第2話 人体模型のたかし君
【第2話】
【S県U市の人体模型】
その日僕と鬼塚はとある小学校から連絡を受け、現場へ向かうべく高速道路を走っていた。電話を掛けて来たのはその小学校の校長で、どうしても【怪異記録保護活動課】に見て欲しいものがあると頼みこんで来たのだ。連絡を受けた谷口が詳細をメモに描いている最中、僕はネットでその学校の事を検索した。すると驚いた事にその学校は数日前に火災が起こり半焼したと言う記事が見つかったのだ。どうやら今回の依頼もその火事に関する事らしく詳しい話をするために向っている最中だ。
やがて2時間ほど車を走らせると目的地へとたどり着いた。そこには事前に聞いていた通り外壁が半分以上煤で真っ黒になった校舎が目の前に立っていた。車を降りると恰幅の良い男が一人、こちらに近づいて来る。
「ようこそお越し下さいました……私がお電話致しました校長の広瀬です」
「【怪異記録保護活動課】の鬼塚です」
「同じく谷口です」
広瀬と名乗った男は僕達を連れて校舎の近くに立っていた一階建ての家屋へと案内してくれた。どうやらこれは職員用の休憩所兼宿直室だった場所らしい。校舎が使えなくなったため今は此処に大切な資料やパソコンなどを運んでおり、臨時の応接室として使用しているらしい。
「校舎を拝見しました……随分と大変だったでしょう」
僕がそう尋ねると、校長先生は深くため息をついて頷いた。
「ええ……。ようやく何とか落ち着けたのですが、まだまだ校舎を仕様するには時間が掛かりそうです」
「ちなみに火はどこから?」
「実は……この辺りで最近放火が立て続けに起こっておりましてね。それらと同一犯でした」
幸い犯人はこの学校に火を付けた後に警察に確保されたと言う。放火魔のせいで既に何件もの建物に被害が出ており、死者も少なくはないためもう二度と出て来る事はないだろう。
「それは酷いですね……生徒達に御怪我は?」
「幸い火が燃え上がったのが放課後だった事もありほとんどの生徒は帰宅した後でした」
「ほとんどと言う事はもしや……」
「ええ、数人程教職員に隠れて校舎でかくれんぼをして遊んでいた子達が取り残されていたのです」
「その子達に怪我は?」
「軽いやけど程度で済みました……彼のお陰でね」
そう言って校長は部屋の隅に立てかけられた物体を指さす。子供程の大きさのそれには白い布が掛けられており、微かに焦げ臭い。校長は立ち上がるとその物体をテーブルの上に置いて布を取り払う。そこから出て来たのは僕達も幼い頃によく見た見覚えのある物だった。
「人体模型……」
「ええ……この学校の創業当時からある古い物です」
「彼が生徒達を助けたと?」
「はい、その通りでございます」
煤塗れになった人体模型は火に焙られた箇所以外も酷く劣化していた。おそらく作られてから百年近くは経っているだろう。身体の中心を一本の線が分け、左側は皮膚のある裸の子供であり、右側にはグロテスクな筋肉や内臓が形成されている。
「付喪神、ですか?」
「その通りでございます……この人体模型は生徒達からは【たかし君】と呼ばれていました」
この小学校には7不思議と呼ばれる階段がある。その内容は全国各地にあるようなありふれたものが殆どではあったが、怪談の中に一つだけ本物が混ざっていた。
『夜の理科室で人体模型のたかし君に話しかけると動き出して追いかけて来る』
「この【たかし君】は本当に動いていたと?」
「ええ……深夜にいたずらや肝試しなんかで生徒が学校に残っていた時は必ず追い払うために追いかけていたんですよ」
「それは中々に怖いですね……」
「はっはっは……ですが怪我などをさせた事は一度もないんですよ?子供が夜に出歩くのは危ないですからね……早く家に帰って欲しかったのでしょう」
「そう言うものですか……」
呑気に言い放つ校長だったが、この古い人体模型が全速力で走って来る所を想像するとかなりショッキングな映像だ。子供達視点だとなおさら恐怖を感じえないだろう。
「それで……我々にこの【たかし君】をどうしろと?」
谷口の言葉に、校長は一度目を伏せてこう言った。
「先日の火事以降、【たかし君】が動かなくなってしまったのです。また以前のように動けるようにして欲しいのです」
先日の放火事件にて校舎内はあっという間火の海となった。かくれんぼをしていた子供の一人は理科室の掃除用具入れの中に隠れていたため、火事に気が付くのが遅くなったらしい。焦げ臭さと熱さに異変を感じた時は既に廊下に炎が上がっていたと言う。逃げようにも理科室は3階にあったため、窓から飛び降りる事も出来ない。
やがて煙で呼吸も難しくなったその瞬間、子供は背後に気配を感じたと言う。振り向けばそこにはいつの間にか【たかし君】が立っており自分を見下ろしていたと言うのだ。7不思議を知っていた子供は一瞬恐怖するが、それ以上に炎に焼かれて死ぬことの方が恐ろしかったのだろう。気が付けば【たかし君】に向って叫んでいた。
『助けて……‼』
それからの出来事は一瞬だったらしい。【たかし君】は子供を抱えると3階の窓から勢いよく取り降りたのだ。その現場を見ていた教職員やかくれんぼをしていた生徒達曰く、【たかし君】が窓の下に植えられた木に向って落ち、落下のスピードを減速させたと言う。
木の細かい枝が子供に刺さらないように己の身体を盾に子供を守ったあと、丁度用務員が花壇の植え替え用に用意した柔らかい腐葉土の上に着地したのだ。
急いで教員達が駆け寄ると、子供はパニックで泣き叫んではいたものの大きな怪我はなく軽いやけど程度で助かったと言う。助けられた子供は病院に運ばれ、其処でしきりに【たかし君】が助けてくれたと繰り返していたらしい。
「しかし、それ以降【たかし君】は魂の抜けたように動かなくなりましてね」
連日子供達から【たかし君】にお礼を言いたいので何とかしてくれと願われたと言うのだ。校長としても生徒を守ってくれた英雄をこのままにしておくわけにはいかないため、僕達に連絡して来たと言う。
「なるほど……分かりました。それならば力になれるかもしれません」
「本当ですか……‼」
僕がそう言うと校長は嬉しそうに笑みを浮かべ勢いよく立ち上がった。
「ええ、似たような案件をいくつか経験したことがあるため原因には心当たりがあります」
「それはありがたい……‼」
「では、早速仕事に取り掛かりたいのですが、校舎に近づいても?」
「それは構いませんが……何故校舎に?」
「おそらく、まだ校舎に【たかし君】の忘れ物が残っているはずですので」
校長から校舎への立ち入りを許された僕達は子供と【たかし君】が飛び降りたと言う理科室へと向かう。鉄骨がしっかりしていたためか校内は煤で汚れてはいるものの歩くには問題なさそうだ。やがて3階の理科室へたどり着き、彼らが飛び降りた窓のそばへ向かう。そしてその周辺をくまなく探し始めた。
「あったか?鬼塚」
「うーん……教室にはないみたいだね」
「それなら、下か……?」
「その可能性が高そうだ……あ、あった‼」
窓の下、彼らが飛び込んだという木の枝に目的の物は引っかかっていた。
「ええっ……もう見つけられたのですか!」
「はい、こちらに」
僕はポケットから手のひらサイズのそれを取り出すと校長に手渡した。
「これは……【たかし君】の心臓……」
「おそらくこれを戻せば動くと思います」
人体模型とは文字通り人間の身体を模して作られた物である。そこの付喪神が付いたとなればやはり人間として完全な状態の時でないと動かないのではと僕達は考えたのだ。
校長はおそるおそる心臓を【たかし君】の身体に戻す。かち、とパーツが組み合わさった瞬間、無機物の心臓が一度だけ鼓動をしてみせた。
「あっ……‼」
そこから熱が広がるように【たかし君】の全身が1トーン明るくなったような気がした。死人の身体に再び血液が巡り始めたように、彼は今ふたたび息を吹き返したのだ。
「ありがとうな……生徒達を守ってくれて」
【たかし君】は校長の言葉に何も返さない。しかしその表情は何処か誇らしげに見えたのだった。
それから例の小学校の学生たちは校舎の修復が終わるまで近隣の学校へ通う事となった。
【たかし君】は再び修復中の校舎へと戻り、理科室にて生徒たちが帰って来るのを待っていると言う。
【人体模型のたかし君】
所在地 S県U市 ××小学校 理科室
危険度 ★
有用性 ★★
ご当地の怪異さんず 杜若 @kaerugekochikomarr
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