第37話:始業式の早朝に
「いい天気だな。やっぱ始業式というのはこうでなくっちゃな」
変な胃のもたれる感じも、頭に重し乗っかってる不快感も全くなし。喋っても胃がひっくり返らない。
ああ、なんて素晴らしく気持ちの良い目覚めだろう。それも全て、昨日渡したあの例の魔道具のお陰だ。
「いやはや、なんであの魔道具を早めに作らなかったのか。前はこういうことが起きる前にクレア辺りが言ってくれてたんだけども」
改めて、卒業して共に過ごしてきた仲間から離れたら感じる不便。面倒くさがりは周りのサポートがないとただのダメ人間になってしまうからな。なんて調子に乗って自虐しながら、ふと部屋の中にある高級そうな姿見に映る自分が視界に入る。
「経緯については些か納得し難いが、髪も切ってもらってスッキリしたし。新生活の始まりとしてはいいカンジ?」
まぁその姿を見せる機会が殆どないのも変な話なんだけど。っとそんなことよりもさっさと顔を洗いに行きますかね。
と意気込んで女子寮の部屋の中を完全な男子の姿で闊歩する。
……字面だけ見れば変態かな?とも思えなくもないが、正直俺は女子に対しては全く関心はない。
ジダとかよく知る仲の良い関係の女の子には思うところもあるが、何故全くもって知りもしない女子に興奮しなきゃならんのだ。
それに俺ももう二十歳。
俺は今この場には雇われ主の意向のもとここにいるのだ。もしバレても世間に広まることはないだろう。
……そこは多分としか言えないが。
まぁティナがそんな奴じゃないということだけ祈ろうか。
なんてことを思いながら廊下を歩き、料理をしている最中のティーゼさんに軽い挨拶をして、顔を洗うために洗面所の扉を開いて―――
俺はその光景を目にする。
「「…………」」
完全に風呂上がりであろうティナの下着姿を目にする。その姿は髪は少し濡れ、まだドライヤーもせずに髪だけ拭き、下着を着てこれからドライヤーでもするのか、という最中なのだろう。
そして俺はそのティナとバッチリ目があったし、その半裸の姿も目に入れた。ただその中で金と銀の指輪が右手の人差し指と中指にはめてあるのが印象に残ったが、今はそんなことどうでもいい。
その際に俺の頭の中には、ある可能性がフラッシュバックする。
ティナの不意の叫びで他の女子も駆けつけ、即逮捕。
終わった……かな。
恐らくこれは物語上の展開としては「ラッキースケベ」などと言われる可愛い女の子たちの貴重な露出シーンの一つなのだろうが、この世の中はラッキースケベに感量じゃないからそれが残す影響は決して万人にとっていいものではな―――
「ちょっと、寒いから早くそこ締めてよ」
まぁ……うん。
ティナってそういえばこういう人間だったよな。そうだよな、ティナが恥ずかしくて叫びだすなんて構図想像できないもん。淑女としてはどうかと思うけどなんか安心したわ。
だったら別にこっちも気にする必要はない。
「わりぃ。その前に顔洗わせて」
「もーすぐ終わらせてよ」
「ちゃちゃっとやるから」
そう言って、ある意味予想通りの返答を貰った俺は、苦笑いしながらなんの遠慮もなしに下着姿のティナがいる洗面所に入り、そして扉を閉めようとしたところで……
ガッ!!と、その扉の間にどこからか凄まじい勢いで指が挟まり込んできた。そしてズズズとティーゼさんのしかめっ面がこちらを覗き込んで一言。
「なんでこうなるんですか!!」
まぁ、俺もそれは分かる。
仮にも一介のお嬢様がこうも簡単に肌を晒して良いものか―――
「あなたもですよ!シークさん!なんで当たり前のようにティナ様のいるところに入って行っているんですか。そこは普通出ていくところでしょうよ!何をさも自分は悪くないみたいな顔してるんですか!」
「うぐっ、それ言われたら弱いなぁ」
ハハハ、と笑って誤魔化そうとするが、
「笑うとこじゃないです」
ピシャリと指摘されてしまう。
見事に心を見透かされてしまった。さっきもそうだがティーゼさんはもしかしたら心を読む術でも持ち合わせているのかもしれない。
「ま、そう言われてしまったら俺はさっさと退散しますよっと」
これ以上の追撃を避けるため、俺は一足先にここから離脱させてもらおう。だからさっきから怒られて小動物みたいに縮こまってしまっているティナには申し訳ないが、あとは頑張って欲しい。
「ちょっまっ」
「お待ち下さい、ティナ様」
「ひゃいっ!」
そんなやり取りが後ろから確実に聞こえたが、俺は聞こえないふりをしてさっさと自室に逃げ帰る。
人間、時には叱られるのも大事なんだよ。そしてそこから謝り、自分を振り返ることで成長できるのだ。
……でも俺は叱られたくない。
無意味に叱られたくないから俺は成長しているんだし、意味ある叱咤も浴びたくないから俺は頑張っていたのだ。
過去形だけどな。
そして俺は部屋に戻り、なんとなく良い時間になったと思ったらこの部屋のリビング部分に相当する場所まで移動する。
俺がそこに着く頃にはもう既に朝ごはんは完成されており、あとは机に並べるだけの状態になっていた。
「おぉ、うまそ」
その中でも、とある魔物の肉をその腸に詰めた肉を焼いたものや目玉焼きなんかが目を引いた。
エルヴァレイン邸での朝ごはんとは違って、なんだか庶民よりの印象を受けたからかもしれないし、昔学園の食堂で食べてたものと似ていて、より馴染み深いものだからだろう。
だが実際食べてみると記憶にあるものよりも数段うまく、やっぱり貴族の縁とは切っても切れないものなんだと再認識した。
……だがそんなことよりも気になることが一つある。
「……ティナ、これから始業式だってのに暗すぎんだろ。いつまで引きずるつもりなんだよ」
「別に……向こうではちゃんとしてるからいいし」
さっきのお叱りのせいか、すっかりティナがいじけてしまっていることだ。
チラリとティーゼさんの方を見ても、やれやれといった様子で肩をすくめている。
「はぁ……仕方ないか」
このままの状態で行っても、ティナならボロがでるなんてことは起きないだろうが、見捨てた側としては少しだけだがいたたまれない気持ちもないでもない。
食べ終わった食器を台所まで持っていった俺は、ティナの正面まで戻り、魔法書用の次元収納口ポケットからある一枚の羊皮紙を差し出す。
「……この魔法陣は?」
よし一瞬で食いついた。
「これはな、俺が作った魔法」
「へぇー、作った……魔法!?」
まるでこの世のならざるものを見たかのように大きく目を見開き、椅子を後ろにふっ飛ばしながら勢いよく立ち上がった。
そして俺から魔法書をひったくるように取ると、ジッとその魔法陣を眺め始める。
「いやどうせ見ても分からんだろ。前も言った通り魔法陣を構成する記号や線などは組み合わせによって様々な理論や魔法限定の法則が絡んでくるんだから。まぁ、逆に言ったら―――」
そう言って、俺は静かに魔法陣が描かれた羊皮紙を取り返し、魔力を流し込む。
「“新・生活魔法:
その瞬間、その魔法陣から光る粘性の液体が流れ出し、纏わりつくように俺の身体を覆いかぶさる。
そして数秒もしないうちに、パシャン!という水が流れ出すような音と、その光ともに液体は消え去った。
そして出てきたのは……
「じゃじゃーん」
「め、メイド服だ……!」
昨日のメイド服と、茶色のウィッグを身に着けた姿の俺だ。
「『詠唱変換理論』と『物質中継論』、あと……まぁ沢山の理論が混ざった結構複雑な魔法だぜ。それがこの
でもこの魔法に使われている理論が都合の関係上三分の一くらいはアイツ……ウェルナルドが発見したやつなんだよなぁ。しかもその半分がまだ魔法師協会に未提出という。
まだ本人が納得いってないからなんだろうけど、実際この理論で魔法が上手くいってるんだから納得もクソもない。完璧主義もいいところだよ。
とか思っていると……
「……ねぇ……もしかしてこれ『構成基礎論』も使われてる?」
「……よくわかったな」
「いやなんか、それっぽいのがあったなぁって」
へぇ。
……なんか嬉しいねぇ。教えたのがちゃんと相手のためになってる。師匠として、これ以上の喜びはないよ。
そんな感じで、ティナの何気ない一言に感傷に浸っていると、
ポン、という跳ねるような軽快な音が聞こえてきた。
「部屋のチャイムか?これ」
とその疑問に、誰かが答える前に……ティナの「あっ!」という明らかに何かやってしまった感じの声を上げた。
「ティナ様、もしかして……」
その声に一番に反応したのは、またもや呆れ顔のティーゼさんだ。
「あの、いやあれよ?……とっ、とにかく、急いで準備してきまーす!!」
部屋に戻るスピードが尋常じゃないことからして、マジで急いでいるんだろうけど……
「流石に友達との約束を忘れるのはどうよ」
「ティナ様ももう来年には貴族学院を卒業するお年頃。それに加えてもうそろそろご結婚もなさるというのに……」
「それはそれは」
というかその話を聞く限り、もう成人したら籍入れる感じなのね。
「果たしてその時まで俺はカテキョしてるんかな」
ただ、その呟きは未来の俺にしか知る由もない。
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