第38話:厄介な運命

「そういえば」


と、取り出した例の羊皮紙を次元収納口ポケットに入れている途中で思い出したように声をあげる。


「外の人に一回ことわり入れなくていいの?アイツなんも言わずに部屋戻ってったけど……」

「……私が行ってきます。恐らく待っているのはでしょうし」


一度考えるような素振りを見せてから、静かに立ち上がってドアの方へと歩いていった。


しかし、一体どんな人物だろうか。ティーゼさんが知る人物なのだからティナとは結構親密な関係にある立場……つまり侯爵家と渡り合える立場のお人だ。

ん〜、聞くだけで面倒な立場だな。


……よし!どんな人となりかも知らないけど取り敢えず隠れてよう!ああいった類には関わらないのが一番だ。

といつもの思考に陥ったところで、


「シークさんも来てください。その人はこの部屋にも結構出入りする御方なので早めのうちに挨拶しておきますよ。今はちょうどメイド服も着てて……ってそんな嫌そうな顔しないでください」

「まぁ、仕方ない……のは分かり、ます。ただこの声はどうするんですか。黙ってて良い?」

「そうするしかないでしょう。何か聞かれた時はそういった病気だと私が誤魔化しますので」

「了解です」


そう言いながら、重々しい足取りでドアへと向かう。


「ご用意はできましたか?」

「オッケーでーす」


その返答に小さく頷くと、ティーゼさんはドアノブに手をかけ扉を開く。


一体この先にどんな人物が……!なんて思っていると、


「オーホッホッホ!このワタクシが迎えに来て差し上げましたわよ!ティナリウムさん!」


という耳をつんざくような、朝に似合う高い声が聞こえてきた。



















その見た目の第一印象は、ただひたすらに『お嬢様』だった。

まばゆいくらいに光を放つ金色の色に、縦ロールと呼ばれる実際に初めて見た髪型。肌は雪のように白く、しかしそれでいてひ弱な印象は一切伺わせないほどの立派なモノを持っている。

そしてそのモノよりも一層際立っていたのが、青の瞳だ。しかもただの青ではない。深い、だけど明るい、だけどそれはとても大きい。形容のし難いその色は到底人の持ち得る目ではない。


あれは―――


「(魔眼)」


思わず声に出そうになってしまう。

それほどまでに珍しいものだ。


思えば魔眼持ちを見たのはこれでになるな。あれ百年に一度って言われるくらい珍しいもんなんだけど。


「ってあら?ティーゼじゃない。ティナリウムさんはどうなさいましたの?」

「ティナ様は今現在お着替え中になります。なので少々お待ちいただけますか?」

「ふむ、分かりましたわ。……ところで、そちらは誰なのかしら。初めてみるようですけど……」


唐突にこちらに視線を向けてくる。

その際に、目と目が合う。魔眼特有の深く沈み込んでしまいそうなその瞳に、一瞬だけだが見惚れてしまった。だがその瞬間……


魔力の糸がその目から伸びてきた。

そしてその糸が俺の身体を貫き―――


「(まぁそんなことさせないんだけどね)」


俺の目以外には不可視のその糸は主導権を颯爽と握り、丁重にもとの魔眼の位置へお戻りいただいた。


「へっ??」

「……どうなさいましたか?」


その行為に一番驚いているのは、勿論のことその魔力の糸を放ったお嬢様本人だろう。


「い、いや……なんでもないわ」


見てくれは平然を装っているが、その実内心は動揺しまくりなのは俺には分かるぞ。

恐らく……ではなく確実に彼女は魔法師だ。

魔眼、と名のつくだけあって、扱う力の種類は違えど使用するための肝となる部分は魔法と同じくやはり魔力操作の技術。

青色の目の見た目と今の魔力の使い方からして、恐らく彼女の魔眼は『集積の魔眼』と見ていいだろう。

その効果は集積と名のつく通り、集め積み重ねることを得意とした魔眼でその対象は多岐に渡る。さっきも見えた通り、目から見えざる魔力の糸を伸ばしそれを相手にぶっ刺す。そしてそこから対象の情報を読み取ったりするのだ。

熟練度によってできることの幅は広がるのだが、とある書物ではこの魔眼を極めると、その対象の未来や過去も見えるのだとか。


「(そう考えるとどうしてこんなヤバい魔眼の使い手が拘束されていないのかがよくわからないな。あぁ……いや、でもそうか、普通にその存在を見抜けるほどの力を持つ人間が少ないのか)」


今の魔法界は魔力と少しの知識さえあれば魔法自体が発動できるような仕組みになっている。ここでフォーカスする点としては、『魔法は発動できる』だけなのだ。つまり威力、精度諸々は度外視した考え方になる。


だがそれで問題ないのだ。


特に今の世の中は魔法の威力を高めたって、それをぶつける相手がいないんじゃ使いようがない。勿論頑張ったら精度も上がり、便利さは増していくだろうがそんなことしてるなら畑を耕したり物を売ったりしたほうが手頃にお金が手に入る。

それは一般庶民だけでなく、魔法を専門とする魔法師も同じことで、そんな魔力操作の精度高めてる暇あったら新しい法則を発見したり魔法を作ったりしたほうが世のため人のためになる。


そう考えると独学でその魔眼の力を見つけ出した彼女は相当魔法に精通しており、尚且魔力操作の技術も欠かすことなく磨いているのだろう。

そしてそんな彼女は俺に魔眼の効果を無効化されて相当怪しんでいるはず。

そうなると彼女は俺の正体をしろうと接触を図り…………ん?そしてさっきまで面倒だと言っていた貴族との関係が完成……してしまう……。


……あれ?これもう詰みでは。


「ちょっとそこの貴女。名前はなんて言うの?」


ちょっと嫌な未来を見たが、突然こちらに向いたその声に現実へと引き戻される。


「ええと……彼女はシーク=ナエハと申します。こちらが返答させてもらいました件については、実は彼女昔あった出来事で声を出せなくなってしまいまして。そのせいで領外に捨てられてしまっていたところをエルヴァレイン家が拾ってお世話しているという経緯にございます」


んお。そんな物語が彼女にはあったのかー(他人事)


「そ、そうなの……。ごめんなさいね、失礼なことを聞いてしまって」


そう言って、彼女は普通に頭を下げた。


「(なんだか……貴族のくせして、それもティナと付き合えるくらいなんだから相当偉い立場なはずなのに……なんだか貴族っぽくないな)」


少なくとも俺の知る貴族は、悪いやつでないにしろ貴族特有の傲慢さや自信、そして周りを飲み込むオーラ、そして力。人として上に立つために必要な要素全てを持ち合わせていた。

だが目の前にいる少女は外見は外面は貴族だが、どうも内面からはその雰囲気が感じられない。


一体なにかかあるのだろう。

今の俺にその真実を読み取る術はないが。


「(いつか魔力操作を極めたらそんなこともできるようになるのだろうか)」


果たして、終わりのないその道の可能性は無限に存在するのだろうか。



















結局その後は何かあるわけでもなく、その名も知らぬお嬢様はティナと一緒に学院の方へと向かっていった。


「……というかティナにも学院にタメ口で言い合える友達いたんだな。貴族ってば中々にそういったのがドロドロしてるって聞いたんですけど?」


その日のお昼。学院の食堂で食べてくると言っていたティナを除いてティーゼさんと二人で王都の町中で外食していた。……服装はメイド服のままだ。


「その前に、シークさん。もうその服着なくて良いんですよ。着せた私が言うことではないんでしょうけど」


そう言ってティーゼさんは申し訳無さげに俺の格好を見つめてくる。


「そうなんですけどねぇ。前馬車の中で魔法学園に通ってたって言いましたよね。今この状況で俺の姿で見られるのも厄介極まりないんですよ。だから気にしなくてもいいですよ。す―――」

「す?」

「なんでもないです。……なんでも」


一瞬「好きで着てることなんですから!」とか言いそうになってしまったがそれは流石にアカン。


ただ、学園にいたころは何人かにバッチリ俺の姿は見られている。

世の中に俺の姿の特徴が出回っていないのは学園内が閉鎖的だという面もあるが、何よりも俺が殆どあいつら五色の賢者以外に関わり持ってなかったというのが大きい。

だが言ってしまえば例外も勿論いるわけで、中でも様々な学びの最先端に位置しているこの場ではその輩と遭遇する確立が格段に高いのだ。


そして見つかったら色々と魔法について質問攻めにされること間違いなしだろう。


それに……


「それに、ティーゼさんみたいな綺麗な人と一緒に食事してたら男の俺は注目されること間違いなしですから。そんな面倒なことはたまったもんじゃないんですよ」

「おや、嬉しいこと言ってくれますね。でも口説くつもりならあと二十年足りないですね」


そう言って微笑みながら遠くで会計を済ませている中年のオジサマに指をさす。


格好はビシッと決まっており、顔に若干のシワがありつつも逆にそれが朗らかな雰囲気を醸し出している。髪もちゃんと染められており、白髪一つない。が、あと五年ほど経ったら逆に白の髪がその頭を塗りつぶすだろう。しかし、それはそれであの人には似合っている。


「俺には二十年経ってもあのカッコよさはでないですよ。スタイル良し、顔良し、指輪は……付けてない。仕事上のアレコレで付けてないのかもしれないけど……そうじゃなかったら独身貴族ってやつですね。……ってんん??」


なんか見覚えある…………なぁ!?


「あ゛っ……!」

「……どうかなさいましたか?」

「いや……え、まぁ。なん!でもなくはないですけど。いややっぱなんでもないです」


マジか〜、なんであの人ここに……いや普通にお昼休みでここで昼食とってるだけか。いや思い出せ、ここは王都だ。町の人が正体を知らないだけでこの場には多くの有名人が……


「ってあれ?あの人朝のお嬢様じゃないですか」

「えっ?……ホントですね……」


そのオジサマと入れ替わりで入るのように入店してきたのは、ついさっき見た名も知らないティナの友人のお嬢様だった。





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剣聖の娘が賢者の弟子〜その娘は将来魔王になる予定です〜 桜庭古達 @Kotastu12345

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