第4話

「はい」

そう言ってアレックスから手渡されたのは小さな水晶玉だった。

「何、これ」

「それ持って、シシルと一緒に居てくれ」

「はぁ」

そうしている間にも非難壕から次々に護衛の者達が出ていく。数名の者は街からの出入り口を守り、残りの者は町中に散っていった。統率が取れているようで、それでいて個々の動きを拘束していない。それがこの町のやり方なのだろう。

街に出た者たちは建物の残骸に身を潜め、じっと空を見ていた。その中に朔とシシルもいた。

「なぁ、これどうするんだ?」

朔はシシルに訊いてみた。

「んー、その時になれば分かるだろ」

「そんな適当な……」

「来たぞ!」

塔の上にいた見張りがカンカンと盛大に鐘を鳴らすのと同時に、護衛の一人が叫んだ。見ると、黒い影がぐんぐん近くなってくる。それは大きく口を開けた、影の狼だった。それが件のフィールであろう。

 フィールはその口からたくさんの黒い球を吐いた。それは次々と建物にあたり、破壊していく。法則性は特に無いようだった。何かを狙っているわけではない。単なる破壊だ。

「ど、どうすれば?」

戦うといった以上、何かしなければと朔が困っていると、

「朔、ほれ」

そう言ってシシルはいきなり朔を突き飛ばした。

「わわわっ」

「水晶玉!」

朔は反射的に先刻渡されたばかりの水晶玉を取り出した。その時、朔に黒い飛球の一つが落ちて来た。

「うわあっ」

朔がそれに気づいて叫んだのと、手の中の水晶玉が輝いたのがほぼ同時だった。次に気が付いた時、朔の手の中に大きな水晶の剣があった。それは朔の身の丈をはるかに超える、大きな剣だった。柄は持ち手というよりは最初から大地に置くように作られていて、朔はそれを支える形になっていた。

「な、」

「朔、手ぇ離すなよ!」

シシルは叫ぶなり朔のすぐ近くに走り寄った。何かを口の中で唱えている。そして、朔のすぐ横に跪くと、大きく呪文の最後の一声を唱えた。すると、シシルの手から炎を纏った球が黒い球めがけて飛んだ。球同士が相殺され、塵と化した。

 それを見て、シシルはアリアに目配せをした。アリアは頷き、叫んだ。

「魔法弓隊!」

すると、弓を番えたローブの者達が朔の近くに行き、何かを唱えた。すると、矢じりが真っ赤な炎を帯び、火矢が次々に黒い球を落としていった。

「あのう。お忙しい所、大変恐縮なんですが……」

「どした」

シシルが攻撃の手を止めて朔を見た。

「状況を説明して頂けると……」

「それ、今じゃないとダメか」

「できれば」

「じゃあ簡単に」

そう言ってシシルはこほんと咳払いした。

「お前の持ってる剣は盾の剣。こいつの周り半径百メートルは一切の攻撃が通用しない。けど、その場所からの攻撃が外に行くかどうかは不明だったから、俺が試したってこと。で、成功したから、その盾の中から攻撃してれば安全、ってことだ。」

「随分矛盾した名前の剣ですね」

思わず敬語になる。

「まぁな。どこぞの阿呆が洒落で作ったんじゃねーの?」

「でも、これって決定打にはならないよね」

「そう、だから」

シシルがそこまで言うと、大きな唸り声がした。しびれを切らしたフィール本体が、朔たちの方へ向かってきたのだ。

「ひ、」

「朔!逃げるなよ!そいつはお前が持ってないと機能しないんだ!」

そもそも魔法などと言うものがどれだけの信用が置けるかという事も分からない。説明されたところではいそうですかと信じられるほど自分は素直じゃない。朔はそう思っていた。剣を離して逃げればいいのかもしれない。けれど、この剣を支えることが、それが自分のできる唯一のことなら、せめて。

 朔はぎゅっと剣を握りしめた。フィールが大きく口を開ける。ぎりぎりと牙が朔の持っている剣が張ったバリアと思しきものを軋ませる。バリア自体は目に見えない。傍目にはフィールの大きな口がバカのように開かれたまま空中で停止しているようだ。

 フィールは一度牙を離し、それでももう一度牙を立てる。バリっとかガリっとかいうような音をもっと大きくしたような、不気味な音が響く。

(怖い!)

朔は今までに感じた事のない恐怖を感じていた。そんな中で、シシルは弓隊に何かを言い、弓隊はさっと引いて行った。

「ちょ、」

「大丈夫、すぐ戻るから、そこから離れるなよ!」

シシルもそう言って朔を置いて行ってしまった。

「またかよ……」

シシルの背中に、会社の人間たちの姿が被る。 思い出したくも無いことを思い出す。また皆、自分に押し付けて逃げるのか。どうして自分ばかりがそんな役回りをしないといけないのか。どうして自分ばかり貧乏くじを引かなければならないのか。

こんなところに来てまで。

こんなところに来てまで。

朔の中で何かが切れた。


「ふ、ざけんなああああああああ!」

心の底から朔の絶叫が響いた。


 朔の声に呼応するように、剣が強く輝いた。その輝きは小さくなり、朔の手の中の一振りの刀になった。フィールは強い光に目を回し、頭を振っている。朔は刀を構えた。どうしてそれを知っているのかも知らない。ただ、無意識の何かに動かされて、朔は狼に向かって走った。


「あ、」

シシルがアリアとアレックスを連れて戻ってきた時、そこには朔の駆けだす姿があった。

 そもそも、この展開は当初から予測されていた。フィールが口を開いた時にその口の中に規模の大きな魔術の術式を叩きこむ予定だった。予定と違ったのは、フィールが切れるの予想よりも早かったこと。そして、それに伴い、術式を込めた石弓の用意が遅れたことだ。それでも剣のバリアは今しばらくはもつはずであった。完全に予想外だったのは、朔の暴走だった。

 シシルとアリア、アレックスの三人はどうしていいか分からず、成り行きを見守っていた。その時、シシルの手の中で、別の術式が用意されていたことに、アリアは気づいた。シシルは今まで見たことのない顔つきをしていた。額にも、手のひらにも汗が滲み口の中でぶつぶつと、聞いたことのない術式を構築している。目は朔と狼をとらえ、何かのタイミングを見逃さないようにしているように見えた。

 アリアはシシルに何かを聞こうとして、やめた。


(止まらない、止まらないよ!)

走りだして程なく、朔は少しばかりの冷静さを取り戻していたが、何故か足が止まらない。身体が言う事を聞かない。そのまま、朔は高く飛翔した。それまでの自分では考えられないほど、高く。

目の前に狼の顔がある。

まだ目が効いていないようだ。

薄く目を開き、歪む。

その顔を狙い、朔が構える。

全てが意識の外の話だ。

けれど、そこに何かの意志があるのなら。

朔はその見えない何かに身を任せた。


そして、

辺りが真っ白な光に包まれた。


「で、そいつがフィールの正体だってのか」

「うん。そうらしい……」

朔の手の中には目を回した真っ黒い子犬がいた。ただし、額には真っ赤な宝石のようなものが埋まっている。それが、彼が普通の子犬でない証拠であった。

「それにしても、随分と無茶をしたものだな」

アリアが腕組みして言う。

「いやあ、あはははははは」

あの後、作戦を聞かされて、正直色々と恥ずかしくなってしまった朔であった。自分が見捨てられたと思ったこと、押し付けられたと思ったこと。よく考えてみれば、押し付けられるほどの力など、この世界では持っていないのに。

(そう考えれば、それなりに僕の力は認められてたって事か。あの会社では)

そう思えば、それほど悪いことでは無かったように思えた。ただ、自分が、誰にも頼れなかっただけなのだ。

朔はふっと笑った。

「で、どうするよ。そいつ。子犬みたいに見えたって、モンスターだろ?」

「うーん……」


「で、追放」

「寛容な方だろ」

「よく許したよね」

「死人が出なかったのが幸いだよな」

「町は元に戻してきたわけだしね」

「大変だったけどな」

そう言って、シシルが後ろを振り向く。そこには落ち込んだフィールがいた。彼は俯いたままでちらりとバツの悪そうな視線をあげた。

結局、シシルの魔法で壊れた建物をもとに戻し、町の人達には倒したと言っておいたのだ。余計な混乱は招きたくないというアリアの考えだった。

表向き、狼退治に一役買ったという処遇になってしまった二人は何ともバツが悪かった。

「お土産とかももらっちゃったよね」

「まあな。でも、少なくとも復興は手伝ったんだからいいんじゃないか?」

朔もまた人々の案内や炊き出し、多少は力仕事など細々と手伝っていた。

「一番のお役目はアイツの目付け役だろうけど……」

そう言ってシシルはまたちらりと視線をフィールに送る。そのたびにフィールはびくっと毛を逆立てて小さくなっている。その様子を朔は苦笑いで見ていた。

「で、この先どうする?この子、連れたままで行くの?」

「いいんじゃないか?世の中にはモンスターを操ってモンスターと戦う奴もいるぞ。あ、そうか、お前がなればいいじゃん。魔物使い」

「うえ、出来るかな」

「よ、よろしくお願いします!」

フィールはそれで何とかシシルの冷たい視線から逃れられると思ったのか、やけに嬉しそうだった。


その頃。

「どうした、アリア」

ルーニアがアリアに声をかけた。

「いや、あのシシルとかいう奴。あんななりで随分な能力遣いだったと思って」

「そうだな。これだけの規模の損害を一日足らずで直すなんて聞いて事無いぞ」

(それもあるが、)

戦いのさ中、シシルが準備していたあの術式は何だったのか、と、思う。アリアが魔法を学ぶ中で、どこかで何かに触れた覚えはあった。

 だが、思い出せない。

「いつか……分かればいいか」

そう言って、アリアは遠くを見た。

 その小さな呟きも、その目線の意味も、誰にも分からなかった。

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