ご当地の怪異さんず
杜若
第1話 死者と話せる電話ボックス
Y県H市 【使者と話せる電話ボックス】
「谷口、今回はまた随分田舎に向かうんだね」
狭い軽自動車の中、同僚である谷口と共にY県の旧道を走る。僕こと鬼塚と谷口は都会で働くいわば公務員のようなものだ。では何故このように人気のない田舎の旧道を走っているかと言うと、それは僕たちの仕事に関係がある。
皆さんは妖怪や幽霊と言う存在を信じておられるだろうか?
所謂オカルトと言われるそれらは信じる信じないは別にしても、怪談やホラー映画なんかで一度は耳にした事があるだろう。単刀直入に言うと僕達はそんな【怪異】を記録するために地方まで来ているのだ。
「……地元住人から連絡があったらしい。何とかしてくれってな」
「そんなに?」
「ああ、最近になって被害が相当増えているらしい」
そんなこと公務員の仕事ではない?確かにそうだ。
超常現象を国が認めてしまっては色々と問題が起こるに決まっている。この課に飛ばされる前には僕だってそう思っていた。
……だが、なんの冗談か10年前に国が正式に【怪異記録課】を発足し、今もこうして僕達が活動しているのだ。未来は分からないものだ。
「あったぞ、あれだ……車停めろ」
「あ、うん……‼」
谷口先輩に言われ近くに停車させると、そこには確かに古い公衆電話があった。スマホの普及したこの時代ではもはや絶滅危惧種と言えるだろうそれは、金具部分が錆びていたり窓にひびが入っていたりと如何にもな風体をしていた。よく見ればガラス部分にはペンキで落書きもされていたり、辺りにはゴミが散らばっている。
「酷い状態だな……」
「そうだね……それで谷口、依頼者は何処に?」
「ああ、丁度来たようだ」
谷口の指さす方向には一人の老人と高校生ほどの年代の少女が立っている。彼らは僕達に礼をすると自己紹介を始めた。
「はじめまして【怪異課】の皆さん……私が依頼をした村長です」
「どうも……そちらのお嬢さんは?」
「村の子供です。実際に【怪異】をご説明するためにはやはり実演するのが一番だと思いまして……」
「なるほど……では改めてお尋ねします。この村の【怪異】の名称は?」
「……【死者と話せる電話ボックス】でございます」
Y県H市の旧道沿いに一台の電話ボックスが存在する。そこでは逢魔が時に死者と話すことが出来るのだと言う。しかし、誰でも死者と話せる訳ではない。近しい者を失くした人間が電話ボックスに入った際、突如として電話が鳴り響くらしい。
「では彼女は……」
「ええ、この子……夏子は2日前に姉を事故で亡くしましてね……辛い心中は分かっているのですが、村のため協力を仰ぎました」
緊張しているのかスカートを握りしめ俯いている彼女の表情が余りにも痛ましく、思わず声を掛けてしまった。
「大丈夫かい……?辛ければ無理をしなくても……」
「いえ、姉と話したいと言ったのは私ですから……」
彼女はポケットから一台のスマホを取り出した。それは大きな衝撃を受けたのか画面には大きなヒビが入っており、ケースもボロボロになっていた。
「それは……」
「姉の物です……事故で割れちゃって……」
こんなにボロボロではあるもののまだ電源は入り壊れてはいないのだと言う。持ち主である姉は助からなかったのにこれだけ無事に帰って来るなんて、何だか皮肉ですよねと彼女は言う。
「時間だ……夏子さん、頼めるかな?」
「はい……」
話しているうちにすっかりと辺りは夕暮れを迎え、逢魔が時がやって来た。
一度大きく息を付いた夏子さんが、緊張した面持ちで電話ボックスへと向かって行く。すると、先程まで風で騒めいていた森の木々たちが同時に動きを停める。街から森へ帰って来た烏たちの視線がすべて夏子さんの方角へ注がれているような錯覚すら覚えた。
──何かが、来る
RRRRRRRR……‼
「……っ……‼」
夏子さんが電話ボックスの中に入って扉を閉じた瞬間、待ち侘びたかのように電話が鳴り響いた。恐怖を和らげるように肩で息をする夏子さんの傍に行き、ガラス越しに安否を確認する。どうやら今の所電話が鳴る以外の変化は起こっていないようだ。
「夏子さん、電話に出て頂いても?」
ガラス越しの谷口の言葉に、夏子さんが頷く。少し躊躇ったあとに彼女の白い手が受話器に掛かった。
「もしもし……」
ザ、ザ、ザザザザザザアァ……
ノイズ音が受話器から聞こえて来る。電話ボックスの外にいても聞こえる大きなで鳴り響くそれは、やがて少しずつ変わって来る。
ザッザザ……ザザッ…ァ…ナ……ツ……コ……?
「お、お姉ちゃん……なの……?そうよねっ……そうって言ってよ‼」
ノイズ越しに聞こえて来たのは、確かに若い女性の声だった。精気のない低い音で、確かに己の名前を呼ばれた事で夏子は電話越しの相手が姉だと思い込んでいる。
「お姉ちゃんっ……!私、約束守るからっ……ちゃんと姉ちゃんがが安心して成仏できるようにするから……‼」
必死に受話器に語りかける夏子さんの言葉に呼応するようにノイズが強くなる。
「お姉ちゃん……スマホ持って来たよ……約束通り」
その瞬間、電話ボックスの内部から一切の音が消えた。そして次の瞬間……
消えろ、キエロナツコ、消えろ、キエロ、キエロナツコ、キエロナツコ、キエロキエロキエロキエロキエロきえろ、キエロキエロきえろ消えろきえろきえろキエロ…‥‥‼
「……ぐっ、ぅ……‼」
受話器から聞こえた悍ましい声が小さな四方形の中反響する。潰れた喉から呪いのように言葉を吐き出すそれは、絶えず夏子さんに叫びつづける。その声に反響するように烏たちが一斉に鳴き始める。不協和音を奏でるそれらに自然とこちらの心臓も早くなり息が荒くなっていく。
「夏子さんっ……‼」
彼女の様子を見れば受話器を握りしめて俯いていた。その肩は震えており、小さく何かを呟いていた。
「……分かった、からっ……」
そして勢いよく顔を上げると同時に、受話器に向って叫んだ。
「分かったから、早くスマホのパスワード教えてってば‼データ消せないじゃん‼」
彼女がそう叫んだ瞬間、再びボックスの中に静寂が戻って来る。そしてしばらくするとノイズ音が再び鳴り、やがてクリアな音声が聞こえて来る。
『あー、ごめん……取り乱したわ』
「もう、お姉ちゃんったら……せっかくスマホ持って来てあげたのに意味ないじゃない‼」
『ごめんごめん……事故った時ちょっとパニックになったみたいでさー』
「いや、気持ちわかるけどね……自作の同人誌親に読まれたくないもん。だからこそどっちか死んだらパソコンとスマホのデータ親に見つかる前に消すって約束したし」
『ほんっと、持つべきものはオタクの妹だわ‼あ、パスワードだけど……』
夏子と姉の春子は昔から仲の良い姉妹だった。服の趣味も好きな食べ物も嫌いな食べ物も同じだった。そして何より、好きな漫画とアニメも同じでハマるタイミングも同時なため推し活を共に行えるのがとても幸せだった。夏子は漫画を、春子は小説を投稿サイトに上げており共にBLの合同誌を出した事もあったのだ。
しかしクラスメイトや親には自分達の趣味を打ち明けてはおらず、彼女達にとっては互いだけが唯一の同士で会った。それもそのはず、この村は田舎だ。一人にバレればすぐに噂は広がり、あっという間に好きなジャンルから書いた本の内容まで伝わるであろう。
だからこそどちらかが死した場合には互いの名誉のために証拠隠滅を図ろうと約束したのだ。実は先日親から姉のスマホを携帯会社に持って行き解約する前に家族で撮った写真などのデータを取り出そうと言う話を聞いたのだ。
神絵師さんのあはんうふんなイラストから夏子の書いた同人誌の表紙、春子の書いたコピー本の内容、無配ペーパーの見本など見られてはいけないあれやこれやがたくさん入った宝箱の開封を防ぐべく、夏子は此処までやって来たのだ。
『ウイッターで亡くなった事のお知らせとか頼んでいい?』
「うん、投稿サイトも非公開にしとくね」
『ありがと!ホント最後まで迷惑かけますなぁ』
「まったく、いつもながら世話の掛かる姉なんだから」
『うん、ごめんね……』
「うん……」
『夏子、ほんとにありがとう』
「うんっ……」
『漫画、また描いてよ……私がいないからって筆止めんなよ』
「……ぐすっ、うん……」
『じゃあね、夏子』
ぷつん、ツー、ツー、ツー……
無機質な音の成る受話器を握りしめながら、夏子は俯き座り込んだ。僕達は涙を流す彼女の顔を見ないようにそっと離れて車に向かったのであった。
「あの電話ボックスは、霊道の真上にありましてねぇ……ああやって突然死んでしまった身内と話せることがあるんですよ」
一番初めにこの怪異に遭遇したのは村の若い男だった。出稼ぎから帰って来たら、数日前に母親が倒れそのまま帰らぬ人となった事を知ったと言う。死に目に会えなかった悲しみからこの道を歩いていると、ふとあの電話ボックスが眼に入ったと言う。
男は何故か勝手に足が電話ボックスの方へ向かい、気が付いたら扉を閉めていたのだ。そして急に呼び出し音が鳴り出し受話器を取れば、死んだはずの母親の声がした。母親曰く、この村の神様が一度だけ息子と話すことを許してくれたと言うのだ。
「昔ねぇ……あの電話ボックスが立っていた場所には、小さなお社があったんですよ」
もう何十年も前に土砂で埋まったそこには古い社があった。何時の時代に建てられたのかは誰も把握していなかったが、村の人々は通るたびに手を合わせ供え物をしていた。
土砂で埋まってしまった時には、新しい場所に社を立て直したと言う。
「だが、神さまはやはりあそこがよかったんでしょうねぇ……今ではあの電話ボックスを家にしてなさるようだ」
「なるほど……昔から良くしてくれた村人への神様なりの恩返しって訳か」
「ええ……我々村の住人は土の下から見守って下さる神様への感謝を忘れず、電話ボックスの手入れを当番制にして綺麗にしたり、供え物をしたりとしておりました」
しかし、そこまで話した村長は重いため息を付いて眉間に皺を寄せた。
「……電話ボックスを設置した通信会社からねぇ……利用者も少ない上に必要性を感じないので撤去をしたいと言われまして」
「なるほど、スマホの普及で田舎でも連絡手段には困らなくなりましたからね……」
「村一丸となって嘆願書を会社に送ったのですが、良い返事は貰えず……その上最近は噂を聴きつけた輩が乱暴に電話ボックスを扱ったり、周りにゴミを捨てたりとほとほと困り果てておりまして……」
聴けば電話ボックスにある大きなヒビは最近出来たもので、死者と話せると噂を聞いた若者が電話ボックスの中に入ったものの、特に何も起こらなかったため腹を立てて八つ当たりしたせいで出来たらしい。
「なるほど、それで僕達を呼んだんですね」
「ええ……あなた達なら……【怪異記録保護活動課】の方々でしたら何とかしてくれるのではと」
僕達の所属している【怪異記録保護活動課】では、人々の暮らしに根付いた害のない怪異を記録し、その内容が有用なものな場合国で保護する活動を行っているのだ。昔からこの日本では伝承やおとぎ話だけでなく、人々の生活に寄り添うようにして存在する怪異達がいる。
そんな彼らを過去の物としないために保護や補助をするために僕達は働いている。
有名なもので言えば武家屋敷に憑りついた【ぬりかべ】や古民家に住み着く【座敷童】などがある。彼らの居るを建物ごと国の管理下に置き、保護をしているのだ。
年月による風化、オカルトを信じなくなった現代人、そして存在の善悪に関わらず売名のために怪異を滅しようとする霊能力者などと日々戦いを繰り広げている。
「後日詳しい調査をもう一度行いますが、危険性も感じられないためおそらく申請は通ると思います」
「安心してください、ここの神様と村の人々のためにこの電話ボックスは撤去させません」
谷口と僕がそう言うと、村長は涙を流して喜び何度も頭を下げてくれた。
後日、僕達が派遣した調査員たちにより再度安全性が確かめられた電話ボックスは通信会社から国に所有権が移った。そして【怪異記録保護活動課】の保護課にあるという印に、マスコットキャラクターである怪異のカイちゃんの描かれたシールが電話ボックスに張られる事となった。このシールの張っている建物に対して破壊行為などを行った場合は、見つかり次第警察へと引き渡される。割れた窓ガラスは補修され、電話ボックスの風化を防ぐために簡易的な屋根も設置される事となった。
今夜もまた誰かが、大切な人との優しい別れを小さな箱の中でしているのかもしれない。
【死者と話せる電話ボックス】
所在地 Y県H市 旧道沿い
危険度 ★
有用性 ★★★
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