第三話:狙い定めて

「はあああああああぁぁぁぁあああ!!」

 最初の動き――初動を仕掛けてきたのは他でもない未悠さんでした。未悠さんはその華奢な体を各部にあるスラスターユニットを使って直径一キロ――現在は三対七で区分けされているので七百メートルある――あるホールをジグザグに動くと、あっという間に舞弥さんに接近、そこから両腕のブレードで剣戟を繰り出してきます。

「くっ……!」

 舞弥さんはその剣戟を、苦しい表情を浮かべながらもしっかりといなしていきます。

「……」

 私はその光景に見惚れていると

[警告――『ブラウ・クリンケ』の接近を確認。回避を提案します。]

 という警告ウィンドウと、ヴゥヴゥヴゥ!! とバイブレーターにも似た指向性音声が鳴り響く、刹那

「――ッ!」

 ブラウ・クリンケ――沙姫さんが文字通り”降って”きました――おそらく私がよそ見をしていた隙に上昇し、勢いをつけて急襲しようと考えたのでしょうか。私は提案通り回避をするためスラスターを前方に吹かし逆加速、沙姫さんを回避することに成功すると、私は次にスラスターを後方に吹かし減速。途端に胃の内容物が込み上がってくるような感覚――急制動によるGがかかります。

(私の初手の相手は沙姫さんね……!)

 そう認識すると同時に姿勢を制御し、大太刀を両手でしっかりと握ります。そして――

「はぁッ……!」

 そう言い放つと、私は構えながら眼前のブラウ・クリンケ――沙姫さんのフレームに向かってスラスターを吹かし、接近。

 沙姫さんはその間に右手に光学ライフル銃を装備。構えると同時に多数の光条が降り注ぎます。

(一発は当たる……でもッ!)

 ウィンドウに表示されたデータによると被弾する可能性は二十%、おそらく一発は当たってしまうでしょう。

(ここから機体制動をかけて回転……削ぎます……!)

 案の定、チッ!と機体の右脚を光条がかすめ、後方の薄い膜――隔離結界に当たったかと思うとビシュウゥン……! と音を立て、次の瞬間には霧散してなくなりました。


 ――これこそが、この薄い膜の性質です。この膜はフレームに使用される防御機構 《プロテクター》の性質を改良したもので、私の《嗣薙》のような物理兵器や沙姫さんの先程のライフル弾のような光学兵器を無効化することができます――


(いける……! 一撃目……!)

 私は先に思考した機動をして沙姫さんの後ろを取ると、大太刀――《嗣薙》を筋力補助システムの出力に任せて振り、《プロテクター》に到達すると、私は腰を捻り、右側のスラスターだけを一瞬だけ吹かし《プロテクター》を”削ぎ”ます。

 ギャリリッ!っと金属を引っ掻くような音がすると同時に半透明の薄いハニカム模様の膜が現れ――これが《プロテクター》です――、表面に削いだ跡を帯びさせながらまた透明に戻っていきました。

「――ッ! ……浅い……!」

「……」

 その徐々に透明に、且つ元の形に戻っていく《プロテクター》をよく見ると、”表面しか”削れていませんでした。

《プロテクター》はフレームの内部動力機関の出力に合わせて硬度が変わるので、沙姫さんのフレーム《ブラウ・クリンケ》は《プロテクター》の防御力が高いことが解ります。

 私は余った遠心力を利用して回し蹴りを繰り出した直後、前方にスラスターを吹かして後方に移動します。

 回し蹴りは案の定というべきか、未悠さんの《プロテクター》に深くは入らず浅くヒットしただけのため少しのけぞるだけで終わってしまいます。

(もっと…もっと食い込ませてから削がないと…!)

 前回の模擬戦では、連撃で牽制しつつ隙を見て削ぐという戦法をしていましたが、今回も通用するかはわかりません。


 ふと舞弥さんを見やると、彼女はそのマスケット銃のように突出した銃身を持った黒いライフル銃――確か殻断からたちという名前――を構え、未悠さんは逆に白に塗装された突撃銃アサルトライフルを構え、それぞれ空中とホール底部――地面を高速で移動しながら射撃戦を繰り広げていました。

 すると突然

[警告! ――『ブラウ・クリンケ』が接近――]

「……油断は大敵」

「――ッ!」

 先程のような警告音が鳴ると同時に沙姫さんが急接近――両手にはいつ展開したのか、短刀が器用に六本、握られていました。

「……」

 沙姫さんは無言で肉薄してくると、くるくるとその六本の短刀をまるで大道芸のパフォーマンスのように駆使し、剣戟を繰り出してきます。

「ぐ……!」

「……もらった」

 大振りな私の大太刀――嗣薙しなぎでは沙姫さんの六本の短刀をいなしきることは当然できるはずもなく、次第に《プロテクター》のエネルギーが、一パーセント…二パーセントと徐々に減っていき、気がついたときには残りの残量が八十パーセントを切っていました。

(ダメ…これじゃ一方的ジリ貧じゃない…!)

 文字通りジリ貧なこの状況を打開すべく、私は大太刀で沙姫さんの計六本のナイフを出来る限りいなしながら前方にスラスターを吹かし、六本の短刀のうち宙に舞っていた四本を落とさせるファンブルさせると、右半身のスラスターの出力を高め、それで得た遠心力を利用して強烈な蹴りを沙姫さんに浴びせます。

「ぐっ……」

 っと、まるで等速直線運動の如く一直線に吹き飛ぶ沙姫さん。無防備だったので、おそらく《プロテクター》は作動していなかったでしょう。私は

(ごめんなさい……!)

 と、心の中で謝罪します。




 ◆




「足癖が悪いな……なんとかならないのかあれは……」

 と半ば呆れ顔でそう言うのは、桜那と舞弥の在籍するクラスの担任の槇羽 綺更まきはね きさらその人だ。

 彼女は今、他の生徒と訓練機で”基本動作”と”基本戦闘”、そして”急加減速”の実技練習の休憩時間中だった。周りを見渡すと、疲れからか座り込んでいる生徒や予め持ってきたであろうエチケット袋に文字通り吐いている生徒、くたくたになりながらも水分補給をする生徒――ほぼ口に入っていないなど、まさに”ご覧の有様”だった。

 綺更は――流石歴戦の猛者もさと言うのだろうか。息切れ一つせず、訓練機を装着したまま悠然と佇んでいた。綺更は自身の右脚――義足のある位置を一瞥すると

『名瀬先生……あぁ私だ。 そちらの状況はどうだ…?』

『はいは〜い。 こっちですか〜? 皆さん必死になってますよ〜』

 と、ホールの制御室兼管制室にいる名瀬 佳代なぜ かよ――佳代との通信回線を開き、連絡を取る。

 綺更はため息混じりに

『あの足癖……名瀬先生はどう思う?』

 と、相変わらずの低いトーンの声で言うと、

『そうですね~。あの癖はなるべくなら指導したいところですが、今はその時ではないかと〜』

 と、のんびりした声で返される。

 佳代は警視庁特殊急襲部隊S   A   Tの元隊員であるため、対人戦、それも実戦となると彼女のほうが上手うわてと言えるだろう――綺更も元自衛官ではあるのだが実戦経験は皆無に等しい。

 そんな同僚に、綺更は

(”その時ではない”というと、”今は課題を自分たちで見つけさせていく”ということでいいのか……?)

 と固い考えを精一杯柔らかくしながら思惑する。理知的な性格の佳代の真意を探るのは一筋縄ではいかないが、こと人材養成においてのスキルは人一倍持っている。そのため、他の教員からの信頼も厚い。

 ――また本学校は四年制であり、残りの年月も考えるとまだ焦るときではないのかもしれない。

(それにこの前の春に二年になったばかりだからな……)

『あ、でも槇羽先生が指導したいということなら、終了後に一言添えますが〜』

『――いや、今はいいだろう。 次回の模擬戦から指導を入れていくことにする。ちょうどその時は私が担当だからな』

『解りました〜。では私は制限時間のアナウンスをしますのでこれにて〜』

『あぁ、よろしく頼む』

 ぷつんと通信を切ると、綺更は先程とは逆の方――舞弥と未悠の戦闘に目を向ける。

 二人は相変わらず、激しい射撃戦を繰り広げていた。

(そろそろ結城が接近戦に移行する頃だな…)

 そう思うと同時に結城――舞弥が両手に持っていたライフル銃――殻断からたちに変えると、手にはいつの間にか鉈のような片刃剣――欺斬あさぎりが握られ、複雑な機動をしながら接近戦に移行していった。

(結城――の末娘……””か……)

 その光景を見ながら心の中でそう感慨深く思う綺更であった。

……)




 ◆




(くっ……! 流石沙姫さん……適正レベルが高いだけある……――ッ!)

 遠心力を利用した蹴りを食らわせると、さながら等速直線運動の如く吹き飛んだ沙姫さんでしたが、地面に文字通り突き刺さると思われた刹那にスラスターを全開に吹かして体制を整え、その開いた距離を利用して射撃戦を挑んできました。

「……!」

 フレームには三半規管補助機能があるので酔ったり麻痺したりすることはありませんが、それでも酔いそうなほどに私は各部にあるスラスターを吹かし、あるいは吹かさずに慣性で移動したり、ある時は逆に吹かして減速したりと多彩な方法を取って文字通りの”弾幕”を回避していました。

 時折、チッ! と《プロテクター》をかすめる沙姫さんのライフルの光条。まるで私に武器を変更させる隙を与えないようなその銃撃は、私の神経を削らせるには十分でした。

「これじゃさっきと変わらないじゃない…!」


『は~い。 制限時間まであと三十分ですよ〜』


 突然、通信回線が開かれたと思うと、名瀬先生から残り時間を伝える通信が入ってくる。

(もうそれだけ……!?)

「なら……!」

 私は光の光条――沙姫さんの光学ライフルの射撃を避けながら意を決して武器を変更します。――途端に右腕にくる、フレームの筋力補助システムを持ってしてもズシッとくる感覚――シャーペンのペン先のような鋭利且つ長大な銃身と、クロスボウのように横にせり出た弓のような機構が特徴的なこのライフルこそ、大太刀 《嗣薙》と同じく私専用の武器――電磁投射砲、灯桐ひきりです。

 私は《灯桐》を展開すると同時に大太刀――《嗣薙》を格納クローズし、沙姫さんの光学ライフルのバッテリーが切れるのを待ちます。

(沙姫さんの光学ライフルのバッテリーの持ち弾数は確か百発だったはず…ならそろそろ…!)

 予想的中。沙姫さんの繰り出す光条の出力が落ちているのが火を見るよりも明らかになってきました。

 その間、私は避けつつ右手で灯桐を支えながら光学センサーシステムに集中し構え、射線が通るのを待ちます。

(まだ……まだよ……)

 こうしている間にもガリガリと《プロテクター》のエネルギーが削れていき、とうとう安全から安全域を超え、”普通”域――六十パーセント台に到達してしまいました。

 しかしやがて光条が徐々に止み、沙姫さんの表情が僅かに苦虫を噛み潰したかのような表情に変わります――弾、もといバッテリー切れの証左です。

 それと同時に私は光学センサーシステムから自動でスコープとリンク、各種詳細情報を組み取ると射線を計測。そして――

「――今!」

 そう言うと私は同時にスラスターユニットを前方に吹かしながら砲撃。”バシュゥゥゥン”という発射音と同時に砲弾が投射され途端に訪れる、両腕の筋力補助システムも持ってしても腕を持って行かれそうになるほどの反動。

 私はその反動を、先程から前方に吹かしているスラスターユニットの推進力で相殺すると、スラスターユニットを滞空モードに戻し、砲弾の着弾チェックを瞬間的且つ簡易的に行います。

 ――砲弾はどうやら着弾していたらしく、沙姫さんが《プロテクター》に着弾した反動で空中で大きく体制を崩します。またそれだけではなく、《プロテクター》の上部に大きな”欠け”ができています。

(命中……確認……! 次弾装填……完了! 次……! )

 着弾チェックを終えると同時に《灯桐》底部に備え付けられた発射用のバッテリーを手際よく交換。遊底ボルトをコッキングして次弾を装填し、光学センサーシステムとリンクしたスコープを用いながら二射目のタイミングを測ります。

(いける……一射目を受けた場所は早々には回復しない……!)

 《プロテクター》は”受けたダメージ部分を時間を掛けて元に戻す”性質があるため、すぐには再生しません。その為大出力の攻撃を受けた際にはそれ相応の時間を要します。

(さっき命中したのは沙姫さんから見て右前方部分の《プロテクター》…)

(命中確率は低いけど、今ならそこが有効的……直撃させれば《プロテクター》のエネルギーの大半はいける……!)

 そう考えながら私は光学センサーシステムで確認します。沙姫さんは体勢を整えると

 ”舞弥さんと未悠さんのいる方向に向かってスラスターユニットを吹かし、移動を始めました”

(えっっ!?)

 虚を突かれた私は慌てて距離を保持しつつブラウ・クリンケ――沙姫さんを追うと、既に再装填を完了したライフルを私に向けて構え、牽制するように光条を放ってきました。

 私はそれをやり過ごす為スラスターユニットを更に加速させ、複雑な機動をしながらやり過ごすと、沙姫さんの新たな攻撃目標――進行方向にいるだけなので憶測ですが――である舞弥さんと沙姫さんとの間に二発目を発射。


 バシュゥゥゥン……!!


 という轟音とともに砲弾が投射されます。

 砲弾は当然ながら空を切りますが、”沙姫さんの進路を妨害し、急停止させる”には十分でした。

(対象の急停止……確認……! ”加速をやめた”今ならいける……!)

 私は先程と同じように底部に備え付けられた発射用のバッテリーを手際よく交換。遊底ボルトをコッキングして次弾を装填し、ほんの数秒の出来事とは思えない速さで再装填を完了すると、光学センサーシステムとリンクしたスコープを用いながら迅速に狙いを定め

「……!」

 冷静に引き金を引くと、聴き慣れた凄まじい轟音とともに黒い尾を引きながら砲弾――三射目が投射されます。

 着弾からコンマ数秒、私はその冷静さを欠くことなく着弾チェックを行います。

 結果。命中、はしましたが狙った場所――先の砲撃で《プロテクター》の薄くなっている箇所――から僅かに逸れ、沙姫さんのブラウ・クリンケ、その《プロテクター》に新しい窪みを作るだけでした。しかしながら先程命中したときと同じく体勢は大きく崩れ、心なしか距離も先程よりも開けています。

(逸れた……!? でも《プロテクター》は大きく削れたはず……! 今なら……!)

 そう頭の中で思うと、私は構えている灯桐をすかさず光の粒子に格納、”再装填リロードをせず”に武装を嗣薙しなぎ――大太刀に変更し、スラスターユニットをほぼ全開に吹かして沙姫さんに向かって突進します。

[警告。左舷から複数のエネルギー反応を確認、回避を――警告! ロックされています! 警告!]

「――ッ!?」

 今まさに嗣薙のその長大な刀身を薙ごうとした刹那、ピロリロリロリロ!! という警告音と同時にエネルギー反応――ライフルの光条が横やりに降り注ぎ、私はその光条を、それまでの動作を中断させるように背中のスラスターユニットを前方に吹かして逆加速してやり過ごします。途端に鳴る警告音と右下に出る照準器十字線レティクルのマーク――敵にロックオンされているマーク――が表示されると同時に通信回線が開かれます。

『沙姫はやらせないよ!』

 通信回線が開かれると、その主――未悠さんが両二の腕にある縦長な盾から伸びたブレードを構えながら威勢良くそう言い放ちます。

(マズいわ……未悠さんの機体は”近接・中距離型”……正面戦闘じゃ勝ち目はない……!)

 未悠さんの機体――ロータス・シルトは文字通り近接戦闘と中距離戦闘に主眼をおいたフレーム。しかしながら私のフレームは近接戦闘と遠距離戦闘に特化した機体。なので懐に入りこまれると不利です。

(接近戦に移行しても、さっきみたいにジリ貧で終わるだけ……)

 近接戦闘に特化した機体と一言でいっても、所詮は大太刀と中型ブレード相当の仕込み武器――それも二刀。切れ味ならともかく取り回しでは到底未悠さんには及びません。

 ふと、光学センサーシステムを使用して沙姫さんを見やると、姿勢を制御し、ふらつきながらも目標――舞弥さんの方へとスラスターユニットを吹かし、向かっていくのが解りました。

(外見からすると沙姫さんの《プロテクター》の残存値は恐らく”警告域”か”危険域”……。仮に舞弥さんと沙姫さんが戦ってがどちらかが勝っても二対一で不利になる可能性だってある……)

 そんな事を考えているとガキン、ギャリリッと金属と金属がぶつかり、引っ掻かれる音がしたかと思い音の方角を見やると、沙姫さんは既に舞弥さんと会敵し戦闘を始めていました。

(なにか仕掛けないと……)

『――何も仕掛けないならこっちから行くよ!』

[警告『ロータス・シルト』の接近を確認――警告! ロックされています! 警告!]

「――ッ!」

 そう言い放つと同時にロータス・シルト――未悠さんがこちらに向かって、キィィィンという、フレーム特有の稼働音とスラスター音を出しながら接近してきます。

 それを私は背部にあるスラスターを前方に吹かして回避すると、未悠さんはさながらアクロバットの様な動きをしながら動作を途中で止めキャンセルし、こちらに向かってきます

 ――両腕から仕込みブレードを出しながら。

(やっぱり接近戦……!)

 私は大太刀を両手で握りしめながら、エネルギー残量を一瞬確認する。――稼働エネルギー七十五パーセント、残り推進剤約七十パーセント、《プロテクター》残存値五十五パーセント――稼働エネルギーと推進剤の残りにはまだ余裕がありますが、肝心の《プロテクター》の値が危険です。

(でも機動性ならともかく、単純な推進力ならスペック上こちらが上……!あとは隙さえあれば……!)

「ぜぁぁぁあああッッ!!」

 そう思うと同時に、複雑な機動を描きながら猛然と斬りかかってくる未悠さん。その動きは彼女の小柄な体格を表すかのように身軽で、それでいて大胆さも兼ね備える、そんな動きでした。

「ぐっ……!」

 ガキィン、キィンとあたりに響く金属と金属がぶつかる音。未悠さんの剣戟は大太刀が折れそうなくらいに重く、筋力補助システムを持ってしても身体に響きます。

(重い…!! それに距離も取れない……!)

「まだまだ行くよ!!」

 ガキィン、ギャリギャリッ!と叩きつけては鍔迫り合いを繰り広げる私と未悠さん。時折ちらつく火花がその苛烈さを物語っています。

「……!」

(重い……ッ!)

 未悠さんらしい、勢いを殺さないシンプルながらダメージ量の大きい攻撃。私は大太刀をしっかり握りしめてその攻撃を凌いでいると突然、未悠さんが片側のブレードを私の大太刀に叩きつけ


 ”ひらりと頭上を舞いました”


(え……!?)

 頭上を舞う――正確には私を起点にし、まるでバク宙をするかのごとく180度身体を切り替え、私の後ろに回ると強烈な突きを繰り出してきました。

「――ッ!」

 突きが入るとたちまち、展開している《プロテクター》に阻まれガキィン!っと弾き返される未悠さんのブレード。しかし

「――くぅッ!!」

 途端に訪れるキィーンという耳鳴り。すぐに聴覚補助機能が働いたため耳鳴りがしたのは一瞬でしたが、それでも私の動作を遅くさせるには十分でした。

「はぁぁぁぁアアアアアッッッ!!」

 スラスターユニットと弾き返された反動を利用して距離を取ると、打って変わって逆加速し、急接近する未悠さん。

「――!? ぐッッ!!」

 私は回らない頭をどうにか回して繰り出した剣戟を受け止めますが、その後次々と剣戟が《プロテクター》に降り注ぎます。


 ピピピッ


[警告。本機体の《プロテクター》残存値が四十%を切りました。装甲に攻撃が接触する可能性があります。警告――]


(――マズいわ……)

 四十パーセントを切る――即ち装甲にダメージを与えてしまう可能性があることを示唆するウィンドウが表示されると、途端に脂汗が吹き出ます。

(近接攻撃ならまだしも、中・遠距離攻撃には恐らく耐えられない…!)

「なら――ッ!」

 私は鍔迫り合いになった瞬間に背部のスラスターユニットを全開に吹かし

「――今……!」

「――!?」

 大太刀をしっかりと握りしめ、受け止めた仕込みブレードの刀身をなぞるかのような動きで受け流すパリィする

「――!!」

「うわわっ!」

 途端に体勢が崩れる未悠さん。ここでスラスターユニットの推力を右に偏るように吹かし、半回転。――そして

「はぁっ……!!」

 ガツッとロータス・シルト――未悠さんの《プロテクター》に刀身が文字通り”深く刺さる”手応え。私はそれを感じとるとともに右に偏らせた推力を更に上げ

「――!!」

 大太刀をそれで得た慣性と遠心力を用いて一気に”引き”ます

(今回は深く入った……これなら……!)

 ギャリリッ!という金属音とともに現れる強烈な火花。私はその目映い閃光を自身とフレーム――夜桜の装甲に浴びながら慣性と遠心力に任せて”削いで”いきます。

 ”削ぐ”動作を終わらせると同時に私は背中のスラスターユニットを前方に吹かし、距離を取ります。

 この間わずかコンマ数秒の瞬間でしたが、私の中では数秒にも感じられる瞬間でした。

(沙姫さんの時よりも削れてる……!)

 後ろに後退しつつ攻撃した箇所を確認――大太刀の性質上、目立つような傷痕は付きませんが、それでもはっきりわかるほどに削られていました。

 それに加えて舞弥さんとの先の戦闘もあるせいか、《プロテクター》の形成に乱れノイズが現れ始めました。

(いける……これなら……届く!!)

 私が再度攻撃を仕掛けようと大太刀を構えた刹那

『は~い。そこまでで〜す! 各専用機持ちは指定のピットに移動してくださ〜い。』

 ビーッ!! という笛の音が鳴り、名瀬先生からの通信回線が開かれると同時に”模擬戦は終了しました”。




 ◆




『お疲れ様でした〜。それではピットに戻った後、水分補給をしてから所定の位置に集まってくださ〜い』

「はぁ……ぜぇ……はぁ……」

 名瀬先生のアナウンスをバックグラウンドに、私は展開を解き、呼吸と疲労により持っていかれそうな意識を整えていました。

 首にはチョーカーが装着されています。通常のフレームは実体として残りますが、私達専用機持ちの所有するフレームは、その本体――フレームをデータに変換しこのチョーカー――ライザーに格納することが可能なのです。

 またフレームを展開中は各種システムが身体のサポートをしてくれるため平気ですが、いざ展開を解除するとそのシステムが当然機能しなくなるので疲れがどっときます――これ以外にも”ゾーン”から解除されたのもあると思いますが。

「はい、これ。良かったら飲んで? あとこれ、はい!」

「あ……ありがとうございます……」

 一緒のピットに入った親友――舞弥さんがスポーツドリンクとあらかじめもってきていたタオルを差し出してきたのでそれをありがたく受け取ります。

 舞弥さんは――筋トレをしているからでしょうか。疲労困憊というわけでもなく、でも疲れてはないようではないといった具合です。

(今日は時間切れ……)

 ふと、今日の模擬戦の結果を振り返ります。

 多対1の戦闘だったのもありますが、決着がつかなかったことには納得がいきません。

(もしあの時 《灯桐》に弾と電池パックバッテリーを装填できていたら……)

 そうすれば最低でも一射はできたかもしれないと、心のなかで悔やみます。

「あ~あ!未悠とか沙姫じゃなくて桜那”と”戦いたかったな〜!正直いつも戦ってるから変わらないって思ってたしねぇ〜!」

 突然、舞弥さんがそんなことを呟きます。

「あ、え?」

「だからさぁ〜! ……そんな顔しないで、今度多対一があったらその時は私とやろ?……それにさ」

 舞弥さんはそう言うと、まるで夜にしたことを再現するかのように、私の頬をスポーツドリンクを持っていない方の手で撫で、朝のときのように”揉んで”きました。

「そんなに深刻そうな顔してちゃ、せっかくのクールなお顔が台無しだぞー?」

「ふ、”ふあい”……(は、はい……)」

「うむ、解ればよろしい」

 そう言うと舞弥さんは揉む手を止め、私の頬を撫で下ろしながら戻すと

「さ! 戻ろ? 皆待たせちゃうとアレだし、それに先生おっかないからさ!」

 ジョーク交じりにそう言うと、足早にホール――皆と最初に集まった場所に向かっていきました。

 気がつくとさっきまで困憊だった意識は紛れたような気がします。

「私も頑張らないと……」

 そう思うと同時に、舞弥さんと同じく足早にピットをでていく私でした。




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