第3話…仲間

公営賃貸マンションの中庭を出た央介は、古い日本茶問屋の裏の時間貸しパーキングに向かった。ここには三毛猫がいる。


この日本茶問屋の創業はいつだろう。江戸時代なのか、明治時代なのか。店の看板は大きな一枚板。重厚で伝統を感じさせる。店の横には蔵がある。白く塗り替えられているが、かなり古そうだ。


そもそも、日本でも指折りの繁華街に蔵が残ってること自体がすてきだ。この地のいいところは、日本の開国以来の面影や痕跡があちらこちらに残っていることだ。


央介は、日本茶問屋の裏手の時間貸しパーキングの猫餌置き場を覗いた。すでに猫餌と水が整頓して置いてある。


「坂木さん、来たんだ。」

央介は、心の中でつぶやいた。


坂木さんとは、地域猫に餌を提供してくれている人。毎日、地域猫の様子を見て回っている。央介も理香も、坂木さんの存在は知っていた。しかし、なかなか話しかけるチャンスはなかった。


あるとき、央介の帰りが遅く、理香が猫餌と水を持って行ったときのこと。

理香と坂木さんが同じ猫餌場で一緒になった。


「ありがとうございます。いつも餌と水を置いてくれて。私も猫が好きで。」

理香が坂木さんにそう話しかけた。


「あ、うん。こいつら腹を空かせてるから。かわいそうだし。」

坂木さんは驚いたように理香にそう話した。


「うちの家族も猫たちが心配で、いつも気にしてるんです。」

理香がそういうと、


「餌やりしてると、嫌がる人もいるから、気をつけてやってるんだ。」

坂木さんは緊張したようにそう話した。


確かに、地域猫について理解している人ばかりではない。


坂木さんは、いつものように集まってくる猫たちに餌と水を提供し始めた。


不思議なことに坂木さんがくる時間になると、猫たちが集まってくる。猫たちは時間が分かるのだろうか。猫は時間が分かるという人がいるが、状況証拠はそれを立証している。


猫たちに餌と水を提供し始め、猫たちが食事を終える。そして、グルーミングを始めると、坂木さんは餌場をきれいに後片付け、必要な餌と水を残し、次の餌場に向かう。


次の餌場に向かう坂木さんの後ろ姿を理香はしばらく見ていた。


痩せて背が高く、少し猫背の男性。夏でも冬でも帽子をかぶっている。

猫餌と水と、それらを入れる紙の容器を入れた大きなトートバックを肩にかけている。そして、ゆっくりと次の餌場に歩いて行く。なぜか寂しそうな背中に見える。


「坂木さん、どのあたりに住んでいるんだろう。何歳くらいだろう。家族構成は。」

理香は、ふと、そう思った。

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セカンドチャンス @oookagawa_sakura

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