1ー終 真夜中の群像劇

 時刻は深夜の1時を過ぎている。

 私は今、1人の少年の部屋にいる。

 どうしてここにいるのか、自分でも分からない。

 気がついたらここにいた。

 自分が誰なのか、ここに来る前は何をしていたのか? それも全く分からない。思い出せない。記憶喪失……というものだろうか?

 ならば今は何をしているか? それは……、


『フガッ!?』

 ベッドで寝ていた少年が目を覚まし、飛び起きた。本来の起きる時間にはまだ早い。悪い夢でもみていたのだろうか?

「…………」

 再び眠りにつくのかと思いきや、自身の部屋をぐるりと見回し……私と目が合った。

「…………」

 ジーーッとこちらを見つめること数秒、

「誰かに見られてると思ったけど……気のせいだったか?」

 私のことは見えていなかったらしい。少し残念に思ってしまった。

「あ……」

 何かを思い出したかのように、少年は学習机まで移動し、その引き出しを開ける。

「やっぱり……御守りのことすっかり忘れてた……!」

 少年は頭を抱えてしまう。そんなに大事なものなのだろうか?

「明日……いや、もう今日か。アイツに会ったら渡そう……」

 どうやら、彼の中で解決してしまったようだ。

「さて……寝るか」

 少年は再びベッドに横になり、目を閉じて数秒で寝息を立て始めた。


 分からない、思い出せないことばかりな私だけど、しっかり理解できていることがある。

 彼は、人が関わってはいけない世界に脚を踏み入れてしまった。本人にその自覚があるかは分からないけど、避けられない痛みや、耐えられないほどの辛い思いをたくさん味わうことになる。

 私のせいだ。私が彼を招き入れてしまった。彼が私を見つけてしまったばかりに……。

 私のせいだ。私のせいだ。ごめんなさい。ごめんなさい。

 いくら謝っても、私の声は彼に届かない。届いたとしても、許されるとは思えない。

 だからせめて、あなたが間違った道に進まないように、人間のままで生きていけるように……見守らせてください……木谷村碧……。


************


 ほぼ同じ頃、東京都内にあるビルの屋上に1人の女性が立っていた。

「…………」

 何をするでも無く、ただ灯りに照らされた真夜中の都心を見下ろすだけだ。

「やぁ、ここにいたんだね」

 女性の背後から、1人の男性が近づく。身長も体型も、どこにでもいる普通の大人の男性と言っても差し支えない。ただ、頭部の形状が人間のものより歪になっていた。

「ここからの眺めも随分と変わってしまったね。こうやって見ることができる建物だけでも、かなりの創造力と技術力、さらにそれらを先に進めようとする意欲を感じられる。人間は一体どこから、そういうものを生み出しているのか……考えたことはあるかい?」

「…………」

 男性の哲学的な問いに対し、女性は無視を決め込む。

「君には少し難しかったかな? それとも……無駄話は嫌いだったっけ?」

「…………」

 揶揄う男性に、女性は苛つきを隠せずにギロリと軽蔑の眼差しを向ける。

「悪かったよ……本題に入ろう」

 男性は咳払いをし、話題を変えた。

「今月生まれたばかりの怪異が5体いただろう? 2週間足らずでそのうちの2体が何者かにやられた」

「……!」

 女性の目つきが男性への軽蔑から、その報告に対する驚きを含めたものに変わった。

「今のところ、こちらの被害はその2体だけだ。今までに生まれたものやこれから生まれるものの数を考慮すれば、特に気にする必要も無い……けど」

 男性は歪な形の頭部をポリポリとかき、深いため息をついた。

「そもそも怪異が負けてしまうという事自体が問題なんだ。何かしらの対抗策を手に入れた人間か、それとも僕らの知らない存在によるものか……君、何か心当たりとか無い?」

「…………」

 男性の問いかけに対し、女性は首を振って否定の意を示す。

「そうか……」

 男性はまた頭をポリポリとかいた。

「相手がどのような力で戦っているのかはまだ判らないけど、数的には僕らが有利だ。いずれ向こうが勝手に力尽きるだろうけど……不安要素は極力減らしておきたい。放っておいたせいで足元を掬われるのは御免だからね」

 男性は回れ右をし、女性に背を向ける。

「僕は怪異の管理に戻るよ。君には……情報収集を任せたい。やってくれるよね?」

「…………」

「……何か分かったら、報告してよ?」

 変わらず無言を貫く女性に対し少々不安を覚えながらも、男性はその場を去っていった。


「…………」

 男性が立ち去った後も、女性はその場から動かずに真夜中の都心を見下ろしていた。

「へぇ……もしかしたらあの子かねぇ? あの時の……」

 男性が話をしていた時と比べて明らかに上機嫌になった女性は、長く伸びた爪をカランと鳴らし、その眼を暗闇に妖しく光らせた。


「思うてたよりも……おもろいことになりそうやわ。ふふふ……」

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Innocent disaster-悪意無き災厄- ブラースΨ @Tknyuy2313

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