第2話

話しは相撲の行司を目指す事になったのか。宗吉の父岡本太郎が営む旅館に巡業で訪れていた力士との出会いです。宗吉は朝から暗くなるまで力士と遊び、宗吉は父太郎、母キヨ子に大相撲の道に行きたいと話しましたが両親は反対しておりどうか説得して、夏休みだけは行ってもいいと言われて力士と旅に出たそうです。しかし両親の反対を押し切って行司の世界ヘ入りました。後の第十九代式守伊之助の弟子になり行司のいろはを教わりはじめました。よく昭和11年春場所初土俵を踏み名を木村宗吉と名付けれました、しかし初土俵で事故が起きました、取組み最中に御手洗い行きたくなり行司待ったをかけて土俵を下り御手洗いに行って済まして勝負を再開して無事に取組みは終わりましたがしかしそれが先輩行司の目玉をくらい叱責されました。宗吉は辞めて実家へ帰ろうしましたがそこへ、横綱玉錦が来て(気が利くな、しっかりやれと)言って横綱から貰ったのは五円札、(今価値で50円になります)、宗吉は嬉しさいっぱいでなんとか踏み留まりました。それから月日がたち初土俵から3年後の昭和14年春場所四日目の出来事です。宗吉は行司溜まりで伊之助・庄之助の小間使いしていた時に昭和の相撲史に歴史残る事件を目撃するのです、69連勝中の横綱双葉山と前頭三枚目の安芸ノ海(のちの第三十七代横綱)対戦で右の上手投げ決まり双葉山の連勝はストップした瞬間を眼の前目撃したのです。國技館は大鉄傘を揺らすぐらいのるつぼに陥り座布団舞うは瓶や煙草盆や火鉢が飛ぶ騒ぎになりその取組みが結び前の一番で結びの触れがかき消すかと思ったら松翁庄之助は澄んだ声で4階席まで聴こえたと、木村松尾(淳)は控室でその騒ぎを聴きどうしたのかと誰か大物が負けたのか?とそれぐらい控室まで聴こえた歓声でまさか双葉関がと思ったそうですが四日目の相撲がうちだしになり伊之助・松翁庄之助が引き上げ来ましたが口を一文字に口を結んで引き上げ来たので。あゝ双葉関が負けたんだと知ったそうです。また次回、

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大相撲の行司さん 水戸梅里 @ikumu3254

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