第3話
「お、そうそう。うまいじゃん」
翌日、朔はシシルが仕留めたウサギを捌いていた。
シシルがとどめを刺してくれたとはいえ、先ほどまで生きていたものを肉塊にするのはやはり勇気が居る。それでも、獲物が小さいせいもあり、朔はどうにかこうにかそれを調理できるまでにした。
「ふぅ」
「上出来上出来」
シシルはそう言って手を叩いた。しかし、朔は難しい顔のまま、無言で目の前の肉を見つめている。
「どうした?」
「いや、僕が今まで食べて来た肉も、こうやって誰かが食べられるようにしてくれていたんだなって」
「まぁ、この世界にも肉屋はあるからな。それを買うだけ、って人もいるだろうさ。まして、朔の世界はその辺が発達してるんだろ?だったそれが普通で、決して悪いことじゃないさ」
「そう言ってもらえると助かるけどね。でも、そのせいで実際、僕らの世界では命を頂いているって感覚が鈍くなってきていることは、確かなんだ」
「そうか……いろいろ難しいんだな」
「うん」
朔はそっと胸の内で、ありがとう、と、言った。今、自分の栄養になろうとしているウサギに。そして、今までなってくれていたたくさんの食べ物に。それを自らの口に運ぶまでにしてくれた、たくさんの、誰か、に。
「じゃ、飯にするか」
「うん。感謝して食べるよ」
「だな」
そう言って二人は笑い合った。何だか少し、打ち解けられたような気がした。自分の努力に対して、シシルが笑ってくれるのがうれしい。認めてくれるのがうれしい。
そんな、些細なことが、とても。
「だーかーら、そうじゃなくて……」
「こ、こう?」
「うーん、俺も専門じゃないからなぁ」
「ちょ、専門じゃないのに文句着けてたの?」
「いやほら、何でも一流ってかっこいいじゃん?かっこよく見えればそれが正解かな思ってさ。だから朔をかっこいいって思えたら、オッケーかなと」
「……初心者に無茶言わないで……」
「形から入る、っていうのもあるかと思ってさ」
道が開けたのをきっかけに二人は剣の練習を始めた。だが、始めてからシシルは剣に関しては素人だと気付いたのだ。
「……誰か、剣の使い方知ってる人、教えて」
「遠回りだなぁ」
「だって、危ないだろ、さっきみたいにいきなりモンスターに襲われたらどうするのさ」
「その時は俺がぱぱっと魔法でやっつけるさ。さっきみたいに」
「……僕の存在意義は……」
「どうにもならなくなったら考えれば、」
「泥縄だなぁ……」
二人がそんなことを話しながら歩いていると、目の前に何かが跳び出した。
「ほら、そんなこと言っている間に、」
朔がそう言ってしどろもどろに剣を構えた。
だが、
「女の、子?」
二人の前に現れたのは、まだ少女の面影を残す女性だった。彼女の顔や服は汚れ、あちこち破れていた。どう考えてもただ事ではない。
「助けて……」
彼女はそう言うと、ばったりと倒れ込んでしまった。
それからしばらくシシルが回復魔法をかけていると、女性はゆっくりと目を開けた。
「あ……」
「気が付いた?良かった」
朔は心底胸をなでおろした。と、いうのも、シシルが回復魔法にかまけている間は、朔がモンスターと戦わなければならなかったからだ。彼女が助かったことももちろん嬉しいが、一体のモンスターも出てこなかったことも嬉しかった。
「一体どうしたんだ?」
シシルがずっと彼女に翳していた手を擦りながら聞く。同じ姿勢をとっていたために、筋肉が固まってしまったのだろう。さすがのシシルも疲れたようだ。
「私、ミアと申します。この近くの町に住んでいて……」
そこまで喋って、ミアははっとして青ざめた。
「私はどれほど気を失ってました?急がなければ」
「ええと……そんなに長くはないよ?」
朔が答える。正直、分とか時間で話しても通じるかどうか分からなかったため、そんな曖昧な返事になった。
「回復魔法が早く効いたからな。これも俺が優秀だからだろう」
シシルが少し得意げに言う。それに朔ははいはいと適当に相槌を打った。するとミアが目の色を変えた。
「魔法?魔法を使えるのですか?では、是非来てください。私たちを助けて!」
朔の方が分かりやすく武装しているのだが、ミアは真の実力を見抜くことができるかのようにシシルに対して熱弁していた。朔は少し残念な気持ちと、ほっとした気持ちでそれを見ていた。
「な、んだ、これ……」
朔は目の前の光景を見て絶句した。ミアに案内されて訪れた町。そこにあったのは、それなりに大きな町であった。
道が整備され、宿屋があり、店が並び、歴史的な大きな建物があり、人々が行き交う賑やかな町。
だったのだろうと思わせる場所。
今はその町のあちこちから煙が上がり、建物は壊れていた。人の姿は見えず、鳥や犬猫のような、町にいそうな動物も見えなかった。煙が上がっていなければ、ただの廃墟に見えたかもしれない。破壊の残骸であろうその煙が、皮肉にもかろうじてその街が生きている証になっていた。
「魔王の手下に襲われたのです」
「魔王の手下ぁ?」
ミアの言葉にシシルが大きな声を出した。シシルはすぐに口を押さえて、しまったというような顔になった。
「ええ、そう名乗りました。魔王の一番の手下だと。名はフィール。大きな真っ黒い狼のような形をした怪物でした」
「フィール……そいつが町を破壊したのか?」
「はい。突然やってきて、あっという間に……」
そう言って、ミアは涙を拭いた。
「今はいないみたいだけど……」
朔はそう言ってきょろきょろと辺りを見回した。街の周りには森が見える。その森に、ちょうど逃げていたらしい鳥の群れが戻ってきているようだった。鳥の鳴き声や羽ばたきが聞こえるようになってきた。少なくとも、その森の辺りまでには、既に件のフィールとやらはいないのだろう。
「それは……」
ミアが何かを言おうとすると、町の方から誰かがやってくるのが見えた。
「ミア!」
それに三人が気づいた直後、その人影からミアを呼ぶ声が聞こえた。
「姉さま!」
ミアはそう叫んで駆け出した。
「姉さま?」
二人がその先を見ると、そこに現れたのは、一人の女性だった。
女性、という形容が間違っては無いのだろうが、近づいてみると、その人物はかなり目つきの鋭い人物だった。男から見れば、女性、というどこか柔らかいものを想像させる印象とはずいぶんと違う。まして、ふわふわで華奢な、いかにも女性、というようなミアの、姉というには、かなりの無理がある。 しかし、無情にも、ミアは素晴らしく明るい笑顔の元、彼女を姉だと紹介する。
「ミアの姉のアリアだ。この町の護衛をしている。妹が世話になった。立ち話も何だ。護衛が見張りに使っている塔がある。そこで話そう」
そう言ってアリアは先に立って歩いた。
アリアの身に着けて居る鎧がサラサラと音を立てる。それは、朔が身に着けて居るものよりもはるかに軽装に見えた。鎧というよりは、鎖帷子に近い。彼女の身体の線がはっきりと分かる。それだけ装甲も薄いということだろう。鎧のあちこちには何かの意匠が見て取れた。
そして、アリアは一振りの剣を下げていた。こちらも美しい装飾が成されていたが、どうにも華奢に見える。朔が持っている剣の半分程度の幅しかない。
(男用とか女用とかあるのかな。それともそういう流派とか?)
朔はあまり武器等には詳しくない。それでも少ない知識をかき集めてぶつぶつと考えていると。
「あれ、魔法剣だぜ。鎧もそうだな」
朔の心を読んだように、シシルが囁いた。
「魔法剣?」
「剣に魔法を込めたものでさ。あの装飾に見える奴は全部魔方陣さ。魔法剣は剣そのもので戦うんじゃない。刃に纏わせた魔法で戦うんだ。鎧も、いざとなったら防御の魔法を纏うように出来てる」
「あー、だから剣も細身で鎧も薄くて剣士の体も筋骨隆々な感じにはならないんだね」
確かに、メインで使うのが魔法ならば、剣の切れ味や鎧の頑丈さは二の次だろう。そして、扱う側に必要なのは筋力よりも魔力だ。
自分が剣士として戦うことを考えていたせいか、自然とそういうことに興味がわいた。のだが、シシルはそんな朔をにやにやしながら見ている。
「うっわ、朔、そんなとこ見てたんだー、やーらしい」
「ちが、そうじゃないって。単に僕の装備と比べてーとかさぁ」
「うっそだぁ」
「嘘じゃないってば!ほら、一応僕の装備も剣士だし、同じ剣士仲間って言ったら失礼なんだろうけど!」
「ふーん」
「ちょ……あー、そっか、シシルもそういうこと考えてるからそう思うんだー」
今度は朔が反撃に出た。だが、シシルは
「悪いか?」
と、まったく悪びれない。すると、アリアが振り向いた。
「何か言ったか?」
「何も言ってません!」
何故か敬語になって二人は答えた。そんな二人を鼻で笑うアリア。どうやら二人の会話は聞こえていたようだ。それでもさらりと流すあたり、見た目よりもずっと大人なんだろうかと朔は思った。年上には見えるけれど、直接年を聞くのは失礼に思えて、朔は黙っていた。
どちらにしても、精神的には朔より上に思えた。それは、正直、頼もしい限りであった。
「ふうん。なるほど。それで、君たちは魔王の元を目指しているのだな。そちらの朔殿が異世界から来た、というのは俄かには信じがたいが……」
「特に信じなくてもいいです。ただの役立たずという認識で構いませんので……」
自分で言っていて嫌にはなるが、そうとでも思っていてもらわないと困る。
何故なら、
「その方がいいよな。俺も最初、他所から来たって聞いて、救世主?とか思ったし」
やっぱりか、と、思った。
何かしらの悪の存在に困っていて、その存在が駆逐できていない状態にある時、他所の世界からの訪問者となれば、勇者とか、救世主と相場は決まっている。
「そんなことはありません。朔様は、シシル様が私を癒してくれている間、辺りを見張っていてくれました」
ね、と、ミアは笑顔を向けてくれるが、それは要するに何もしていないということで。そう思っているのは朔だけで無いことは、残りの二人の顔を見ても分かる。
「今、探してる、ってことでいいんじゃね?俺も以前はそうだったしな」
「確かに。何もできぬ事を恥と思う者は、何かできるようになろうとする。その気概こそが大切なのだ」
そう言って二人はミアが持ってきたお茶を飲んだ。
「そ、かな」
「っていうか、そうだろ?朔は戦い方、覚えたいんだよな」
「そりゃあ……」
そこまで言って、ふと、自分が今まで何かの命を奪うという事を考えたことが無かったのを思い出した。相手はモンスターとはいえ、果たしてそんなことが自分にできるのか。先だって見かけたスライムのようなサイズならまだいいが、もし、熊みたいなやつが出てきたらどうするのか。普通の熊どころかウサギだって殺したことはまだない。まして、この町に現れたという、狼の姿をしたモンスターとなど戦えるのか。
「それでは、この町を助けて下さるのですね」
ミアはキラキラした目を向けて来た。
「いや、その……」
「俺はやるぜ?」
シシルに目線を向けると、シシルはさも当然という顔で言い、ぐっと親指を立てた。
「……頑張ります」
「そうなれば話は早い。知り合いの剣士にとりあえず身を守れるくらいの技術は叩き込んでもらうとしよう」
「そりゃいい。またいつ何時、フィールとやらが現れるか分からないしな」
「え、ちょ、」
「良かったなぁ。きっと覚えたことはこの先も役に立つぜ」
な、と言って、シシルは力強く朔の両肩に手を置いた。
そうなるともう朔は頷くしかなかった。
「この町は、モンスターの襲撃に備えていくつかの非難壕がある。皆、そこに逃げ込んで無事だ。今回ほど大掛かりなものは珍しいが、モンスターの襲来もないではないからな。皆、それなりに用心して避難の訓練もしている。それはモンスターだけでなく、天災があった時も役に立つからな」
アリアの説明を聞きながら朔は長い階段を下りていた。
聞いていて、シシルから聞いた話を思い出していた。モンスターの襲撃が天災と同じレベルというのはどうやら本当らしい。
「護衛の者が数名、フィールと戦って負傷しているがいずれも軽傷。無傷だったものは再襲来に備えて訓練や作戦会議をしている。もちろん、見張りも怠らない」
アリアは更に階段を下りて行く。地上に何が起きても、地下に影響がないように深く穴を掘ったのだろうか。すると、
「この非難壕ってアリアさんたちが作ったのですか?」
朔の疑問を読んだようなタイミングでシシルが尋ねた。
「いや、もともとあった地下の空洞を壕として使っただけだ。何日か暮らせるように保存食や着替えを備えて、簡易トイレも完備してある。水は貴重だが、飲み水はもちろん、身体を洗うくらいはできるようにもしている」
「至れり尽くせりですね。でも、こんなものを作るくらい、大きな襲撃が以前にあったのですか?」
「いや、ない」
「無いのに?」
「まぁ、確かに、この壕は実際のモンスター被害からすれば少々大掛かりだ。しかし、用心に越したことはないだろう。それに、人々を危険にさらすものは何もモンスターばかりとは限らない。自然災害、あるいは……」
「戦争」
珍しく朔が一言添えた。
「そう。人間同士の間でも争いはおこる。個人的には、私はモンスターだけが敵とは思っていない。思考や行動パターンが分かりやすい分、人間より善良かも知れんしな」
「お姉ちゃん……」
「はいはい」
ミアの困り顔にアリアは苦笑で応えた
「さ、着いたぞ」
アリアが階段の先のやたら重そうなドアを開くと、そこには広い空間があった。
入り口にほど近いそこには、一般の街の人と様相の違う人々がいた。
筋骨隆々とした男。ローブを来た女。剣を振っている男。
「これって……」
「そう。護衛達の待機所だ」
「まぁ、普通だよな。一番侵入に警戒しなければならない場所に、守り手がいる」
シシルは腕を頭の後ろで組んで言った。
「おう、アリア、お帰り」
「アリアさん、お帰りなさい」
「お、地上はどうだ?戻ってもよさそうか?」
アリアを見つけて護衛たちが次々と声をかけてくる。なんだかんだ言って慕われているのだろう。
「アレックスはどこだ?」
二、三言葉を交わした後で、アリアはローブの女性に聞いた。
その女性は、妖艶な雰囲気の、まさに魔女という言葉がよく似合いそうな女性だった。年はアリアよりは少し上に見える。
「さっきまでここにいたんだけどねぇ。まだ近くにいるんじゃないか?それより、そちらさんは?」
「客人だ。朔とシシル。シシルは魔法が使える」
「ふうん」
そう言って魔女は二人をじろじろと見た。
「アタシはルーニア、よろしくね」
そう言ってにっこりと笑った。アリアはその様子を何故か額に手を当てて見ていた。そして、一通り挨拶が終わったのを見越して辺りを見回して声を上げた。
「アレックス!」
すると、一人の剣士が振り向き、にこっと人好きする笑顔を見せた。
「やあ、アリア。麗しの魔法剣士」
「……軽口は良い。こちらの客人に戦い方を教えてやってくれ」
「朔と言います。その、初心者、です」
朔は慌てて姿勢を正し、ぺこりとお辞儀をした。
「ふうん」
アレックスは朔をじっと見た。
「こいつは、魔法剣士の方が向いてるんじゃないか?」
「理由は?」
「細い」
「それだけか」
「それだけかと言われればそれだけだ」
「そっちの方が素質があるとか、そういうことではなく?」
「俺は魔法に関しては門外漢だ。聞くなよ」
「まあな」
「だが、今はいつまたあの狼がやってくるか分からん時だ。筋トレをしている暇はない」
「確かにそうだが、だからと言って魔法剣士、というのはあまりに……」
「はいはーい」
二人の話にシシルが挙手をした。
「確かに、剣だけで戦うよりは魔法が入った方がいいかとは思います。朔は剣の扱いひとつ知らないし」
「ちょ、シシル、」
アリアとアレックスの会話だけでも傷ついていたのに、そこに更にシシルに追い打ちをかけられた気分だった。
「守りに特化させて、シールドの魔法の入った剣を一振り、持たせてみては?」
シシルが朔を無視してそう言うと、アリアとアレックスは何かに思い当たったのか、ああ、と納得したような声を出した。
その時、
「伝令!北の方角から、黒い影が接近!例の狼と思われます!」
「どうやら、待ってはくれないようだ……」
アリアは憎々し気に顔を歪めた。
「致し方ない。例の剣を朔に持たせてみよう」
「例の?」
何だかそう言われただけで嫌な予感しかしない。それを裏付けるようにアリアが微妙な笑顔を朔に向けた。
「少々重いかもしれんが、落とすなよ。お前に期待する事はそれだけだ」
ぽん、と肩に置かれた手から、何故か不安しか注入されなかったような気がした。
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