくて偉そうな生徒で、たぶんタイの色的に同学年だった。

後ろにはオドオドした、背の高い子もついてきてる。


「我こそは冒険者学園生徒会長――を目指すもの! ここに人に仇なすものがいると聞いた!」

「まだ生徒会長じゃないんだ……」

「なるの! 絶対っ!」


思わず言ったツッコミには、即座に反論が来た。

割とノリはいい。


「お前か、なんかすごいバケモノとやらは!」

「ただの一般人です」

「そんな首輪をつけた一般人がいるか!」


ごもっともだった。


「ねえ……」


友は、すこし不機嫌そうだった。


「あんまりバケモノとか、言わないでくれる? そうなりたくない人も、いるんだけど」

「む、む? そうなのか?」

「わたしは、この首輪があって助かってる」

「趣味が悪いぞ!」

「別に性的な趣向じゃないから。実用目的ね?」

「じつ、よう……?」


絶対に勘違いしてる顔だった。


「首輪を、実用目的……?」

「違うからね?」


友は即座に言う。

僕はその後ろにいる、背の高い闖入者二号に聞く。


「というか、このクラス以外でも、ある程度は事情について説明されてるんじゃないの?」

「あ、はい、聞いてます……ねえ、つーちゃん、やっぱり帰ろ? 別に悪い人たちには見えないよ」


闖入者二号がちいさい方の闖入者を引っ張ってた。

それに引きずられるようにというか、後退りしていた。目には最初とは違う警戒の色があった。


「た、たしかに、ここはなんか、駄目だ。そういうのは駄目なんだぞ! じゃあな!」


誤解は解けてなさそうだ。


「なんか……このクラスのことをドMの巣窟だと勘違いされそう」

「知らないよ、そんなの」


さすが冒険者を目指す人が集まる学校だ。

いろんな人がいるらしい。



 + + +



ここは冒険者のための学校だ。

だから、当然そのための授業があるし、その技術を得るためにいろいろ頑張る。それは甲種認定された僕らも例外じゃなかった。


というより、どんな扱いをしても「人類のためなら」って建前があれば、わりと無茶が許されていた。

僕らは上手くすれば役に立つけど、下手をすれば魔王って扱いだ。


なので、最低限のことを学んでは、あとは実戦あるのみ、って感じだった。

他の「普通の人間」が挑戦するより先の、煤払いをする役目でもある。そこでとんでもなく強いモンスターがたまたま出ても、それは「人間の学生が挑戦する前で良かったね」で済まされる。

甲種クラスにとって、生存権とは投げ捨てるものである。


「だから、協力しなきゃいけないと思うんだ、本気で」

「悔しいが、そうだな。このままじゃ無理だ」

「わたしも、別に死にたいわけじゃないしね」


僕、観鋼、友は、ほとんど必然的に手を組んだ。


「ふふん、この次期生徒会長が手を貸すのだから、安全確実だとも!」

「あの、ごめんなさい、本当に……」


そしてなぜか前に乱入してきた、ちっこい方こと追場見(ついばみ)カナと、でっかい方こと南方(みなかた)フミエも一緒に組んだ。


「別に、クラスで一緒に組んでくれるやつがいないからこっちに来たわけじゃない、ないったらない!!」


ってことらしい。

たぶん、普通クラス内で浮いたんだろうなあ。


ただ、職業として魔術使いと回復役がいてくれることは素直にありがたい。

一般クラスの人がチームにいれば、ちょっとは先生方が気にかけるだろうから生存率も上がる。


「えーと確認」


そして、僕はなぜだかこの五人のリーダーなんてものになっていた。


友にはガラじゃないと断られた。

観鋼には前線で戦いたいから、指示してる暇がないと言われた。

追場見カナは「当然わたしがリーダーだろう」という顔をしていたけど、先行挑戦する関係上、甲種教室の生徒じゃないとリーダーになれなかった。

南方フミエは最初から可能性を微塵も考えてない顔で佇んでいた。


「目的は一階層の探索、奥の階段部分にまで行けばクリア。敵は主にスライムとかコボルトとかの、まあ雑魚モンスターだ。ただ、しばらくの間、放置されてたから突発的なことが起きるかもしれない――」


完全に把握してるわけじゃないけど、このチームなら楽勝もいいところだ。

友と観鋼には前線適正があったし、いざというときの火力は追場見が担当する。怪我しても南方がいるからリカバー可能。正直に言えば僕が一番役に立ってない。周囲を見て指示する役目だけど、出来るかどうかは非常に怪しい。


「最初の探索なんだ、失敗して当然だと思っていこう」

「了解」

「ま、大丈夫だろ」

「よし、魔王討伐だな!」

「つーちゃん、話聞こうよぉ……」


そうして僕らは装備を整えて初級ダンジョンへと向かい、第一歩目で転移トラップを踏んだ。



 + + +



踏んだのは友だった。

緊張した面持ちの彼女は慎重に周囲を見渡してたけど、それでも『ほんの少しだけ色の違う床』を判別できるほどじゃなかった。


魔法陣が展開されて発動するわずかな間。観鋼は即座に飛び退いて範囲から脱し、追場見と南方は「お?」と不思議そうにしていたけど、そもそも範囲外だった。僕だけが、行動を起こせた。

我ながら褒めたくなるような反射神経で友の衣服をつかみ、引っ張る。

衣服を確保したまま、全力で魔法効果範囲から脱しようとする。

トラップ発動までのタイミングを考えても、外へと引き出せる――はずだった。


「痛っ!?」


つかむ段階で失敗した。

友の肌はなんかツルツルしてた、非常につかみにくそうだったから襟首をつかんで移動をさせようとしたけど、手のひらがざっくりと切れた。ちょっとした痛みだったけど、それは行動を遅らせた。

ギリギリで間に合うタイミングが、間に合わなくなる。


螺旋状に展開された光につつまれ僕と友は、転移した。

ダンジョン内の、どことも知れない場所へと。




時間としては一瞬、だけど、永遠のような時間が過ぎ去った。

視界が別の風景を映す。

入口付近とは異なる有り様だ。


ダンジョン、当たり前、なんか暗い――


それだけを脳味噌に叩き込んで、即座に抜刀して周囲を警戒する。

同じく戦闘状態を取る友とは背中合わせの状態。緊張のためか、やけにその体温は冷たい。


周囲は暗いまま。物音は聞こえない、少なくとも「モンスターハウスにいきなり直行!」って事態にはない。

それだけ。

それしか好材料はない。


レベル1冒険者が下層へ直行、って状態は普通に考えたら死ねる。


「OK、OK」


僕は自分自身と友に向けて、そう言い聞かせた。


「ミスったけど、最悪じゃない」


少なくとも、即座に死んでない、事態を観察できるだけの余裕がある。

ところどころから垂れている水滴にビクビクするのは無駄だ。


僕は手のひらの傷にガーゼを押し当てながらそう頷く。


「あの……」

「ん?」

「ごめん……」

「さすがに入り口付近にあんなトラップがあることに気づけ、って方が無茶だよ」

「違う……」

「え?」

「……ごめんなさい……」

「んー?」


予想以上に落ち込んでる。どういう理由かは、少しだけなら分かる。ただの邪推かもしれない。

どっちにしても――


「OK、友のごめんなさいを受け取った。これ以上のごめんなさいは受け取らないから」


ここで落ち込んでる暇なんてない。

というか、本当に謝るべきは、たぶん僕だ。

傷とかに怯まず、手なんて切断されても構わない勢いで離脱させなきゃいけなかった。仮にもリーダーなんだから、その程度のことはすべきだった。


「え」

「行くよ、やるべきはダンジョン攻略だし、もっといえば生き残ることだ」

「うん、ごめ……」

「ごめ?」

「……ごめす……」

「OK、ごめす」


意味不明だけど、少しでも前向きになるのは良いこと。



記念すべき第一歩目で転送トラップ。

普通ならブーイング間違いなし、ダンジョン委員会はなにやってんだと文句をつけて、後はただ救出を待つような場面だけど、甲種クラスはそうもいかない。


不運が重なってダンジョンで死んだ? あっそ――だけで終わって済まされる予感がひしひしとしている。


僕らは、僕ら自身を助けるために頑張らなきゃいけない。

他を頼れる贅沢は僕らにはない。


僕と友は、ゆっくりと歩いた。

もちろん、周囲をこれ以上ないくらい警戒しながら。


「セト……」

「なに?」

「ここ、何階なんだろう」

「ダンジョンって下の階層になるほど暗くなるって話は聞いた」

「……ここって、結構暗めじゃない?」

「節電してるのかもしれない」


くだらないことを言いながらも足は進める。

ここでまた罠を踏んだら目も当てられない。

できることと言えば、注意して進むくらいだ。それでも、専門家から見れば笑ってしまうくらいのレベルなんだろうけど。


「僕が盗賊系の技能を取るべきなんだろうなあ」

「そう?」

「他に取る人いないでしょ」

「わたしがやる」

「駄目」

「……なんで?」

「友は意外とおっちょこちょいな性格だと見た」

「…………そんなことはないですよ?」

「敬語になってる時点で認めてるようなもの」


遠絶友は、きっとそういう奴だ。

割と抜けてる部分もあるし、普段はぼーっとしてる様子が多いけど、それでも悪い奴じゃないし、責任感もそれなりにある。


「けど、セトにできる? 注意深い観察とか、あんまりできそうにないけど」

「できますけれど?」

「敬語だね」

「たまたまね」


くだらない会話をしながらも、周囲への警戒は怠らない。

敵の姿は、あんまり見えなかった。

気配とかもまったくない。


これが一階層なら、まあ、そんなものかな、って思う。

だけど、ここは最低でも二階層以下、光量の暗さとかを思うと四階層とか五階層くらいかもしれない場所だった。


「……雑魚モンスターが出ないって、どういうパターンだと思う?」

「それは――運がいい?」

「僕らいきなり転送されたけどね」

「そういえばそうだった……」

「今は出なくて助かってるけど、ちょっと怖くない?」

「んー、わたし知らないけど、こんなものなんじゃないの」

「モンスターの出てくる頻度が?」

「うん、山歩いてて野生動物を見かけるくらいなんじゃないか、って思う」


そうなのかな。

まあ、ダンジョンも山も自然な状態って考えれば大差はないから、出会う頻度もそのくらいのものなのかもしれない。


「……山道では、熊よけの鈴とか鳴らすといいらしいけど、ここだと絶対に呼び寄せるね」

「わたしの住んでたところだと、絶対にそういう音は出すな、って言われてた」

「なんで」

「人間を襲って食べる熊がいたから、鳴らすと突進してくる」

「うわあ、自然こわ」

「慣れると、いいところではあるよ」

「そういうものなの? ああ、でも――」


僕は安心半分、残念半分に言う。


「雑魚モンスターに出会わなかったのは、たぶんこれが理由だね」


目の前の、明らかにボス部屋を確信させる巨大ドアを示して僕は言った。



 + + +



ボスがいるフロアは、雑魚モンスターが出ない。

その理由はよくわかってないけど、ボスモンスターがそのフロアの魔力を独占しているからだ、って言われてる。

それだけ大食いの、魔力を馬鹿食いするような敵が、この向こうにいる。


けど、その一方でボスモンスターは扉を開けてこっちに侵略して来ることはない。

いかにも、という雰囲気の巨大な扉は、向こうとこっちを隔てるもので、安全と危険とを切り分ける境界だった。


「僕らの選択は三つ」

「なに」

「待つか、戻るか、行くか」

「それ、実質二択じゃない?」

「どれ外したのか興味あるけど、一つずつ考えてみようか」


僕は指を一本上げる。


「まずは待つ、ここは雑魚モンスターが出ないから、割と安全に待つことができる。仲間たちが来るまで体力を温存するというのは、選択肢としてありだと思う」

「却下」

「なんで?」

「ボス部屋ってことは、ここ五階層だよね? そこまで三人が来るのをただ待ってるの?」


想像してみる。

必死の激闘を繰り広げてようやく到着した三人がその先に、二人がなんもせずにゴロゴロと寝転がって待ち受ける様子を。


割とぶっ殺したくなってくること請け合いだ。


「それでも、生存を一番に考えるなら選択していいと思う」

「わたしは、それやって平気な顔する奴になりたくない」

「OK、じゃあ、残り二つだ」


二本目を立てる。


「五階から上へと向けて逆走する。問題は、敵の強さ。いきなり四階層の敵と戦わなきゃいけないことになる。二人しか居ない、初の実戦で」

「戦うのは、たぶんどうにかなる、と思う」

「そうなの?」

「田舎で人食い熊も倒したし」

「鳴らしたな? 鈴を鳴らしたんだな?」

「けど、むしろ罠の方が怖い」

「あー」


僕も友も戦士タイプ。前線でなんとかしようとする。

そして、四階層ともなればそれなりに強力で、発見もしにくい罠がきっと設置されている。

第一歩で罠を踏んだチームとしては、不安なことこの上なかった。


「なら――」


三本目を立て、そのまま扉へと向ける。


「行く?」

「それしかないと、思う」


無理だし、無茶だし、無茶苦茶だ。

だけど、僕ら二人が生還するとしたら、きっとこれが最適解だ。

ただのカンでしかない、だけど――


「……正直に言うよ、本当に僕には特殊な何かは無い。ただ、昔からトラブルには巻き込まれてたし、「そういう困った事があってもなんとかなってきた」って経験はある。そして、その経験が言うには友の言う通り、このボス部屋特攻が、いちばん助かる目がありそう」

「セト、やっぱり一般人詐欺してない?」

「なにがやっぱりか不明だけど、本当に特殊能力とかは無いよ」


変なことに巻き込まれやすい体質というか運命にあっただけで、僕自身はごく普通の一般人だ。


「わたしの特殊性は、言った方がいい?」

「それで勝率上がる?」

「たぶん……変わらないと思う」

「なら、黙ったままでいいよ、別に知りたくないし」

「セト、わたしに興味がない?」

「これ終わったら一緒にケーキを食べようってフラグを立てちゃうくらいには興味があるよ」


この戦いが終わったら結婚するんだ、とかが代表例だ。

明るい未来を連想させる言葉は、なぜか無惨に潰されることが多い。


「まあ、とはいえ僕、実は甘いものとか嫌いだけど」

「それ、フラグ立ってるの?」

「食堂で夜定食Aを皆で食べようがちょうどいいかもね、さあ、行こう」


巨大な扉を一緒に開いた。



 + + +



そこは――リビングのように見えた。

一般家庭じゃなくて、暖炉があるような大邸宅の一角に。


下は大理石が敷き詰められ、壁には白く模様の描かれた壁紙が踊り、座り心地の良さそうな椅子には人が座っている。

オールバッグに髪を固めてスーツを着こなし足を組み、なにか本を読んでいる。

ハードカバーの分厚い本に落としていた視線を上げて、僕らを見た。

興味の欠片もない視線だった。

道端の石ころを見る時でも、もう少しくらい好奇心がある。


背後で、巨大な扉が勝手に閉じて――


「『識別(アナライズ)』!」


初見のモンスターに出会ったらまずはやれと言われる定番作業を僕らは行った。

本来なら雑魚に対して練習がてらするはずなのに、僕らは初回がボスに対してだった。

当然のように、弾かれる。

わずかに視えたのは――


「種族・ドッペルゲンガー! レベル不明、分類特殊、あとは分からない!」


すでに抜剣している。

初級用のだけれど、今はこれだけが頼りだ。


「能力が、一部だけ視えた。え、『記憶を覗くもの』……?」


敵ドッペルゲンガーが本を閉じ、ゆらり、と立ち上がる。

こっちは二人で、向こうは一人。

こっちは剣を手にした戦闘準備万端で、向こうは無手の隙だらけ。


なのに、勝てる気がまるでしない――


「『お前達を知る』」


詠唱じゃない。

ただの宣言だ。

けど同時に、円状の何かが敵から放出された。

無形の波動、探査のための、攻撃ではない能力の発露だった。


しかしそれは、僕の内部をごっそりと浚った。


知られた――と分かる。

知られてしまった――と理解する。

心の奥底が、敵対的な奴に覗かれ知られてしまった。


一部のモンスターが『識別』を毛嫌いする理由がわかった気がした。

勝手に自分のことを相手が一方的に探るからだ。


その嫌悪を力に変えて、剣を振る。


至極当然のように受け止められた。

僕のだけじゃなくて、友の攻撃もだった。

ドッペルゲンガーは、その両手を毛だらけの腕に――熊のそれに変えていた。


分厚いその腕を振り回されて弾かれ、距離を取られる。

その顔は、変わらない興味のなさを表していた。


「なめんな、こっちは熊殺しの友がいるんだぞ!」

「地元で言われてた、わたしそれ嫌なんだけど!」


左右から攻撃を繰り出す。

前衛職としては離れてできることはない。

効果があろうがなかろうが、接近して攻撃する以外に無い。


僕が顔を、友が足を狙った攻撃を、熊化した腕で受け止められた。

敵は僕と友を見ていた。

左の目で友を、右の目で僕を捉えている。

眼球がそっぽを向いた変な顔、だけど――


「『私をお前達の鏡に』」


そんな宣言が聞こえた。

そのまま――敵は僕たちをそれぞれの両目で捉えた。

ドッペルゲンガーの身体が真ん中から切り分けられ、分裂することで。

一つの身体が、左側は左回転、右側が右回転して、二つの身体となり僕らに正対していた。


「こんなの至極当然だよね、みたいな感じに増えるな!」

「これって――」


『私をお前達の強敵に』


二人に増えたドッペルゲンガーが唱和する。

向こう側のが姿が変異したのが、わかる。

凶悪な日本刀を手にした女冒険者、後ろ姿だけでも歴戦とわかる。


「え、ママ――?」


友が絶望的な顔をしていた。


そして僕の前の奴は――


「?……ッ!?」

「ん……?」 


変わらなかった、スーツ姿のままだ。

理由不明だったけど、すぐに思い至る。


「ああ、そっか、記憶覗いて僕の知る強敵に変身しようとしたのか、そりゃすぐには無理だって」


敵は戸惑うように自身の身体を確かめている。

もっとちゃんと言うと、変身しようとしてはキャンセルされているみたいだった。その全身が、どこのバイブ着信かって勢いで震えている。


「まあ、形だけでもあの邪神の真似をされたら困ってたけど」

「セト、やっぱりぜったい一般人詐欺だ……!」


失敬な。

地元に封印されてた神様が復活しそうになって、皆で強力して再封印したとか、子供時代なら誰もが一度は経験することだ。


「――っ」

「さすがに別の強敵を選ぶような時間はやらない!」


小刻みに震えたその首元を、僕の剣が横切った。

人間で言えば致命傷だけど、モンスター相手じゃそうもいかない。けど、今はそれで十分だ。


敵はゴボゴボとした音と共に、口から血を吐いている。

言葉を言うことが、できていない。


さっきから見る限り、特殊能力を発動する前には言葉を言っていた。

一時的ではあるんだろうけど、敵を封じ込めることに成功した。


「友!」


そして、僕の方はともかく、向こうはそうもいかない。

見るからに上級者としての動きで友を追い詰めている。


優先順位はこちらが上、走って向かい、剣を振りかぶる。


背後からの奇襲は、当たり前に敵に弾かれた。

言うまでもない。

この世の理。

まさか当たると思った?

そんな言葉が聞こえて来そうな自然な動きで。


「友、この人の弱点は!」

「パパ!」

「家族仲がいいのは良いことだけど、今欲しい情報はそれじゃない……!」

「わたし、まだ一回も勝ててない……!」


熊殺し・友が勝てない相手。

絶望的な情報だった。


「いや、でも敵は分裂した上での模倣だ、絶対に元と同じスペックじゃない!」

「そっか! 冬山に放置された恨みを、今こそ……!」

「実は家族仲悪い!?」


背後では、僕が首を裂いた方のドッペルゲンガーが傷を修復しつつある。

あまり時間的な余裕はない。


けれど、巨大な日本刀を振り回す相手を突破する術が見つからない。

あんまりにも実力が違いすぎる。


「ママの――違う、魔剣使いの弱点は……わたしができることは……」


ぶつぶつと言っていた友が、僕に向けて言う。

決意を込めた視線で。


「セト、少しだけでいいから、隙、作って」

「わかった、やる」


どうやら何かをするつもりらしい。

なら、リーダー(仮)としては、やれることをやらないと。


僕は考えなしに突っ込む、と見せかけて途中で止まった。

その攻撃範囲はもう捉えている。


目の前を、ぞっとするくらい静かな風斬り音が過ぎ去った。

本物の魔剣使いなら引っかからなかったフェイント、だけど、このモンスターはそうじゃない。

スペックは高くても、近接戦闘の判断力は低い。


僕から見て、日本刀は左に振り切られている、体勢は崩してない。けど、この位置関係こそがほしかった。

僕は右部分へと当たるように、持っていた剣をぶん投げた。

回転しながら行くそれは、当然のように避けられる。


それで良かった。

切り返しで弾かれなかっただけで十分すぎる。


避けた剣士の向こう、まだ喉を抑えている分離したもう片方のドッペルゲンガーの、その肩口へと剣は突き刺さった。

最初から狙いはこっちだ。ドッペルゲンガー自身が遮蔽となって投擲を隠した。


「「――っ」」


一瞬、震えのようなものが一対のモンスターを巡る。

分離したとはいえ同一個体、ダメージが共有されていた。


「今ッ!」

「セト、感謝!」


回避した直後に、魔剣士は思わぬ形で衝撃を受けた。

そこへ友が猛然と接近する。

僕の振り抜いた腕が五センチ移動する間に、もう接敵していた。


僕と同じ考えなしの突進、けど、そのスピードはまるで違う。

いや、「僕にとっては」まるで違った。


友の母親だという魔剣士からすれば、そこに差なんて無かった。


振り抜かれた剣が、舞い戻る。

刀は「触れたら切れるし、石だろうが鋼鉄だろうが両断する」と存在で示す。かつて刃の先の、そのすべてをそうしたと誇る。

閃光のように振られ、友へと届き――


「『身体を、刃に』……!」


止まった。

友の腕半ばまでを切断しながらも、そこから先に進めない。

絶対の攻撃が、「受け止められて」いた。


わずかに魔剣士が目を見開く中、異常能力の宣言を、たしかに友は行った。



 + + +



僕らは甲種認定された。

これは、人類の敵を意味する。

その能力を制限するために、首輪がはめられている。

使えるのは、限定されたたった一つの能力だけ――


けど、そもそも「能力」って一体なんなのか。

それはどんな風に発動されるものなのか。


まったく知らなかったし、見当もつかなかった手本を、他ならぬ目の前のモンスターが示していた。

声に出して宣言し、己がどうなりたいか、その有様を開示するものである――そう知った。


僕ら甲種は、限りなくモンスターに近い存在だ。

教えを請う相手としては、人間よりもこちらの方が相応しい――


「ハッ――」


口元が歪む、笑ってるのか自嘲なのかも分からない。

分からないまま、突進する。

無手だろうが知ったことか。


敵は弱体化している。

魔剣士の弱点。それは攻撃の大半を魔剣に依存していることだ。

今、攻撃手段を失っている。


困惑する魔剣士は、片手を離して握りこぶしを作った。

友を殴りつけて、また自由になるつもりだ。

その友は尖った視線だけを向けながら、剣を振り上げた。


魔剣士は、右手で剣を握り、左手で拳を握っている。

友は左腕に剣を喰ませながら、右手で剣を振り上げる。


互いに交差することなく行った攻撃に割り込むように、僕は頭突きを食らわせた。

敵の拳が友へと到着するより先に、僕の額がカウンター気味に相手の鼻に直撃する。


軟骨がひしゃげる感覚がたしかにあった。

自然と口元の歪みが大きくなる。

「がぇァ……!」という呻きがすぐ近くで聞こえた。

同時に友の剣が振り下ろされ、魔剣士の手首付近を切断した。


ゆらり、とその身体が倒れようとする。

それよりも先に僕は敵の背後に回り込んで、その首元を捕らえた。

両腕にてヘッドロックの形で固定する。

全身に力を込める、腰に敵の重心を乗せる。


「友、見るな!」

「ん――」


相手の崩れた体勢を、さらに崩す。

背負投げの変形したような形、違いはロックしている部分だけ。

模倣した人体は、その弱点も変わらない。

半回転して地面に叩きつける勢いそのままに、僕は敵の首をひねり折った。



 + + +



わずかな時間差を置いて、敵ドッペルゲンガーの身体が溶けた。

スライムのようなものとして溶解する。

腕の合間から、それは滑り落ちる。


たしかに、倒した。

あるいは、殺した。


仮にも人間と同じものを。それも友達の親と同じ姿を素手で殺傷した形なのに、なんの後悔も罪悪感も湧かなかった。

僕が甲種認定されたのは、この辺が理由なのかもしれない。

モンスターを殺すことと人間を殺すことの差が、よく分からない。

きっと必要なら人間相手でも同じことが出来る、そう確信できた。


「友、もう見ていい――ってなんでガン見してんの?」

「倒した敵の顔を最後まで見届けるのは、礼儀だよ」

「……ごめん、そういう戦士系の文化、僕はあんまり知らない」

「いいよ、セトの方が普通だし、その気遣いは嬉しい」

「というか、それ大丈夫?」


友の左腕には日本刀が食い込んだままだ。

ついでに切断された手首もセットでついてる。


ただ、その食い込んだ箇所から、血などが出ている様子は無かった。


「ああ、これ?」


友は気軽に、それを外した。

食い込んだ刃を放り捨てて、からん、と地面に落ちる。

数秒の間を置いて、同じように溶解して行った。


「まあ、たぶん、大丈夫じゃない?」

「疑問形なのがすごく怖い」


えぐれたように傷ついている箇所の奥には、硬質な輝きがあった。

たしか、『身体を刃に』って宣言してたっけ。

この場合、友の骨が『刃』になったのかな。


「ボスを倒したら、入口に帰還できる扉が出てくるのがお約束だけど、ボスが特殊だから時間差とかあるのかな。あ、というか、僕の方の分身がまだいるのか…………友? どうした?」


友は、ぼーっとした様子だった。

たまに見せる表情ではあったけど、今はちょっと違っていた。


「おおい?」


手を振って呼びかけても返答がない。

機械的に、こちらを向く。


そこには――何もなかった。


ドッペルゲンガーが最初に見せたのと同じ虚無の表情が、張り付いていた。

人間的な要素が、顔から抜け落ちていた。


友の右手が、ゆっくりと、自身の首元を探る。

首後ろ辺りを、丁寧に探っていた。

そこは、ここへと転送する前、僕がつかんで引き戻そうとして、失敗した箇所だった。

手のひらをざっくり斬って怪我をした。


衣服に血が滲んで、染み付いていた。


友の指が、丹念に、入念に、きめ細かく、その部分を辿る。

血の付いた範囲を、なぞる。

硬質でつるんとした指に血を纏わりつかせ、ダンジョン光に透かすように目の前へと持って来てまじまじと見つめた。


「友……?」


言いながらも、後ずさる。

僕は割といままでに色んなトラブルを経験している。

その経験が、言っていた。


今このときは、ボス挑戦以上のピンチだと。

全力で逃げなければ、きっと死ぬ。


掲げた指、そこに付着させた血が流れて先端へと集まり、赤い水滴となってポツリと落ちた。

落下した先には、友の開いた唇があった。

その白い喉が、動く。嚥下したその先、胃の腑に到着した音が聞こえそうなほど。


友の全身が、震えた。

嗚呼(ああ)――と呻いたのが、わかる。

喪失していた感情が、瞳に宿ったのを、理解する。


歓喜だった。

人間とは異なり、人間以上に熱い。


「セト――」


その言葉、その呼びかけですら、前とは違う。

友人に対する、いや、人間に対するものじゃない。


「わたし、セトが欲しい――」


これ以上ないほど飢えた獣が、極上のエサをほんのちょっとだけ与えられた時の反応だった。



 + + +



甲種とは人類の敵である。

その意味を、僕はもうちょっとくらい真剣に考えるべきだったのかもしれない。


友の目は、熱く熱く、僕を捉えている。

それでも襲いかかって来ないのは、まだ人間としての部分を残しているからか。


その首輪が、光る。

文字を表す。

四行に渡る文字列を表示する。


 遠絶友

 魔剣使いと殺戮人形とのハーフ

 奇跡的な確率により産まれた化物

 その形は人に近いが人とは異なり、その魂もまた人とは異なる

 

首輪がぐるん、と回り、次の文字列を見せる。

同時に、その肌がより白く――いや、より硬くなった。

人としての柔らかさを失い、関節部分に亀裂のようなヒビが入る。


 能力は三つ

  身体を人形に 

  刃を内に隠す 

  人間を惑わす


その目は僕だけを見ている。

視線の高さが変わらないまま、その四肢が伸びる。

関節部分が広がり、狭間に光る刃を覗かせる。

首輪の文字が巡り、次を表示する。


 これらを組み合わせ、『身体を刃に』として発動した

 人を模したものではなく、刃であると規定された

 彼女は人と魔の混合ではなくなった

 その形は人から外れ、その魂もまた同様に外れた


友の体の各所が、伸びる。

関節部分のすべてから刃が溢れて新たな手足となって形作られる。

体積は変わらず、けれど、その全身が細く、長く、鋭く尖る。

首輪が回り、最悪を宣告する。



 遠絶友は、もはや人間ではない




 + + +



わずかに、友の頭が下がる。

分かった予備動作は、それだけ。


気づけば友は背後へと疾走して、その全身の凶器を稼働させていた。

脇腹付近が、ばっくりと斬られていた。

反射的に横っ飛びに回避していたのに、これだ。


「やっば……!」

「あはっ」


全身に怖気が走るこっちと違って、友は無邪気に笑う。

異形の四足獣みたいな体勢で、足の代わりに生やした古今東西の剣を操りながら。

ひときわ長く伸ばした直刀にまとわりつく僕の血がをうっそりと眺める。


白銀の刃を垂れ行く合間に、幻みたいに消える。

いや、吸い込まれていた。

砂漠の砂に落としたみたいに吸収されている。


「セト――」


その瞳に浮かんだ飢えをより濃くして友は言う。

いつの間にか朱く染まった首輪を見せつけるようにしながら。


「すごく、おいしい……」

「友、たった今この時から菜食主義になる気はない?」


言いながらも駆ける、視線はそらさないまま、可能な限りの速度で目的地へ移動した。


「無理だよ?」


その胸部と腰の間に内蔵は無い、代わりに巨大な剣が繋いでいる。

伸びる四肢は、もう骨格剣しかなくて、所々をプロテクターのように硬質の肌が覆っている。

直立させれば四メートルか五メートルは行きそうなその体躯を使って、あっという間に追いついた。


「だって、セトが美味しすぎる……」


組み合わせた剣が、死神の鎌のように上から襲う。


「これでも喰らっておけ!」


僕は、いまだに突き刺さった剣――ドッペルゲンガーを貫いた状態のそれを手にして、振り抜いた。

剣先についたボスモンスターが持ち上げられて浮かび、そのまま飛翔する。


火事場のクソ力の発露だ、まっすぐボスは飛び。


「マ゛!?」


秒もかからず切り刻まれた。

飛んでる途中で変身してたように見えたけど、そんなの関係ないと言わんばかりの殺戮だった。


友の全身がブレて刃が空気をかき乱し、ぼとぼとと肉片が落下した。


「まっず……」


そして、ひどくご不満なご様子だった。

血の一滴も出ない残骸を、ゴミみたいに除ける。


「口直し、しなきゃ……」

「好き嫌いはしちゃ駄目だって」

「違うよ?」


顔だけは、前と変わらない。

けど、そこに浮かんでいるのは親愛とは異なる笑顔だった。


「セト、寒いんだ、すごく、すっごく寒いんだ、身体全部を、この刃すべてを温めるものが、わたしにはいる」

「ホットミルクでも作るよ」

「セト――」


その手首から、ひときわ細長くて鋭い刃を伸ばしながら友は言う。


「ごめんね?」


止まる気が、一切無かった。

反射的に上げた剣にひしゃげるほどの衝撃が来た。

止められたのは、ほとんど奇跡に近い。


僕が一振りする間に、友は一跳躍を終えている。


状況は、うん、限りなく詰んでいる。

場所はダンジョン五階層、転送での一番乗りだから助けは来ない。

襲ってきてるのは、身体全体を剣にしたモンスター。首輪は「人間じゃない」と断言してた。その首輪の色すら朱く染まっている。

その強さは、ボスモンスターを瞬殺するくらいで、話し合って人間性を取り戻させるのは、たぶん無理だ。


つまり、すごくヤバい。

冒険者としては当たり前の状況だ。


邸宅を模したダンジョン内を剣の獣は跳ねる。

その度に僕の身体に傷は増える。


防御一択、ただその動きを見て憶える。

相手が僕という獲物をなぶり、血をできるだけ長く啜ろうとしているからこその猶予だった。

その気になれば一瞬で終わっていた。


お陰で身も竦むような恐怖を味わい続ける。

笑ってしまうほどに絶望的で、取れる選択肢はほとんど無い。


いや――


「解析は終わったか」

「?」

「このまま潜んで終るとか、そういう舐めたことはしてくれるな」

「セト、なに言ってるの」

「仮にも冒険者がお前の居場所で暴れて回ってるのに、ガタガタ震えて見守るだけか?」


防御を続けながらついに到着したのは、最初に近い地点だった。


そう、分裂したボスモンスターは倒した。

なのに、クリアを示す様子がない。

一階への直通路とまでは言わないけど、せめて閉められた扉くらいは開いていいのに、それすらない。


つまり、まだボスは倒されていない。


「僕にとっての強敵を解析できるだけの時間は、十分あったはずだドッペルゲンガー!」


閉じられて置かれた分厚い本――分裂したドッペルゲンガーの本体を手にした。

僕と友の間へ投げられたそれは不満そうに少し身じろぎした後、ぶくりと膨れ上がり、すぐさま異形へと変貌した。


かつて僕が味わった絶望、どうしようもなく逃げ出すしかなかった相手、神とすら呼ばれ、ただ祀られ封じられたもの。


「友、これは異星からの漂着者だ、人間とは異なるルールで動くものだ、模倣とはいえ、侮らないほうがいい」

「これは――」


ぼこりぼこりと膨れ上がり、無限に、無境に、無法に広がる。

足のようなものが生えるけれど、それはこの地の重力に対応したからで、不可欠とはしていない。


『増え喰らうもの』とだけ呼ばれた異形。

変形した蜘蛛のようなその姿。

ただ一欠片でも世に出れば、生きた山津波として村を襲う。


悍ましい唸りを上げて、友へと襲いかかった。

さっきまで圧倒していた剣の異形は、今この時に限れば相対的にマトモに見える。


「なに、え、なにこれ!?」


包み込もうとするような動きを、縦横無尽に剣は斬り裂く。

原素を等活するような剣の密度――けれど、それでも足りない。

全身で行われる攻撃よりも、異星からのモンスターが増殖する速度の方が早かった。


剣戟を押し込むように増え続け、鋼でも構わないとばかりに、いくつもの口が、牙が喰らおうと迫る。


「来るな、わたしが欲しいのはセト!」

「こんな嬉しくない告白って多分無い……」


ぼやきながら、僕は手近にあった鏡を手にした。

高級そうな部屋の様子に相応しい一品、小さなそれに、僕自身の首輪を映す。

鏡文字になっているけど、期待通りそこには文字が表示されていた。


 千路地セト

 バグ、あるいは滅びの因子

 あらゆる危機を引き起こす運命改変者

 それはただ在るだけで世を滅ぼす天災である


酷い言われよう。

けど、少しだけ心当たりはある。

目の前で起きているモンスター同士の決戦もその一つだ。

たぶんだけど、首輪じゃ抑えきれていない。


 能力は三つ

  危機を引き起こす 

  危機に活力を与える 

  危機を征する 


へえ、そうなってるんだ。

引き起こして力を与えるけど、それを制する力もあったのか。

ちょっと意外だ。


そして、この先はない

次の文字がまだ出ていない。

能力として出力していないからだった。

僕の過去しか表示されていない。


さて――

友は、自分で宣言した。

どういう風になるか、どの言葉にするか、どうやら自分で選べるみたいだ。

失敗すると今の友みたいにバランスを崩すみたいだけど、選択できるって事実は重要だ。


「OK、ここが僕のターニングポイントだ」


下手をすれば友のように異形化する。

この先のすべてが決定づけられる。

けど、なにを出力するかは、もう決まっていた。



 + + +



『増え喰らうもの』は、かつては大人しい異形だった。

神社で日がな一日すごすような、温和な神様として祀られていた。


なぜかは知らないけど、うん、本当にマジで心当たりが無いんだけど、僕が遊びに行く内に様子が変わり、本来の目的を――地球を喰らい尽くし、『本体』が生活可能になる環境へと変化させる使命を思い出して、再活性化した。


その姿は、僕が知る中で最悪の危機だった。

具体的には山一つが食われて、その分だけ体積が増えた。

それは黒く吠える獣の山だった。

獣が棲む山ではなく、山が獣として村を襲おうとした。


核爆弾でも耐えきると思える生命力が躍動し、周囲すべてを喰らい、増殖を続けた。


色んな人と強力して、村の人々との日々を思い出させて、沈静化させたけど、いま考えてもあれは奇跡だった。

人の想いが異星の存在に通じた。


そういう優しい思い出は、けど、今ここにはない。

このモンスターを止めるものは全て外されている。

模倣したドッペルゲンガー自身ですら、もう存在を捕食されているかもしれない。


これは、そういう『危機』だ。

放置したらダンジョン抜け出してこの辺一体を喰らい尽くしかねない。

それは、地球が終わる可能性だ。


え、僕が発動させた?

僕がドッペルゲンガーを唆した?


そんなことは関係ない。

全身全霊をかけるべき危機が、ここにある。それだけがきっと重要だ。



「この――っ」


友は両足を地面に突き刺し、足場とした。

気軽なステップを踏めない代わりに、安定した場所から唸る斬撃を繰り出す。その全身を存分に振るう。刃の嵐の攻撃密度を更に上げる。

ほとんど球状結界にすら見える攻撃の有り様だ。


それを飲み込まんとするモンスターは、けれど、減っていない。

攻撃が減らす速度よりも、増殖の方が早い。


無数の牙が、後から押されるように攻撃圏内を侵食する。

鋼を喰らおうと牙を打ち鳴らす。


「――っ」


人間をやめたと思えた友の顔に、焦りが滲んだ。

10個を足して、8個を引く、そんな計算ドリルを延々と繰り返しているかのよう。

単純でわかりやすいからこそ、結論は誰でもよく分かる。


「こんなまずいの、もう来るな……!」


怒りに任せて叫ぶ。

動きに、ズレが生じた。

人間的な部分が、精密さを退ける。


「しまっ――」


その隙に潜り込むようにツバを滴らせた牙が届く――よりも先に、僕の剣が弾いた。


「え」


友は攻撃を続けている。

ほとんど繭か何かに見えるくらいの高密度。だけど、さっきからずっと見ていた。切り刻まれるほどに体験した。その動作の癖は把握している。

邪魔にならないように動きながら、所々から届く敵の攻撃を弾いた。


「セト!?」

「友、人間やめてその程度は、ちょっと情けなくない?」

「はあ!??」


反射的で軽い殺意が、剣撃となって届くけれど、そんなものは通用しない。

しゃがんで避けながら、その隙をついて入り込んだ敵攻撃を叩く。牙が潰れて壊れる感触がした。

初期剣はすでに刃が潰れていて、鈍器としての使い方しかできない。


「はは――だっさ」

「セト、どういうつもり」

「友こそ、僕が欲しいんじゃないの? こんな目の前に来てるのに何もしないの? やさしいね?」


僕への攻撃密度がさらに上がったけど、すべて避ける、弾く。

飢えと怒りが込められた、ゾクゾクするような斬撃だった。

その度に、僕の能力は増していく。


「セト――!」


その目には、もう隠しようのない飢えがある。

欲して求めてやまない渇望が、刃をさらに鋭くする。


前にも後ろにも敵がいる。

味方なんてどこにもいない。

誰もが僕を殺そうと躍起になる。


0.1秒でもミスれば死ねる。

これ以上ないシチュエーションだ。


濃い紫に光る首輪も肯定する。

そこには『危機(ピンチ)を力に』という文字が出力されていた。

それが僕の能力であると、僕自身が規定した。



 + + +



動き、避ける、攻撃する、ただ動く。

一瞬の停滞もなく、先々のその先まで見据えて跳ねて飛び込む。


ミキサーのような剣撃と、増殖を続ける牙の狭間で、その危機を味わい尽くす。

口元には笑顔が止まらない。


首元に浮かぶ文字群も、僕の性質を映している。


 これらを組み合わせ、『危機を力に』として発動した

 危機を己の糧とし、征する者だと定義づけた

 彼は常に危機の只中にあることを求める

 その魂は、安寧であることを嫌悪する


まるで危険人物そのもの。だけど否定しきれない。

こんなにも死に近づいた環境を、まるで故郷にいるかのように感じる。


「友」

「なに?」

「まだ、寒い?」


返事は無かった。

その目が語っていた。

ただ僕の血を味わい尽くしてやると望んでいた。


たまらない『危機』だった。

背筋がぞくぞくと震える。


破滅が薄肌一枚向こうを通る。

まっすぐの殺意が、愛着や愛情であるかもしれないそれが、僕だけを対象としている。


とはいえ、いつまでもこれを味わい続けるわけにもいかない。

どこかでちゃんと征しないといけない。


本当に、もったいないけどね。


首輪が、巡る。

文字が現れる。


 それは争いを取り込み収める英雄である


僕は回避しつつも右手首を噛みちぎった、そこから鮮血が溢れ出る。

友の視線が、動きが、ただ一点へと集中した。

その隙を逃さずに、僕は踏み込み、友の口へと傷口を押しやった。


 それは平穏に争いを招来する混沌である


友の唇が、歯が、喉が、驚く間もなくそれを味わう。

混乱から回復すれば、顔から険しさの一切が取れ、穏やかに凪いだ。

僕の能力は『危機を力に』――そう、今の今まで間違いなく、僕にとって友は危機そのものだった。

それを、力とする。


 それは世にあってはならない逸脱である


友の姿が変わる、手首に絡みついて味わう格好はそのままに、その全身は僕が望む形となる。

流麗で、巨大な刃、ただ一本の剣に。

友の能力は『身体を刃に』、その刃を、その『危機』を僕のものとする。

世にあるすべてを切断せずにはいられない、禍々しい凶器。

僕の血を味わう間だけは従う、束の間の関係。

それを手に、対峙する。

地球を滅ぼしかねない異形、異星の存在、無限の渇望。だけど――


「ただの模倣だ」


すでに空間いっぱいにまで増殖している。

黒く密集したそれがもはや増えることができず、凝縮しながら迫る。

それでも、本物には届いていない。

僕が見たのは、もっと絶望的だった。

この程度、危機のうちにも入らない。


友そのものである巨剣を強く握る。

僕にとっての『危機』を握る。

首輪は宣告する。


 千路地セトは人であるが、人から既に外れている


横薙ぎに振った一閃は、二種の能力を掛け合わされたことで五階層そのものを破壊した。



 + + +



振り切る、という動作を終えた後には、何もかもが変わっていた。


「わお」


我ながら、常識外の破壊力だった。

高級住居を模して作られたダンジョンの一切が剥ぎ取られ、溶解した洞窟の様子を見せていた。

まるで巨大レーザーを放出して、くり抜いたみたいな有り様だ。


ドッペルゲンガーや『増え喰らうもの』どころか、物質が存在していない。

ここって割と狭かった気がするけど、遠く遠くまで見えるのはどうしてなんだろう?

わあ、地平線とか無視した遠景だあ。


「そして友、離れてくれない?」

「嫌」


とんでもない出力を放った影響か、友はもう人の形に戻っていた。

振り切った体勢に、剣じゃなくて人が絡んでる。


そして、まだ僕の手首を抱えて離さない。

そこから溢れる血で口元を汚し続けている。


「ちょっと手当とか、したいんだけど……」

「? 今、してる」

「舐めて治すのって文明レベルかなり低くない?」

「治してんだから、いいでしょ?」


それ治療じゃなくてテイスティングとかですよね、とは言えない雰囲気だ。


「おおい!」って声が、上から聞こえた。

見れば観鋼たち三人が、上方に開いた穴からこっちに呼びかけていた。

たぶん、上階からここへの階段も消し飛ばしたから、そんな有り様になっている。


というか、この短時間でここまで来たのか?

割と甘く見てたのかもしれない。

本当に最適解を求めるなら、ボスに挑戦せずに待っているべきだった。


「いま行くぞー、お?」

「友、離れて、皆が来たから」

「嫌」

「フミエ、フミエー! 遠絶がハダカ! 二人きり! やっぱりあいつらー!」

「つーちゃん落ち着いて!」


こんな誤解が起きることもなかった。


ただ、まあ、ボス撃破で生じた扉らしきものが後ろにあるし、うん、結果的に見ればだけど、僕らは一階層で済む所を五階層まで突破した、すばらしい冒険者ではあるのかもしれない。

きっと優秀と褒め称えられる。


「そんなわけがないだろお?」


地上に戻った途端、先生には半眼でそう言われた。

防音防魔性能が高い特別相談室で。


「一階層の階段見つけろってクエストで、五階層をまるごと破壊してくる馬鹿がどこにいるんだって話だからな?」

「不可抗力ですよ?」

「100%嘘とまでは言わんけどな、ある程度は意図的だよなあ」


なんかちょっとバレていた。

僕は視線を泳がせ、話題を変える。


「あ、ええと、友が――遠絶友さんが僕の血を吸いたがるんですけど、どうにかなりませんか?」

「飼い主が責任持て」

「飼い主て」


先生は、なぜだか呆れたような顔で僕を見る。


「というか手が早すぎじゃねえかなあ。さすがにこれは最速記録だぞ」

「人聞きが悪すぎませんか」

「妥当だ。というか、あー、血を吸って困る? まあ、仕方がないんだろうなあ。遠絶の家族関係は多少知ってるが、要するに『人間』に飢えてんだろ」

「人間に……?」

「お前ならもう知ってるだろうが、遠絶は特殊な生まれだ。その吸血行為は「人間」の欠損を補おうとする本能的なもんだ、それともなきゃ――」

「なければ」

「ただ味が好みだった、って線もあるなあ」

「せめて前者でお願いしたいところ」


欠けた部分を補うならともかく、単純に僕の血が好きなだけだと終わりがない。


「てーか、首輪の色が朱は人類敵対確定だ、お前って飼い主がいなきゃ、本当に狩られる対象だから注意しろよー」

「その飼い主ってなんですか」

「なんとなくわかんだろ、その繋がりがあるはずだ」


うん、たしかに不本意ながら、そういうのはある。

たぶん双方向性で、友にもその感覚はあると思う。


「ちゃんと責任とれよー」

「先生」

「なんだ」

「なんとなくなんですけど、そのラインって、他の人のも見えるんですけど、先生って」

「なあ、千路地?」


正対して、真正面から、とても真面目に先生は言った。


「首輪情報を読み取って飼い主やる相手は、一人にしとけよ? 絶対に、絶対にだ」

「……先生、マジで大変そうですね」


見えるだけで五本以上のラインが、先生から伸びていた。

どうやらそういう意味でも先達らしい。


先生は「はは」と乾いた笑いを浮かべた。本当に大変そうだった。


けど、うん、そうか――


「複数人の飼い主になるのって、そんなに大変で、そこまで『ピンチ』なのか……」

「千路地?」

「なんでもありません」

「経験上、その手の感情読ませない笑顔浮かべてる奴には、ろくな奴がいない」


失敬な。

ただ、頑張ろうと僕は決めただけだ。


これからの危機を。





 ―――――――――――



欠けたものを求めた。


求めた先で求められた。



そうして、首輪が語った。



わたしは武器であり、けれど、人と変わらない対応をされた。


わたしはどちらであっても良いと、認められた。



教室の前で、ひとり口元を両手で覆う。


手のひらに隠れた唇の形を、私だけが知っている。









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冒険者学校人類種敵対予備軍専門教室、首輪つき【短編】 そろまうれ @soromaure

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