第二話:届かせる勢いで


 HR終了からちょうど十五分後、ホール入り口に集合した私達B組とA組は槇羽先生と合流し、指示を仰いでいました。――A組の担任副担任は別の科目の教員なのでいません。

「では各自フレームスーツに着替えてからホールに集合しろ。その後の詳細は全員が集合してから伝えるものとする」

「「「「はい!」」」」」

 指示が終わると、皆各自で――と言っても一人で動いている者やグループになって動いている者もいますが――動き始めます。それは何も彼ら・彼女たちだけではなく私達もその範疇です。

「桜那!行こ?」

「……えぇ、行きましょうか」

「――あ! 二人共みっけ! ――行こう行こう!」

「…僕も」

 舞弥さんに誘われ、その後未悠さんと沙姫さんと合流した私達も皆さんと一緒にホールの中、更衣室に向かいます。






 更衣室に向かい、着いた所でそれぞれ分かれ、個室の更衣スペースに入り着替えている最中、私は備え付けられた鏡越しにあることに気づきます。

(傷痕……また大きくなってる……)

 それは、自身の身体の至る所にある傷痕についてです。制服で見えない右脇腹から左肋骨下と右肩甲骨全体の、普段はアームカバーで隠している右手人差し指側の甲から肘にかけての火傷の痕、それが成長するにつれて大きくなっているのです。

(額の傷痕も大きくなってるかもしれないわ……これ以上大きくなったら視界の観点から前髪じゃ隠せない……)

 額――正確には額の左端から右のこめかみの下あたりにかけてある裂傷の痕――の傷痕がもし大きくなってたらバレる。そうしたら

(皆――舞弥さん達に嫌われるかもしれない……)

嫌われたら最後、もう振り向いてくれないかもしれない。最悪1年生の時みたいに独りぼっちになる可能性だってある。

ふと、この学校に入学する前の中学校時代の出来事を思い出す――あの時はゆず姉が連れ去られて、それにこの外傷のおかげで友人を失って、周りから”火傷の身体フライ・ボディ”って後ろ指を指されて――

(――いや、あの時とは違うの……! もう振り返らないって決めたのに何を今更……!)

私はそれらを忘れるようにかぶりを振ると、中断していたフレームスーツの着替えに移りますが

「んっ……あれ……?」

(キツいわ……)

ある難関に直面します――それは

(どうしよう……胸が……)

 胸、即ち胸部がまた発育していたのです。

(この前の実技まで普通にスーツに入ってくれてくれてたじゃない……!)

 そう、そうなのです。この前までは普段通りすんなり入ってくれていたスーツ――の胸部ら辺で――が入り切らずに詰まってしまっているのです。

(制服で受けるのも手かな……? ――いや、そんなことしたら単位が下がっちゃうしフレームの応答速度も鈍くなる……)

(というより、どこまで大きくなるの……?)

 この前測った時は推定Gカップ前後だったのに対し、これより大きくなっているとなると……と考えると……。

(とにかく着替えないと……!)

 個室に設けられた時計を見やると、かれこれ三分も立っていることが解ります。

 私は急ぎ足且つ慎重に着替えていきます。

時折バランスを崩しそうになりながらもなんとか着替えを完了すると、制服やショーツ類をまとめて、持ってきたバッグに入れ、個室を出ます。

(うぅ……目立ってる……)

ぎちっ、ぎちっと無理やり詰め込んだ私の双丘。その双丘は、私の弱気な心を削るには十分すぎるものでした。

それに文字通り釘付けになる女子の皆さん。

「メロン……」

と静寂の中突然誰かがいった刹那、それは始まりました。

「大玉スイカ……」

「ビーチボール……」

「バスケットボール……」

とそれ――連想ゲームが始まり、私の心が限界を迎えそうになった時

「何をしている!!遅いぞガキ共!!」

と怒声――槇羽先生の大声が聴こえると同時に連想ゲームは終了し、早々に支度を済ませてホールに向かうのでした。

「ふぅ……って落ち着いてる場合じゃないわ……!!」

舞弥さん達はとっくに移動していたらしく、影一つ見当たりません。

そう言うと私は急いでロッカーに荷物を置き、皆さんと同じく足早にその場を後にするのでした。







「ゴホン……。よし……全員揃っているな……。では今日の実技練習の内容だが、さきほどHRでも話されたと思うが今日は”基本動作”と”基本戦闘”、そしてテキスト・補習で教わったであろう”急加減速”の実技練習を行う。因みに基本動作だからといって油断していると減点をくらうからな」

 槇羽先生は続けて

「なおフレームの使用に関しては、これも話されたかと思うが、フレームとは本来戦闘や防衛で使用するものだ。使用には細心の注意を払うように。以上だ。」

「「「「「「はい!」」」」」」

「あぁそれと……」

 槇羽先生は、返事をした私達生徒の中から

「結城、呉石、如月。その四人はこの後名瀬先生と合流しろ。場所は…後方にあるガレージで構わない」

結城――舞弥さんと呉石――私、如月――沙姫さんと未悠さんはそう指名され、すぐに後方のガレージに向かいます。

(なにもガレージじゃなくても……)

因みに後方のガレージまでは走って十分以上かかります。体力向上の一環とはいえ少々きつい気もします…。




 到着。




「うだぁ〜〜……筋トレサボってたから足にクる〜…」

「はぁ……はぁ……」

「せ、先生……こ、こんにちは……」

「……」

 舞弥さん、未悠さん、私、沙姫さんと続き、私達は息苦しくなりながらも先生に挨拶をします。

ふと時刻を見ると、およそ十五分もかかっていたのが解ります。

「長距離走じゃんこんなの〜!」

名瀬先生はそんな悪態をつく舞弥さんを軽く一瞥すると同時に

「あらら……皆さんお疲れのようですが、これからが本番ですよ?」

 ふふっと、聖母のような柔和な笑みを浮かべる名瀬先生。学内で人気のある名瀬先生ですが、今日は目が笑っていません。




 しばらくして、私達が呼吸が整えられていっていることがわかると、名瀬先生は「さて…!」と言いながらパンッと両手を合わせ、続けて

「……今から何をするかと言いますと、”専用機を用いた模擬戦”をします。模擬戦のルールはおわかりですよね?」

四人で知っていると言わんばかりに頷く。

「……そうです。”先に相手のプロテクターのエネルギー残量をゼロにしたほうが勝ち”ですね。形式は……そうですね……折角ですし一対多形式にしますか。うん、そのほうが実戦に近く動けるからいいわね……そうしましょう。」

「ではそうしましょう。開始時刻は三十分後、それまでに”隔離結界”の展開を済ませておきます。みなさんはその間にフレームの展開を済ませておいてくださいね?」

「「「「はい!」」」」

 先生はそう言うと足早にその場を後にしました。

(一対多…私の機体と技量でもなんとかなるかしら…)

 私の専用機は近接と遠距離攻撃にステータス配分された機体なのでその中間の戦闘には向きません。

(ツーマンセルなら舞弥さんがそのカバーに入ってくれたけど今回はそれがない……そこをどうにかするかが問題ね…)

「いや〜一対多ね〜……機体的にはできるとは思うけど私自信ないなぁ〜」

「舞弥それでも前に同じことやったとき、普通に勝ってたじゃない?」

「僕もそう思う」

「いやあれはね――」

と舞弥さん達の声が聞こえます。

(あの時は未悠さんのフレームのプロテクターをもう一歩で壊せそうだったんだっけ……)

(届くかな……今日は……。いや、届かせる勢いでいかないとだめね……頑張らないと……!)

 すると突然、手首につけているウェアラブルデバイスから「ビーッ!」と機械音声が鳴り、「注意:隔離結界展開」というテキスト文が表示されました。――隔離結界展開の合図です。

 その合図が出た刹那、ホールの空間を立方体の形で半々で分けるように、半透明の薄い膜のようなものが現れます。――隔離結界が展開された証拠です。

「よし……じゃあ、私達も……。」

「――ですね。」

 舞弥さんにそう言われると私は気持ちを入れ直し、そしてチョーカーの側面に備え付けられたカバーをスライドさせ、中にある指紋認証システムに指を添えます。

すると、ヒィィィン…。という澄んだ音と、中性的な声の合成音声とともに、"展開が始まり"ました。

[”装着式専用半人型外骨格”〈夜桜〉起動しました。]

 先ず、私の視界の端と端に様々なインジケーターとテキストが並んだものが並べられます。

――網膜投影システム起動、各種インジケーター表示…完了。

[簡易同調値チェック……現在の同調値〈78%〉……正常範囲内……各種パラメータ……100%……正常稼働範囲内です。]

「やった……同調範囲内……」

 私の口からかすかに漏れる歓喜の声。しかしながら展開は続きます。

 身体を何かで包まれる感覚。

――プロテクター・ライフセービングシステム展開…完了。

[ユーザー認証……国立青防第一 特別養成学校防衛科2年 〈呉石 桜那〉…使用許諾確認。]

 続いて、同じく身体や背中を黒の装甲や武装が覆い、纏い、格納されていく光景

――外骨格、及び加速装置スラスターユニット装着、全武装安全装置確認…完了。

 ブウゥゥンと鈍い音がたつと同時に、各部にあるスリットから桜色の光が灯ります。

――メインシステム・各種パーツ・武装展開…完了。

「……ふぅ」

 展開が完了すると、私は”黒”を纏っていました――正確には黒い装甲に幾筋ものの桜色の光が灯らせた騎士のような出で立ちの”夜桜”は、まるで私の体に最適化フィッティングするようにかしゅっ、かしゅっと各部から圧搾音を奏でています。

右隣を見やると、舞弥さんも展開を完了し、その場で最適化するように同じくかしゅっと圧搾音を奏でていました。

(綺麗……)

 舞弥さんの専用機はまさに”白”。強いて言うなら”白騎士”という出で立ちで、鳥の羽のような推進機構が特徴的です。

「ん?もーそんなに私と立藤たちふじのこと見ないでよー」

「え……あ! ごめんなさい舞弥さん……! ……綺麗でつい……」

「綺麗……? あぁー……空弁からわきがね? いいでしょー」

 舞弥さんはそう言うと自身のフレーム――立藤の、その鳥の羽のような推進機構――空弁をまるで自分の手足のように動かし、うぃん、うぃんとアピールしてきました。

(それもそうだけど……いつ見ても綺麗……)

 舞弥さんの特徴であるミステリアス且つ背の高い外見と《立藤》の白騎士のような雰囲気も相まって、どこか触れてはいけないような、そんな感覚さえ覚えます。

「桜那もその背中のやつ、いつ見てもメッチャかっこいいよ!蝶の羽みたい!」

「え、あ……ありがとうございます……!……んっ」

 舞弥さんにそう応えると、私は背中のスラスターユニット――蝶の羽と言われた物を、彼女と同じくうぃん、うぃんと動かします。

 少々扱いづらい代物ですが、褒められると嬉しいものです。

『ちょっとー! 未悠もいること、忘れないでよー!』

『……僕も忘れないでほしい』

 すると突然空間ウィンドウが開き、バストアップ画角で表示された双子姉妹が出てきます。

双子姉妹はいつの間にか、搭載されている光学センサーで確認しないと見えないほど遠くで待機していました。

 二人共――未悠さんと沙姫さんもさながら王国騎士のような見た目で、未悠さんは両腕に装備された小型の縦長の盾のようなフォルムの装甲が特徴的な赤いフレームで、沙姫さんは背中から生えた両刃大剣クレイモアのような姿勢制御装置スタビライザーが特徴的な青いフレームです。

(二人は可愛らしいわね……)

 二人共小柄なのもあるせいか、どこかお遊戯会の衣装を着ている子供のような愛くるしさを感じさせます。

「は〜い、それでは皆さん展開完了したようなので指定のポイントに集まってくださ〜い」

 そんな事を考えていると、名瀬先生から指示が広域通信で飛んでくると同時にウィンドウが開き、3Dマップが表示され、よく見ると赤い点がピコン、ピコンと点滅しています。――場所はこのホールの空中中央部分。そこまで行くにはスラスターを吹かし、空中に浮いて移動しなければなりません。

 私と舞弥さんは周りに注意しながらスラスターを吹かし、宙に浮くと、その指定されたポイントへの移動を開始します――反対側にいる未悠さん達もそれに続きます。

 因みにフレームは私達が”動きたいイメージ”を浮かべることで動きますが、それに合わせて体も動かさないといけません。そのため、一年生時はその”基本動作”を重点的に叩き込まれます。

 所定の位置に到達すると突然”開始まで一分”と表示された空間ウィンドウが開き、途端に緊張感に包まれます。

 ”開始まで五十秒”

(これまでの模擬戦経験からすると舞弥さんは”近接・中距離型”、未悠さんも同じく”近距離・中距離型”…。 逆に沙姫さんは私と同じ”近距離・遠距離型”、それぞれ若干の偏りがある…)

 ”開始まで三十秒”

(問題はこの後”どの装備でくる”かが問題ね…)

 私がそう思った刹那、舞弥さんが両手に鉈のような見た目の片刃の剣――欺斬あさぎりという――を両腰から抜剣しました。

 それを見て焦ったのか、未悠さんも同じく両腕についた盾上のものをくるりと自動回転させ、かしょっ!っと中からブレードを展開させました。

(沙姫さんは……)

 マイペースな性格のためか解りませんが、沙姫さんは相変わらずのポーカーフェイスのまま、何も展開せず微動だにしません。

(なら……私は……)

 ”開始まで二十秒”。私は夜桜のメイン武装である、大太刀のような見た目の大剣――嗣薙しなぎを装備し、模擬戦の開始を待ちます。

 ”開始まで十秒”

(前回みたいにはいかせない……!)

(記憶を…ゆず姉を救うために私は……!)

 ”開始まで一秒”。緊張感が限界まで達した時、”模擬戦”は始まりました――







「はあああああああぁぁぁぁあああ!!」

 最初の動き――初動を仕掛けてきたのは他でもない未悠さんでした。未悠さんはその華奢な体を各部にあるスラスターユニットを使って直径一キロ――現在は三:七で区分けされているので七百メートルある――あるホールを、まるでかつての文献にあった輪舞曲ロンドのように動くと、あっという間に舞弥さんに接近、そこから両腕のブレードで剣戟を繰り出してきます。

「くっ……!」

 舞弥さんはその剣戟を、苦しい表情を浮かべながらもしっかりといなしていきます。

 私はその光景に見惚れていると

[警告――『ブラウ・クリンケ』の接近を確認。回避を提案します。]

という警告ウィンドウが出ると、刹那

「――ッ!」

 蒼青――沙姫さんが文字通り”降って”きました――おそらく私がよそ見をしていた隙に上昇し、勢いをつけて急襲しようと考えたのでしょうか。私は提案通り回避をするためスラスターを前方に吹かし逆加速、沙姫さんを回避することに成功すると、私は次にスラスターを後方に吹かし減速。途端に胃の内容物が込み上がってくるような感覚――急制動によるGがかかります。

(私の初手の相手は沙姫さんね……!)

 そう認識すると同時に姿勢を制御し、大太刀を両手でしっかりと握ります。そして――

「はぁッ……!」

 そう言い放つと、私は構えながら眼前のブラウ・クリンケ――沙姫さんのフレームに向かってスラスターを吹かし、接近。

沙姫さんはその間に右手に光学ライフル銃を装備。構えると同時に多数の光条が降り注ぎます。

(一発は当たる……でもッ!)

 ウィンドウに表示されたデータによると被弾する可能性は二十%、おそらく一発は当たってしまうでしょう。

(ここから機体制動をかけて回転……削ぎます……!)

 案の定、チッ!と機体の右脚を光条がかすめ、後方の薄い膜――隔離結界に当たったかと思うと、ビシュウゥンと霧散してなくなりました。――これこそが、この薄い膜の性質です。この膜はフレームに使用される防御機構 《プロテクター》の性質を改良したもので、実弾や沙姫さんの先程のライフル弾のような光学兵器を無効化することができます――

(いける……! 一撃目……!)

 私は先に思考した機動をして沙姫さんの後方を取ると、大太刀――嗣薙を筋力補助システムの出力に任せて振り、《プロテクター》に到達すると、私は腰を捻り、右側のスラスターだけを一瞬だけ吹かし《プロテクター》を”削ぎ”ます。

ギャリリッ!っと金属を引っ掻くような音がすると同時に半透明の薄いハニカム模様の膜が現れ――これが《プロテクター》です――、表面に削いだ跡を帯びさせながらまた透明に戻っていきました。

「――ッ! ……浅い……!」

「……」

 その徐々に透明に、且つ元の形に戻っていく《プロテクター》をよく見ると、”表面しか”削れていませんでした。

《プロテクター》はフレームの内部動力機関の出力に合わせて硬度が変わるので、沙姫さんのフレーム《ブラウ・クリンケ》は《プロテクター》の防御力が高いことが解ります。

 私は余った遠心力を利用して回し蹴りを繰り出し、終わると同時に後方に退避します。

 回し蹴りは案の定というべきか、未悠さんの《プロテクター》に深くは入らず浅くヒットしただけのため少しのけぞるだけで終わってしまいます。

(もっと…もっと食い込ませてから削がないと…!)

 前回の模擬戦では、連撃で牽制しつつ隙を見て削ぐという戦法をしていましたが、今回も通用するかはわかりません。

 ふと舞弥さんを見やると、彼女はそのマスケット銃のように突出した銃身を持った黒いライフル銃――確か殻断からたちという名前――を構え、未悠さんは逆に白に塗装された突撃銃アサルトライフルを構え、それぞれ空中とホール底部――地面を高速で移動しながら射撃戦を繰り広げていました。

 すると突然

[警告! ――『ブラウ・クリンケ』が接近――]

「……油断は大敵」

「――ッ!」

 警告音が鳴ると同時に沙姫さんが急接近――両手にはいつ展開したのか、短刀が器用に六本、握られていました。

「……」

 沙姫さんは無言で肉薄してくると、くるくるとその六本の短刀をまるで大道芸のパフォーマンスのように駆使し、剣戟を繰り出してきます。

「ぐ……!」

「……もらった」

 大振りな私の大太刀――嗣薙しなぎでは沙姫さんの六本の短刀をいなしきることは当然できるはずもなく、次第に《プロテクター》のエネルギーが、一%…二%と徐々に減っていき、気がついたときには残りの残量が八十%を切っていました。

(ダメ…これじゃ一方的ジリ貧じゃない…!)

 文字通りジリ貧なこの状況を打開すべく、私は大太刀で沙姫さんの計六本のナイフを出来る限りいなしながら前方にスラスターを吹かし、六本の短刀のうち宙に舞っていた四本を落とさせるファンブルさせると、右半身のスラスターの出力を高め、それで得た遠心力を利用して強烈な蹴りを沙姫さんに浴びせます。

「ぐっ……」

 っと、まるで等速直線運動の如く一直線に吹き飛ぶ沙姫さん。無防備だったので、おそらく《プロテクター》は作動していなかったでしょう。私は

(ごめんなさい……!)

と、心の中で謝罪した。







「足癖が悪いな……なんとかならないのかあれは……」

 と半ば呆れ顔でそう言うのは、桜那と舞弥の在籍するクラスの担任の槇羽 綺更まきはね きさらその人だ。

 彼女は今、他の生徒と訓練機で”基本動作”と”基本戦闘”、そして”急加減速”の実技練習の休憩時間中だった。周りを見渡すと、疲れからか座り込んでいる生徒や予め持ってきたであろうエチケット袋に文字通り吐いている生徒、くたくたになりながらも水分補給をする生徒――ほぼ口に入っていないなど、まさに”ご覧の有様”だった。

 綺更は――流石歴戦の猛者もさと言うのだろうか。息切れ一つせず、訓練機を装着したまま悠然と佇んでいた。綺更は自身の右脚――義足のある位置を一瞥すると

『名瀬先生……あぁ私だ。 そちらの状況はどうだ…?』

『はいは〜い。 こっちですか〜? 皆さん必死になってますよ〜』

 と、ホールの制御室兼管制室にいる名瀬 佳代なぜ かよ――佳代との通信回線を開き、連絡を取る。

 綺更はため息混じりに

『あの足癖……名瀬先生はどう思う?』

 と、相変わらずの低いトーンの声で言うと、

『そうですね~。あの癖はなるべくなら指導したいところですが、今はその時ではないかと〜』

 と、のんびりした声で返される。

 佳代は警視庁特殊急襲部隊S   A   Tの元隊員であるため、対人戦、それも実戦となると彼女のほうが上手と言えるだろう――綺更も元自衛官ではあるのだが実戦経験は皆無に等しい。

そんな同僚に、綺更は

(”その時ではない”というと、”今は自由にやらせて課題を自分たちで見つけさせていく”ということでいいのか……?)

と固い頭を精一杯柔らかくしながら思惑する。理知的な性格の佳代の真意を探るのは一筋縄ではいかないが、こと人材養成においてのスキルは人一倍持っている。そのため、他の教員からの信頼も厚い。

――また本学校は四年制であり、残りの年月も考えるとまだ焦るときではないのかもしれない。

(それにこの前の春に2年になったばかりだからな……)

『あ、でも槇羽先生が指導したいということなら、終了後に一言添えますが〜』

『あ、いや今はいいだろう。 次回の模擬戦から指導を入れていくことにする――ちょうどその時は私が担当だからな』

『解りました〜。では私は制限時間のアナウンスをしますのでこれにて〜』

『あぁ、よろしく頼む』

 ぷつんと通信を切ると、綺更は先程とは逆の方――舞弥と未悠の戦闘に目を向ける。

 二人は相変わらず、激しい射撃戦を繰り広げていた。

(そろそろ結城が接近戦に移行する頃だな…)

 そう思うと同時に結城――舞弥が両手に持っていたライフル銃――殻断からたちに変えると、手にはいつの間にか鉈のような片刃剣――欺斬あさぎりが握られ、複雑な機動をしながら接近戦に移行していった。

(結城――の末娘……””か……)

 その光景を見ながら心の中でそう感慨深く思う綺更であった。

(私にもあの時力があれば……)







(くっ……! 流石沙姫さん……適正レベルが高いだけある……――ッ!)

 遠心力を利用した蹴りを食らわせると、さながら等速直線運動の如く吹き飛んだ沙姫さんでしたが、地面に文字通り突き刺さると思われた刹那にスラスターを全開に吹かして体制を整え、その開いた距離を利用して射撃戦を挑んできました。

「……!」

 フレームには三半規管補助機能があるので酔ったり麻痺したりすることはありませんが、それでも酔いそうなほどに私は各部にあるスラスターを吹かし、あるいは吹かさずに慣性で移動したり、ある時は逆に吹かして減速したりと多彩な方法を取って文字通りの”弾幕”を回避していました。

 時折、チッ! と《プロテクター》をかすめる沙姫さんのライフルの光条。まるで私に武器を変更させる隙を与えないようなその銃撃は、私の神経を削らせるには十分でした。

「これじゃさっきと変わらないじゃない…!」

『は~い。 制限時間まであと三十分ですよ〜』

 突然、通信回線が開かれたと思うと、名瀬先生から残り時間を伝える通信が入ってくる。

(もうそれだけ……!?)

「なら……!」

 私は光の光条――沙姫さんの光学ライフルの射撃を避けながら意を決して武器を変更します。――途端に右腕にくる、フレームの筋力補助システムを持ってしてもズシッとくる感覚――シャーペンのペン先のような鋭利且つ長大な銃身と、クロスボウのように横にせり出た弓のような機構が特徴的なこのライフルこそ、大太刀 《嗣薙》と同じく私専用の武器――電磁投射砲、灯桐ひきりです。

 私は《灯桐》を展開すると同時に大太刀――《嗣薙》を格納クローズし、沙姫さんの光学ライフルのバッテリーが切れるのを待ちます。

(沙姫さんの光学ライフルのバッテリーの持ち弾数は確か百発だったはず…ならそろそろ…!)

 予想的中。沙姫さんの繰り出す光条の出力が落ちているのが火を見るよりも明らかになってきました。

 その間、私は避けつつ左手で灯桐を支えながら光学センサーシステムに集中し構え、射線が通るのを待ちます。

(まだ……まだよ……)

 こうしている間にもガリガリと《プロテクター》のエネルギーが削れていき、とうとう安全から安全域を超え、”普通”域――六十%台に到達してしまいました。

 しかしやがて光条が徐々に止み、沙姫さんの表情が僅かに苦虫を噛み潰したかのような表情に変わります――弾、もといバッテリー切れの証左です。

 それと同時に私は光学センサーシステムから自動でスコープとリンク、各種詳細情報を組み取ると射線を計測。そして――

「――今!」

 そう言うと私は同時にスラスターユニットを前方に吹かしながら砲撃。”バシュゥゥゥン”という発射音と同時に砲弾が投射され途端に訪れる、両腕の筋力補助システムも持ってしても腕を持って行かれそうになるほどの反動。

 私はその反動を、先程から前方に吹かしているスラスターユニットの推進力で相殺すると、スラスターユニットを滞空モードに戻し、砲弾の着弾チェックを瞬間的且つ簡易的に行います。

――砲弾はどうやら着弾していたらしく、沙姫さんが《プロテクター》に着弾した反動で空中で大きく体制を崩します。またそれだけではなく、《プロテクター》の上部に大きな”欠け”ができています。

(命中……確認……! 次弾装填……完了! 次……! )

 着弾チェックを終えると同時に《灯桐》底部に備え付けられた発射用のバッテリーを手際よく交換。遊底ボルトをコッキングして次弾を装填し、光学センサーシステムとリンクしたスコープを用いながら2射目のタイミングを測ります。

(いける……1射目を受けた場所は早々には回復しない……!)

 《プロテクター》は”受けたダメージ部分を時間を掛けて元に戻す”性質があるため、すぐには再生しません。その為大出力の攻撃を受けた際にはそれ相応の時間を要します。

(さっき命中したのは沙姫さんから見て右前方部分の《プロテクター》…)

(命中確率は低いけど、今ならそこが有効的……直撃させれば《プロテクター》のエネルギーの大半はいける……!)

 そう考えながら私は光学センサーシステムで確認します。沙姫さんは体勢を整えると

”舞弥さんと未悠さんのいる方向に向かってスラスターユニットを吹かし、移動を始めました”

(えっっ!?)

 虚を突かれた私は慌てて距離を保持しつつブラウ・クリンケ――沙姫さんを追うと、既に再装填を完了したライフルを私に向けて構え、牽制するように光条を放ってきました。

 私はそれをやり過ごす為スラスターユニットを更に加速させ、複雑な機動をしながらやり過ごすと、沙姫さんの新たな攻撃目標――進行方向にいるだけなので憶測ですが――である舞弥さんと沙姫さんとの間に2発目を発射。


バシュゥゥゥン……!!


という轟音とともに砲弾が投射されます。

 砲弾は当然ながら空を切りますが、”沙姫さんの進路を妨害し、急停止させる”には十分でした。

(対象の急停止……確認……! ”加速をやめた”今ならいける……!)

 私は先程と同じように底部に備え付けられた発射用のバッテリーを手際よく交換。遊底ボルトをコッキングして次弾を装填し、ほんの数秒の出来事とは思えない速さで再装填を完了すると、光学センサーシステムとリンクしたスコープを用いながら迅速に狙いを定め

「……!」

 冷静に引き金を引くと、聴き慣れた凄まじい轟音とともに黒い尾を引きながら砲弾――3射目が投射されます。

 着弾からコンマ数秒、私はその冷静さを欠くことなく着弾チェックを行います。

 結果。命中、はしましたが狙った場所――先の砲撃で《プロテクター》の薄くなっている箇所――から僅かに逸れ、沙姫さんのブラウ・クリンケ、その《プロテクター》に新しい窪みを作るだけでした。しかしながら先程命中したときと同じく体勢は大きく崩れ、心なしか距離も先程よりも開けています。

(逸れた……!? でも《プロテクター》は大きく削れたはず……! 今なら……!)

 そう頭の中で思うと、私は構えている灯桐をすかさず光の粒子に格納、”再装填リロードをせず”に武装を嗣薙しなぎ――大太刀に変更し、スラスターユニットをほぼ全開に吹かして沙姫さんに向かって突進します。

[警告。左舷から複数のエネルギー反応を確認、回避を――警告! ロックされています! 警告! ――]

「――ッ!?」

 今まさに嗣薙のその長大な刀身を薙ごうとした刹那、警告と同時にエネルギー反応――ライフルの光条が横やりに降り注ぎ、私はその光条を、それまでの動作を中断させるように背中のスラスターユニットを前方に吹かして逆加速してやり過ごします。途端に鳴る警告音と右下に出る照準器十字線レティクルのマーク――敵にロックオンされているマーク――が表示されると同時に通信回線が開かれます。

『沙姫はやらせないよ!』

 通信回線が開かれると、その主――未悠さんが両二の腕にある縦長な盾から伸びたブレードを構えながら威勢良くそう言い放ちます。

(マズいわ…未悠さんの機体は”近接・中距離型”……正面戦闘じゃ勝ち目はない……!)

 未悠さんの機体――ロータス・シルトは文字通り近接戦闘と中距離戦闘に主眼をおいたフレーム。しかしながら私のフレームは近接戦闘と遠距離戦闘に特化した機体。なので懐に入りこまれると不利です。

(接近戦に移行しても、さっきみたいにジリ貧で終わるだけ……)

 近接戦闘に特化した機体と一言でいっても、所詮は大太刀と中型ブレード相当の仕込み武器――それも二刀。切れ味ならともかく取り回しでは到底未悠さんには及びません。

 ふと、光学センサーシステムを使用して沙姫さんを見やると、姿勢を制御し、ふらつきながらも目標――舞弥さんの方へとスラスターユニットを吹かし、向かっていくのが解りました。

(外見からすると沙姫さんの《プロテクター》の残存値は恐らく”警告域”か”危険域”……。仮に舞弥さんと沙姫さんが戦ってがどちらかが勝っても二対一で不利になる可能性だってある……)

 そんな事を考えているとガキン、ギャリリッと金属と金属がぶつかり、引っ掻かれる音がしたかと思い音の方角を見やると、沙姫さんは既に舞弥さんと会敵し戦闘を始めていました。

(なにか仕掛けないと……)

『――何も仕掛けないならこっちから行くよ!』

[警告『ロータス・シルト』の接近を確認――警告! ロックされています! 警告!]

「――ッ!」

 そう言い放つと同時にロータス・シルト――未悠さんがこちらに向かって”キィィィン”という、フレーム特有のスラスター音を出しながら接近してきます。

 それを私は背部にあるスラスターを前方に吹かして回避すると、未悠さんはさながらアクロバットの様な動きをしながら動作を途中で静止キャンセルし、こちらに向かってきます

――両腕から仕込みブレードを出しながら。

(やっぱり接近戦……!)

 私は大太刀を両手で握りしめながら、エネルギー残量を一瞬確認する。――稼働エネルギー七十五%、残り推進剤約七十%、《プロテクター》残存値五十五%――稼働エネルギーと推進剤の残りにはまだ余裕がありますが、肝心の《プロテクター》の値が危険です。

(でも機動性ならともかく、単純な推進力ならスペック上こちらが上……!あとは隙さえあれば……!)

「ぜぁぁぁあああッッ!!」

 そう思うと同時に、複雑な機動を描きながら猛然と斬りかかってくる未悠さん。その動きは彼女の小柄な体格を表すかのように身軽で、それでいて大胆さも兼ね備える、そんな動きでした。

「ぐっ……!」

 ガキィン、キィンとあたりに響く金属と金属がぶつかる音。未悠さんの剣戟は大太刀が折れそうなくらいに重く、筋力補助システムを持ってしても身体に響きます。

(重い…!! それに距離も取れない…!)

「まだまだ行くよ!!」

ガキィン、ギャリギャリッ!と叩きつけては鍔迫り合いを繰り広げる私と未悠さん。時折ちらつく火花がその苛烈さを物語っています。

「……!」

(重い……ッ!)

勢いを殺さない未悠さんの攻撃。私は大太刀をしっかり握りしめてその攻撃を凌いでいました。

すると突然、未悠さんが片側のブレードを私の大太刀に叩きつけると

”宙を舞いました”

(え……!?)

宙を舞う――正確には私を起点にし、まるでバク宙をするかのごとく180度身体を切り替え、私の後ろに回ると強烈な突きを繰り出してきました。

「――ッ!」

突きが入るとたちまち、展開している《プロテクター》に阻まれガキィン!っと弾き返される未悠さんのブレード。しかし

「――くぅッ!!」

途端に訪れるキィーンという耳鳴り。すぐに聴覚補助機能が働いたため耳鳴りがしたのは一瞬でしたが、それでも私の動作を遅くさせるには十分でした。

「はァァァァアアアアアッッッ!!」

スラスターユニットと弾き返された反動を利用して距離を取ると、打って変わって逆加速し、急接近する未悠さん。

「――!? ぐッッ!!」

私は回らない頭をどうにか回して繰り出した剣戟を受け止めますが、その後次々と剣戟が《プロテクター》に降り注ぎます。

[警告。本機体の《プロテクター》残存値が四十%を切りました。装甲に攻撃が接触する可能性があります。警告――]

(――マズいわ……)

 四十%を切る――即ち装甲にダメージを与えてしまう可能性があることを示唆するウィンドウが表示されると、途端に脂汗が吹き出ます。

(近接攻撃ならまだしも、中・遠距離攻撃には恐らく耐えられない…!)

「なら――ッ!」

私は鍔迫り合いになった瞬間に背部のスラスターユニットを全開に吹かし

「――今……!」

「――!?」

大太刀をしっかりと握りしめ、受け止めた仕込みブレードの刀身をなぞるかのような動きで受け流すパリィする

「――!!」

「うわわっ!」

途端に体勢が崩れる未悠さん。ここでスラスターユニットの推力を右に偏るように吹かし、半回転。――そして

「はぁっ……!!」

ガツッとロータス・シルト――未悠さんの《プロテクター》に刀身が文字通り”深く刺さる”手応え。私はそれを感じとるとともに右に偏らせた推力を更に上げ

「――!!」

大太刀をそれで得た慣性と遠心力を用いて一気に”引き”ます

(今回は深く入った……これなら……!)

ギャリリッ!という金属音とともに現れる強烈な火花。私はその目映い閃光を自身とフレーム――夜桜の装甲に浴びながら慣性と遠心力に任せて”削いで”いきます。

”削ぐ”動作を終わらせると同時に私は背中のスラスターユニットを前方に吹かし、距離を取ります。

 この間わずかコンマ数秒の瞬間でしたが、私の中では数秒にも感じられる瞬間でした。

(沙姫さんの時よりも削れてる……!)

 後ろに後退しつつ攻撃した箇所を確認――大太刀の性質上、目立つような傷痕は付きませんが、それでもはっきりわかるほどに削られていました。

 それに加えて舞弥さんとの先の戦闘もあるせいか、《プロテクター》の形成に乱れノイズが現れ始めました。

(いける……これなら……届く!!)

私が再度攻撃を仕掛けようと大太刀を構えた刹那

『は~い。そこまでで〜す! 各専用機持ちは指定のピットに移動してくださ〜い。』

ピピーッという笛の音が鳴り、名瀬先生からの通信回線が開かれると同時に”模擬戦は終了しました”。







『お疲れ様でした〜。それではピットに戻った後、水分補給をしてから所定の位置に集まってくださ〜い』

「はぁ……ぜぇ……はぁ……」

 名瀬先生のアナウンスをバックグラウンドに、私は展開を解き、呼吸と疲労により持っていかれそうな意識を整えていました。

 首にはチョーカーが装着されています。通常のフレームは実体として残りますが、私達専用機持ちの所有するフレームは、その本体――フレームをデータに変換しこのチョーカー――ライザーに格納することが可能なのです。

またフレームを展開中は各種システムが身体のサポートをしてくれるため平気ですが、いざ展開を解除するとそのシステムが当然機能しなくなるので疲れがどっときます――これ以外にも”ゾーン”から解除されたのもあると思いますが。

「はい、これ。良かったら飲んで?」

「あ……ありがとうございます……」

 一緒のピットに入った親友――舞弥さんがスポーツドリンクを差し出してきたのでそれをありがたく受け取ります。

 舞弥さんは――筋トレをしているからでしょうか。疲労困憊というわけでもなく、でも疲れてはないようではないといった具合です。

(今日は時間切れ……)

 ふと、今日の模擬戦の結果を振り返ります。

多対1の戦闘だったのもありますが、決着がつかなかったことには納得がいきません。

(もしあの時 《灯桐》に弾と電池パックバッテリーを装填できていたら……)

そうすれば最低でも1射はできたかもしれないと、心のなかで悔やみます。

「あ~あ!未悠とか沙姫じゃなくて桜那”と”戦いたかったな〜!正直いつも戦ってるから変わらないって思ってたしねぇ〜!」

突然、舞弥さんがそんなことを呟きます。

「あ、え?」

「だからさぁ〜! ……そんな顔しないで、今度多対1があったらその時は私とやろ?……それにさ」

舞弥さんはそう言うと、まるで夜にしたことを再現するかのように、私の頬をスポーツドリンクを持っていない方の手で撫で、”揉んで”きました。

「そんなに深刻そうな顔してちゃ、せっかくのクールなお顔が台無しだぞー?」

「ふ、”ふあい”……(は、はい……)」

「うむ、解ればよろしい」

そう言うと舞弥さんは揉む手を止め、私の頬を撫で下ろしながら戻すと

「さ! 戻ろ? 皆待たせちゃうとアレだし、それに先生おっかないからさ!」

ジョーク交じりにそう言うと、足早にホール――皆と最初に集まった場所に向かっていきました。

 気がつくとさっきまで困憊だった意識は紛れたような気がします。

「私も頑張らないと……」

そう思うと同時に、舞弥さんと同じく足早にピットをでていく私でした。







「よし、全員揃ったな。ではこれにて実技練習を終わりにする。各自忘れ物がないようにするように。私からは以上だ――名瀬先生からは何か?」

「そうね……この後は午後から昼食を挟んでから座学に入りますが、昼食までまだ時間もあるので、皆さんゆっくりシャワーでも浴びてゆっくりしてくださいね?」

 実技練習が終わり、訓練機を脱ぎ、全員集合した中で槇羽先生と名瀬先生はそう言うと

「では各自着替えて自室に戻り、昼食まで待機するように――では、解散!」

槇羽先生がパンッと小気味よく両手を合わせると、魔法が解けたかのように一斉に動きだす皆さん。

「舞弥さん」

「うん」

 私達もそれにならって動きます。




着替えが終わり、ホールを出る途中、私は考え事をしてしまい男子生徒――見覚えがないので恐らくB組ではなくA組の方?にお互いの肩が当たってしまいます。

(あっ……)

「ごっ、ごめんなさいッ」

慌てて謝る私を横目に、男子生徒は

「おい、気をつけろよな””。」

「……ッ」

”ナード”――スクールカーストの中でも下の人達を指す言葉――と呼ばれ、私は怯みます。

男子生徒は怯んだ私を一瞥し

「ちっ、こんなのでも入学時の成績が良ければ”専用機持ち”になれるんだから安い、なぁ??」

と舌打ちすると同時に周りに文字通り”大声で尋ねる”男子生徒。

 周りからの返しは様々でした――聞かぬふりをする生徒、クスクスと薄笑いをする生徒、そもそもその話が入っていない生徒など――が、私の精神を削るには十分でした。

男子生徒は続けて

「噂に聞いたんだけど、君、中学時代いじめられてたらしいじゃん?何があったん?やっぱり王道の暴力とか?」

(……ッ!)

私が何も話さずにいると

「あ”? んだその眼? 何? ”専用機持っていれば男なんか怖くない”みてぇな眼だなオイ?」

「そんな……つもりじゃ……」

「ねぇ、何てこと言うの!?ただ肩が当たっただけでしょ!?」

私をカバーしようと舞弥さんがヒステリックな声を今いる隣から発します。

しかし男子生徒はその声を強引に静止し

「うるせぇな……!」

語気を強くした男子生徒のその低く、音圧の強い言葉は私のある記憶をフラッシュバックさせました――それは

「――ひっ……! お、……!!」

「あ”?」

思い出すと同時に顔が瞬時にひきつる私。その声は小さいときに家庭を支配していたお父様――父親の語気にそっくりだったのです。

途端に身体から力が抜け、その場にへたり込んでしまいます。

「あ……あぁ……」

(あぁ、この人もなんだ)

混乱しながらもそう思う私。

すると突然、パァンという小気味のいい音がし、ふわっといい香りがしたかと思うと目の前に女性の影が現れました――舞弥さんです。

「桜那に謝って?」

舞弥さんはにこやかに言うと、相手――男子生徒をその怜悧な眼で睨みます。

「――っぇなこのアマ……!」

「なんの騒ぎだ!!――おい、何してる!!」

 男子生徒が舞弥さんに対して拳を振り上げた刹那、低く切迫した声が辺りに響きます――槇羽先生です。

槇羽先生の隣にはメガネを掛けた男子生徒が――おそらく彼が知らせてくれたのでしょう――私達を指していました。

「けっ」

と男子生徒は吐き捨てると足早にその場を後にします。

「おい待て!……大丈夫か?」

槇羽先生は男子生徒を追わずこちらに向かい、私のところまでくると心配そうに訪ねてきました。

(……ッ)

「ごめんなさいっ……!」

私は半ばパニックになっている頭をどうにか使い、途中でふらつきながらもホール内から抜け出そうと試みます。

「あっ、桜那ッ!」

途中、舞弥さんの声がしましたが振り向かずにその場を後にします。




「はぁっ……はぁっ……」

 ホールの入口、その傍らの壁に体を預ける私。ホールの入口からはわらわらと生徒達が出ています。

「……ッ」

 そんな生徒達に気づかれないように身を潜めつつ、太ももにつけた小型のポーチから液体の入った小さい薬――分包を取り出し

「――んくっ」

封を切り、中に入っている液体を口にします。

(……ふぅ)

飲み終わると同時に飲み空をポーチにしまい、あたりを見渡します。

(――……誰も見てない……よね……?)

 周囲を見渡すと、ホールの傍らだからでしょうか、誰も気づくことはありませんでした。

(舞弥さんはもう行ったかしら……)

 薬の効果でようやく回ってきた頭を使って脳内の整理をしていると、先程舞弥さんの静止を振り切って出てしまったことを考え

「ごめんなさい……」

と、まるでそこに舞弥さんがいるような口調で独りちるのでした。







「あっ、桜那ッ!」

数分前、ホール内玄関に響く声。舞弥は桜那を静止させようと手を伸ばすが、その手は空振りに終わってしまう。

(どうしよう……桜那の”アレ”が他の生徒にバレたら……)

――自閉症。”ASD”と呼ばれるそれは、まさに桜那の秘密の1つであり同時に二人だけの秘密の一つでもあるのだ。

流石に教員間では配慮上共有されているとは思うものの、生徒間では当然ながら共有されてはいない――されていたらそれこそ問題だが――。その為この事がバレたら

(”いじめ”がまた……)

桜那から聞いた中学時代と同等、いやそれ以上のいじめが起きてもおかしくはない。ましてや相手は女子校生――それも思春期のピークだ。何があってもおかしくはない。

(いや、考えてる暇なんてない……桜那と会って落ち着かせないと……)

舞弥はそう思うと同時にかぶりを振り

「待って……!」

「あっ、おい、待て!」

後ろから聞こえる教員――綺更の声を無視し、舞弥は桜那が出ていった方向に足早に向かうのだった。







「はぁ……はぁ……」

その後寮内にたどり着いた私は、着くと同時に

「――なんでこんなことに……」

先程の事を思い返します。ことの発端は私が物思いにふけっていたための不注意が原因なのに、こんな大事になってしまったことが――そしてそれに加えて皆の前でパニックになってしまった……もしそれで自分がASDだとバレたら……

(――ダメよ……! 今は考えちゃだめ……!! まずは落ち着かせないと……!)

薬の効能で少しずつ落ち着いてきているとはいえ、まだ油断はできないと悟った私はすぐに考えるのを止め、深呼吸をしてから自室に向かいます。




 しばらくして

「着いた……」

 見慣れた傷痕まみれのドア、異質な木目、何処か懐かしさを覚えるそのドアの前に私は立っていました。

「舞弥さん……」

 彼女は心配してくれているでしょうか、はたまた何も感じずに普段通り過ごしているでしょうか。そんな事を考えながら恐る恐るドアを開けます。

 すると

「――桜那ッッ!!」

「――ッ!? ……!」

私を見つけるやいなや、がばっと私に覆いかぶさるようにしてハグしてくる舞弥さん。私は思いがけないその行動に素っ頓狂な声を漏らしてしまいました。

「桜那ッ――あぁ良かった……! どこに行ってたか心配したんだよ……!」

「ま、舞弥さん……! 苦しい、苦しいです……!」

ぎりぎりと強くハグをされ、すかさずとんとんっと舞弥さんの背中を軽く叩くと

「――え? あぁごめんね……!」

と力を緩めるのを感じます。

「んっ……。――舞弥さん、ごめんなさい……」

ゆっくりハグをほどくと真っ先に謝る私。

それに対して舞弥さんは

「謝るのは私の方だよ……もっと早くカバーしてればこんな事にはならなかったんだし……それに」

舞弥さんは続けて

「これで放課後の楽しみ、なくなるかもしれないし……」

「あっ……」

放課後の楽しみ――お互いの推しのアーティストの新曲を聴くということ――が、もしかしたらこの一連の騒動で舞弥さんは反省文を書かされて無しになるかもしれない、と思った私は

「ま、また今度聴けばいいじゃないですか……!」

「うっ……そうだけど……そうじゃなくて……桜那と一日でも多く一緒にいたいというか……その」

(一日でも多く私といたい? なんのことを言っているのかしら……?)

 私がそんなことを思っていると

「あ……。そ、そんなことよりさ!立ち話も何だし中入って話そ? ――ほらほら、いつもみたいに入った入った!」

「え、あっ……」

そう言うと私の手を取り、中へ誘う舞弥さん――誘うと言ってもここは私達の自室ですが――。

そして中に備え付けられている二段ベッド、その下段まで移動すると

「ここ、座って?」

 舞弥さんは下段のベッドの傍らをぽんぽんと叩くと、座るように促してきます。

私はその促しを受け、ゆっくりとそこ――下段のベッドに座ります。

(ち、近い……)

 隣同士――それもフレームを展開していない状態なので、余計に近い――の舞弥さんの容姿はミステリアスな顔立ちで、そのミステリアスな顔立ちの中でも特筆すべきは、妖艶且つ怜悧なアイラインです。

 そして今妖しげに揺れるその眼差しは、切れ長な私のアイラインの中――瞳に注がれているのでした。

「ま、舞弥さん……その……」

「んー?」

と首を傾げ、微笑するだけで微動だにしない舞弥さん。向かい合わせのこのルームメイトは学内でも屈指の美女、同性同士といえどこういった些細な行為にもどきりとさせられます。

(――私なんか……)

コンプレックスの傷痕・火傷痕、思い出したくもない父親や、先程の男子生徒にも遠回しに言われた切れ長のアイライン

(身体だって……)

――実母譲りのゆったりとした肢体。下を見ると、この学校の簡素なデザインの制服をこれでもかというほどに内側から押し上げる2つの大きな脂肪の塊が、まるで私に宣戦布告をするかのごとく強調されていました。

(――ッ)

ふと思い出す義母の一声。「醜い」と放ったあの一声は、私の心の奥深くに刺さる、一種の枷でもあります。

「――な、桜那〜? ……大丈夫?」

「――あっ……!」

途端に聴こえる落ち着いた声――舞弥さんの声。はっとして顔を上げると、そこには美女――もとい舞弥さんの顔がありました。

彼女は私の顔を見るな否や、にこっと、そのミステリアスな顔立ちにミスマッチしたな笑顔を輝かせました。

「もう、そんな顔しないの!ほら笑った笑った!」

「舞弥さん……」

「さっきも言ったでしょ〜?「そんな顔してちゃせっかくのクールなお顔が台無し」って」

「――でも……」

 すると「うぅ~ん」と唸る舞弥さん――私と彼女との間に数秒の静寂が訪れます。

 数秒後、舞弥さんはベッドの奥の方に移動すると

「じゃあさ、こっち、おいで?」

「……?えぇ……」

私は不思議そうにその促された方――ベッドの奥の方に移動します。

――すると

「きた来た……ぎゅうぅぅぅ!」

「……!? ちょ、ま、舞弥さん……!?」

急激に彼女――舞弥さんの顔が近くなると同時、ふわっと若干汗ばんだ匂いと金木犀の香りがしたかと思うと、文字通り”ハグ”をされました――今度は先程とは違い、お互い二段ベッドの下段にいるからか、嗅覚と感覚がより鋭敏に感じられます。

(〜〜〜ッ!)

私が訳も解らず赤面しながら混乱していると

「――桜那ってさ……色々大変だよね。自分のこともあるのにこんな学校にいてさ」

「……え?」

そう小声で言う舞弥さん。どういうことだろう……と私が疑問を抱いていると

「だからさ……――なんて言ったらいいのか解らないけど、困ったら私を頼って?無理にとは言わないけど、さ。」

「頼る……」

「そう、頼る。桜那の全てを支えきれるか解らないけど、私、頑張るから。だから、だからさ……」

 合間を置いて、舞弥さんは更に私を強く抱きしめ、耳元で

「(これからもずっと?)」

「――ッ!!」

――遠回しな告白。親友の衝撃の発言に思わず体が硬直してしまいます。

舞弥さんとは今を合わせたら2年の間柄、でも……

「舞弥さん……でも……」

「――知ってる。。でも、桜那をこのままにしてられない……支えたいの……ダメ?」

 同好罪――正式名称、同性好意罪。同性同士で想うと世間からバッシングを受けるだけではなく懲役刑となる、正真正銘の犯罪行為――、舞弥さんはその罪を最悪受ける覚悟で話していることがうかがえる口調で話します。

「桜那……?」

「うっ……」

 ふと顔を上げると、至近距離に舞弥さんの顔がありました。

瞳は潤み、密着する胸からは心なしか、心拍数が上がっているように感じます。

(舞弥さんのことは好き、でも……)

それはあくまでも親友としてのこと、恋愛としての感情はありません。

(私はどうしたらいいの……?)

その感情と親友から告白されたことの衝撃で心が持ちきりになる私でした。

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