第12話 懐かしみ、歩く道


「要は強制されなければ出来ないと言うことでしょう? なら、私があなたを監視し強制的に勉強させます」


「は!?」


目丸くする俺に彼女は話を続ける。


「えっと、それに......わからないところがあれば、私がわかる範囲内で答えられますので、一緒に勉強すればお得ですよ?」


監視とは穏やかではないが、勉強をするには確かにこれ以上とない美味しい提案だ。お得ですね。


「学年一の秀才が家庭教師か......贅沢だな」


「違います、あくまで一緒に勉強するんです。 私だって頑張らないといけないんですから」


白雪との関わりが希薄になる前。俺と彼女が仲良く遊んでいた頃は、朝から夕方まで一緒で何をするにも側にいた。


学校が終わり家に帰り、塾に通う子供を尻目に遊ぶ二人。


勉強していない俺は勿論、彼女も同じく勉強をしている素振りは全く無く、しかし学校のテストではどの教科も90点以下をとらず、成績を高水準で維持し続けていた事に、俺はずっと彼女を天才ってやつなんだろうなと信じ込んでいた。


白雪はきっと特別で、元々の頭の出来が良い人間なのだと。


あの日までは。


(......まあ、天才なんかじゃなくて、努力家だったんだが)


「な、なにか?」


いつのまにか無意識とみつめている俺の視線を嫌がり、眉間にシワをよせる彼女。


「いんや。 本当に頑張り屋さんだなあと思ってさ。 すごいよ、白雪は」


「......」


俺からすれば白雪は努力を絵に描いたような人で、身近に彼女以上に熱のある人間を知らない。それ相応の努力を積み重ねなければ、決して学年一になどなれはしないのだから、頑張っているのは当然だろう。


(負けず嫌いの努力家......あるべくしてある学年一位の座、か)


ふと、みればなぜか視線が泳いでいる白雪。ど、どうした?


いや、まあ、しかしそれはそうとひとつ別の疑問が残っている。


「ていうか、そもそも白雪は何で俺を助けてくれるんだ?」


「......え?」


「だってそうだろ? お前だって知ってると思うが、俺はゲームにばかりうつつを抜かして赤点をとるような人間だぞ......自業自得。 そんな奴にお前が時間を割く必要なんて無いだろ」


「ま、まあ、それはそうですけど」


自分で言っといてあれだけど、こうすんなり肯定されるのも悲しいね。


「でも、なんですか? えっと、その......あなたは私の幼なじみでもありますから......あのように処刑されている姿はみるのも耐え難いというか、キツイといいますか......まあ、そんな感じの理由です......ん?」


「な、なるほど」


耐え難いか。グサリとくるぜ......自業自得とはいえ。キツいぜえ。


「あ、あれ? あ......ち、違うんです!? 今のは言葉を間違えました!!」


慌てる白雪。しかし、そのとおりなのだから仕方がない。


「いや、お前の言うとおりだ。 すまん......そうだよな」


共感性羞恥ってやつ?見知った顔のやつが辱められているのをみて自分も恥ずかしくなっちまった感じか。


俺のそんな悲しい姿をみていたたまれなくなったとか、そういう理由が大きいのだろう。


(......反省。 これからは最低限頑張るとして、時間の無い今回だけは彼女の提案に甘えよう......情け無いが)


「いや、恩に着るよ。 じゃあ、今回だけ頼んでもいいか?」


「え、ええ......勿論です。 すみません」


すみません?てか、顔が赤い。俺の処刑を思い返して恥ずかしくなっているのかもしれない。


「......ところで、どこで勉強する?」


「えっと、出来ればあなたの家がいいのですが」


家か......うーん。まあ、大丈夫か。


「ん、了解」


あれ......そういや、白雪が敬語で喋るようになったのはいつからだったっけ。


――手繰る糸がすり抜けるように、俺は白雪が「行きましょう」と急かされた。



◇◆◇◆◇◆



学校からそのまま俺の家へ訪れた白雪。


(これは何とも......)


いつもは朝に少し話をしてそれっきり、彼女は部活動で俺は直帰ネトゲ。彼女とこんなふうに関わることは数年ぶりの事なので、こうして白雪と一緒にいるのはかなり不思議な気分である。


マンションに入り、エレベーターのボタンを押す。


「久しぶりです」


「ん?」


スッと指差す閉じらた扉。


「......このエレベーター」


「あ、そうか。 白雪、このマンションから引っ越してもう三年経つんだよな」


扉が開き、扉を押さえる。先に彼女を入れ俺もするりとはいり、そのすきに彼女は三階を押す。


遊んでいた時の手順を踏み、またもや懐かしく思う。


「お隣さんでしたもんね」


「あの頃は毎日一緒に遊んでたな」


「ですね」


気がつくと、クスクス、と白雪が口元をおさえ小さく笑ている。


「ど、どうした?」


「いえ、小学生の時、泥だらけのままエレベーターにのって、管理人さんに物凄く怒られたのを思い出して......ふふっ」


「あー、あったな。 親に怒られて、二人で泣きながら清掃したっけ」


「ですです。 今では良い思い出ですね......管理人さんには悪いことをしてしまいましたが」


「はは、確かに」


良い思い出、か。白雪にとってもあの頃の日々は良い思い出なのか......。


「あの」


「ん?」


「なんで、」


彼女が質問をしかけたとき、俺の携帯がなった。


「あ、わりい」


「......どぞ」


どうやらメッセージが届いたようで、内容を確認をする。


『お弁当の日、お味噌汁のむ? 水筒にお湯いれてくけど』


みれば日夏からのメッセージだった。味噌汁か......彼女の作る味噌汁もまた絶品。なんならそれだけでご飯三杯はイケる。


『飲む。 ありがとう』


送信、と。


「あ、スマン......なんだ?」


「え......あ、いえ。 なんでも、ないです」


「?」


二人並んで歩くマンションの廊下。こうしていると昔を思い出す。


あの頃の白雪は黒縁の眼鏡をかけた短髪で、どちらかというと男の子のような格好をしていた。


元気いっぱいで、俺は男友達と遊んでいるような感覚だった。それこそ兄弟のような。


でもいつからか......白雪は短かった髪を長く伸ばし、言葉遣いを敬語へと変え、化粧を覚え綺麗になり......ついにはナンパや芸能事務所にスカウトされるほどの美少女と化した。


周囲が俺とこいつが幼なじみだと知らなければ、一緒になんて表を歩けはしない。


そう、陰キャの俺と彼女とでは、いまや住む世界が違うんだ。


昔に比べ彼女と接することがかなり少なくなった現在。


寂しくないかと言われれば、正直なところ寂しい気持ちはある。でも、俺にはどうにも出来ないし、今更どうすることもしない。彼女は彼女の交友関係があり、同様に俺にも俺の生活がある......それを捨てる気にもならない。


だから、この距離が適切で、俺にはそれで十分なんだ。


「あの、つきましたよ?」


「え、あ」


気がつけば自分の部屋を通り過ぎようとしていた。いや、はっっっず!


「なにぼーっとしてるんですか。 本当に疲れが......大丈夫ですか?」


「大丈夫、ごめん。 気をつける」


心配そうに下から上目遣いで見上げてくる。


彼女は俺の様子を少しの間じーっと伺うと、「うん」といいちいさく頷いた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ボッチゲーマー、嫁を育てる。 カミトイチ@SSSランク〜書籍&漫画 @kamito1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ