青防の守り人

時雨 莉仔

第一話:破片


 ――また、夢を見ました。

 真っ赤に燃え盛る住宅街の中、私はある人を探すためにその小さい身体を精一杯走らせていました。

「ゆず姉、どこなのー!?」

 ある人――ゆず姉を探すために、私はその足を、まるで烈火のごとく燃え盛る住宅街に音を知らしめるかのように駆け抜けていきます。

 住宅街の惨状は見れたものではありませんでした。体を壁に預けて死んでいる人、倒れてけがをしている人々、倒壊寸前の建物etc……。もう何回も見た夢だけど、決して慣れないものの一つです。


 そしてある程度まで来たところで、人影が見えます。

「――ゆず姉?」

 長めのポニーテール、スラっとした長身…間違いない、ゆず姉です。

 しかし私は、その陽炎のように揺らめく人影を

(隣にだれかいる……? ……ッ!)

 何やら隣(性格には右隣)、に大柄な人影らしきものが見える、と思った刹那

「――ッ! ……っごぼっ……」

 ――吹き飛ばされました。

 末尾のセリフはその影響で自分が吐血したのだと発覚するや否や、急激に意識が遠のいていきます。

 私は薄れゆく意識の中で、その人影が手足に何かを装着していることを確認しつつ凝視します。

見た目はあちこちに推進機が搭載されていて、左腕がまるで工業用のクレーンアームのような、異質な見た目をしていました。

そしてその大きい人影の中央、ボディースーツらしきものを付けている小柄な身体から

「よし……ハイエナ小た……連れて行……けいかく……」

 と低くゆがんだ声が聞こえたと思った瞬間、”すべての景色が崩れ去り”ました。

 崩れ去っていく景色の中、その破片の一部が私にぶつかり…。


 ◆


「な……桜那さな?」

「……ッ」

 桜那――私は目が覚め、体を起こすと、そこには見慣れた寮 ――上段のベッドの寝台の裏側と、傍らにはルームメイトの姿がありました。

「大丈夫……? またいつもの夢?」

「はい……。」

 ルームメイトには事前に話してあることとはいえ、申し訳ない気持ちでいっぱいになります。

「ごめんなさい舞弥まいやさん…迷惑かけて…」

「そんなこと……それに……さ」

 ルームメイト――舞弥さんはそう言うと、私の机に立てられている幼少期の私と大人のゆず姉が映っている写真を見やり

「早く、見つかるといいね……お姉さん……」

 と心配するような声で言いました。私はその声に

「はい……」

 と、か細げな声で答えるしかありませんでした。

(そういえば…!)

 私はふと時間が気になり、壁にかけている時計を見やると、そこには[AM3:45]と記してあり、思わず

「あっ……」

 と声を漏らしてしまいました。

 それに気づいたのか、舞弥さんは口元に手をやり、ふふっと笑い

「あぁ、時間? 時間なら気にしないで? ふふっ…少しは落ち着いた?」

 そういうと舞弥さんは私の顔に手を伸ばし、頬を撫でてきました。

 舞弥さんの滑らかな肌の上から感じる温かみ…落ち着く…。

「でもちょっと眠いかも…。…こんな時間に起こすのは罪だぞ~桜那~」

 そういうと舞弥さんは、もう片方の手を私の頬に添え…むにむにっと”揉んで”きました。

「ひ、”ひょ”っとまいにゃひゃん……! (ち、ちょっと舞弥さん…!)」

「んー?聞こえないなぁ……? もっとこうしてやる…! このっ…このっ♪」

「ひょ、”ひょ”っと……やめれく”ら”はい……!」

「う~ん……柔らか……痛ッ! ~~~~~ッ!?」

 突然、舞弥さんの頭部からガスッ!! と鈍い音がたったかと思うと苦しむように悶絶します。

 驚いて音の出た方向を見やると、そこには”鬼”――もとい1人の女性教員が立っていました。

 女性教員は周りを一瞥し、その後私たちを見ると、その低いトーンの声で

「明日……正確には今日の1時限目から実習だというのに……。…何をやっているんだ馬鹿者共」

 と、注意を促してきます。しかもその左手にはタブレット端末が握られていました。おそらくそれで舞弥さんの頭を襲撃したのでしょう。

 ……それも角で。

「まったく……まだ4時前だぞ……。こんな時間に怒る身にもなってみろ……これ以上怒られたくなかったら早く寝ることだな……」

「「はい……」」

 私たちはその言葉に只々頷くしかありませんでした。




 ◆




 一連の出来事からおよそ二時間後。起床し、布団などを整えている私達のもとに、にぎやかな声がやってきます。

「おはよー!! 未悠みゆうだよ! 支度は済んで……ないね! あ、あと昨日沙姫さきがねー」

「みゆ姉、そんないっぺんに話しても、舞弥と桜那、支度中。あと僕のことは言ったら許さない」

 ――よく通る声と眠たげな声。バンッと、私たちの自室のドアが勢いよく開け放たれると同時に、双子によるこれまた勢いのある会話が繰り広げられます。

「おはようございます。沙姫さん、それに未悠さん」

「二人ともおはよー」

 私と舞弥さんはそんな、勢いのある会話を繰り広げた双子姉妹に向け挨拶を交わすと

「よし、終わった。桜那〜? どう? 終わった〜?」

「――え、あっはい! 終わりました!」

「おっけー」

 慌てて返答すると、そう言って上段のベッドから軽い身のこなしで降りてくる舞弥さん。

「じゃあ行こっ? 早く行かないと食べる時間なくなるし」

「えぇ、行きましょうか」

「もう腹ペコだよー!!」

「……僕も」

 それぞれ思うことを口にしながら、自室をあとにします。




 しばらくして、食堂のいつもの場所で朝食を摂りはじめる私達。他の生徒は、朝ということもあって顔ぶれはまちまちです。

「う~ん、美味しい!やっぱりここの朝食は最高だね〜!」

「ですね。それでいてちゃんと栄養計算もされていますし」

「ひゃなっふぇふぁ、ひょうゆうひょこふぁかりひにふるんふぁから〜(桜那ってば、そういうとこばかり気にするんだから〜)」

「みゆ姉、行儀悪いからせめて食べ終わってから喋ってほしい」

 席の立ち位置は私が奥、隣に舞弥さん、そして私の前に未悠さん、その隣に沙姫さんの順で座っています。

 ちなみに皆さんの食事メニューはそれぞれです。舞弥さんはフレンチトーストなどの軽めのもの。未悠さんと沙姫さんは少量の白米と魚系のおかず、そしてサラダが並べられています。

 そして未悠さんは、もう少しで食べ終わりそうになっており、口にはメニューのそれぞれが頬張られていて――

「……ふふっ」

 ふと、絶滅危惧種に指定されている「リス」なる小動物を思い出す私。今も口から溢れんばかりに頬張り、まさに文字通り「もごもご」している眼前の童顔かつ小柄な少女は、苦笑する私の顔を見ながら、頭に「?」マークを浮かべ、そして双子の妹の沙姫さんは対象的に、箸で掴んだ白米やおかずをその小さい口にちょうど入る大きさにしながら口へ運びつつ、黙々と食事を摂っています。

「桜那〜? 手、止まってるよ〜?」

「はっ! ――あっ! す、 すみません!」

隣りに座っている舞弥さんに促され、想像タイムを終了する私。舞弥さんは途端に出た私の言葉を聞くとふふっと笑い

「もう、桜那ったら〜! いくら未悠が可愛くても見惚れてちゃだめだぞ〜?」

「え、えぇ!?」

(見透かされてる……?!)

瞬時に未悠さんを見ると、件の彼女は、一瞬キョトンとした顔をすると同時に頬をほのかに赤くさせ

「ちょっ……や、やだなぁ! 見惚れても何も出ないよー!? ね!? 沙姫――って無視!?」

照れ隠しのつもりなのか、隣りに座っている沙姫さんに無理やり話を持っていきますが

「――シャケ……うまし……」

と、相変わらずのマイペースぶり――あるいはこの手の”フリ”に慣れているのか――で”フリ”を文字通り回避されます。

すると

「……”未確認のフレームらしきもの、西アジアにて目撃情報相次ぐ”……だって! 怖くねー?」

「でも西アジアでしょ?あそこしょっちゅう紛争してる地域だし、見間違いじゃない?」

「でもさー……」

と、私達が座っている位置の近くにある席で交わされる何気ない会話。ですがある部分が気になります。

それは――

(”未確認のフレーム”……)

それは、ここ最近増えている未確認・所属不明のフレームのこと。主に米国にて目撃情報が多いらしいですが、今回は西アジア。意外な場所ということもあってなにか引っかかりを覚えます。


キンコーン……!


すると突如辺りに響き渡る、食事の時間の終了まで五分を告げるチャイム音。

「っと……いけない……! 早くしないと”アレ”を付ける時間がなくなる……!」

途端に慌ただしくなる舞弥さん。

(確かに”アレ”は時間かかりますものね……って! そうじゃなくて!)

私達を含む一部の生徒は、とある物がないと実習などに出られません。

「え、ええ! そうですね! 皆さん、なるべく急ぎましょう!」

私は、彼女のその言葉を聞くと同時に、それまで手に持っていた食べかけの朝食――サンドイッチを口いっぱいに頬張りました。




 ◆




「――さて……と、着けますか。アレ」

「……えぇ」

食事や身支度を済ませた私達は、その後それぞれの部屋に戻り、あるものを装着する過程に入っていました。場所は私と舞弥さんの暮らす寮の自室、その隅に置かれた金庫のように重厚な縦長のロッカーの中に”それ”は入っています。

 私と舞弥さんは、その重厚なロッカーに備え付けられた指紋認証システムに親指を添えて認証を終わらせ、ロッカーを開くと、中から出てきたのは、黒色の"チョーカー"と、シルバーの"左右がチェーンで繋がれたカーフイヤリング"でした。

 ”ライザー”――そう言われている代物。これがないと私と舞弥さんは、授業――主に実習に出ることが出来ません。

 私がチョーカーを、舞弥さんがカーフイヤリングをそれぞれ付けていると

「それにしてもこれ、毎日付けるのめんどくない?……なんで訓練機貸してくれないのかなぁ……ここの先生は……」

 と悪態をつく舞弥さん

「めんどくさくても付けないと。それにこれに入ってるの、実験機といっても最新鋭機ですよ?折角研究所さんから提供してもらってるのに使わないなんてことは……」

 私はあからさまに面倒くさがる舞弥さんを嗜めると

「もー冗談だよ冗談! ……何も嫌でこのライザーを付けてる訳ではないからね。それに…さ」

言葉と表情を濁す舞弥さん。しかし次の瞬間にはいつも通りの彼女の表情に戻り

「――さて! 早く出よ?多分外で未悠達が待ってる……絶対」

と、確信を持った言葉でドアを見つめます。視線の先には、かすかに開いたドア。そこから爛々と縦に輝く二対の瞳。――上から――未悠さんと沙姫さんです。

「――ッ!?」


キイィィィ……! ガタタッ!!


「おわわっ!」

「――!」

ドアが開くと同時に部屋に文字通りなだれ込んで来る未悠さんと沙姫さん。

「だ、大丈夫ですか!?」

私はすぐに二人に駆け寄ると、怪我がないかチェックします。

「いたた……」

「みゆ姉……重い……」

各々の感情を発する眼前の双子姉妹。すると私は、あることに気づきます。

「――あ!沙姫さん…!ライザー!ライザー忘れてます…!」

そう、そうなのです。本来なら沙姫さんの右太ももについている、”ガーターリング型のライザー”がないのです。

私がそれを彼女に教えると

「みゆ姉、邪魔……」

「ちょっと待って今どくから……ってうわっ! ――もう! 急に動かないでよ沙姫ー!」

と、双子の姉である未悠さんが上に乗っかっていることもお構い無しに起き上がると

「――忘れてた。失礼失礼…とってくる。桜那、ありがとう……」

と言うと、そそくさとその場を後にし、自室に戻っていきます。

(良かった…このまま忘れてたらどうなっていたか…)

恐らくこのまま授業を受けていたら、槇羽まきはね先生に怒られていたかもしれない…。


 ――数分後。右太ももにライザーを装着した沙姫さんが戻ってきます。

「――じゃあ、行こうか」

 舞弥さんはそう言うと、まるで皆さんを先導するかのように率先して前に出ます。

(そういえばそんな時間ね……)

 昨夜のように、私は部屋にあるデジタル表記付き時計を見やると、そこには[7:59]と書いてありました。

 HR開始時刻は[8:30]。少々早い気もしますが、この寮から教室までの時間を考えると丁度良いのです。

「「「ほら、桜那〜。行くよ〜?」」」

「あ、ごめんなさい……!今行きます!」

 私は慌てて舞弥さんの隣にくっつくようにして部屋を後にしました。




 ◆




「今日さ、γガンマの新曲が期間限定で先行配信される日なんだよね〜。すごい楽しみ!」

「私も後で聴いてみてもいですか……?」

「うん!確か放課後ら辺で配信されると思うから、その時アタシと共有して聴こ!」

「音楽ね〜……。未悠最近聴かないなぁ……」

「……僕も」

「あ、じゃあ四人で聴く?」

「誘ってくれるのは嬉しいけど未悠達、委員会の仕事があるのよねえ……」

「うむ……残念」

「そっか〜……じゃぁ桜那、二人で聴こっかー」

「そうですね……二人で聴きましょうか…」

 道中、そんな他愛もない話をしています。

 朝。先々月の春に二年生になった私達は、目的地である特別養成学校に向かっていました。

 因みに”γ”とは、最近デビューしたばかりの女性アイドルユニットの名前です。

「あ、そうだ後でなっちゃんのアコギ配信も聴かないと…」

 そう言うと携帯端末スマートフォンでγに関してチェックする舞弥さん

 ”γ”のリーダーである沖上 那都目おきがみ なつめさん、愛称”なっちゃん”は趣味でアコギ――アコースティックギターを弾いており、その実力はプロにも匹敵する程なのです。

「後で桜那の聴いてるー……あの……く……くろ……」

「”黒雨くろさめ”ですね。それがどうかしたんですか?」

「あ!そう黒雨!たまには聴きたいな〜って」

 私は少々嬉しげに

「ホントですか……! 新曲こちらも出たのでぜひぜひ聴いてみてください! あとかっこいい曲もあるのでそれも聴いてもらえれば! あとはですね、この曲とかギターがかっこよくて――あ」

 あ、やってしまいました……。”自分の好きなことになると夢中になって話す”悪い癖がでてしまいました……。

「ん? どうしたの桜那?」

 舞弥さんが疑問げに聞いてくる。でも私にはその言葉は届きません。

「……ごめんなさい……」

 辛うじて出たその言葉に

「え?なんで謝るの?お互い”推し”がいるんだからさ、それに関して夢中になって話すのは当然じゃない?」

 それもそうだけど、自分だけ話すのは良くないと教わってきた、だから――

 すると突然、ふわっと金木犀きんもくせいの匂いがしたかと思うと、舞弥さんが私に”抱擁ハグ”をしてきました。

「もう、色々考えなくてもいいの。たちと喋る時くらい何も考えずに喋ろ?」

 小声で且つ素の声でそう話す舞弥さん。それに対して私は

「舞弥さん……」

 と返すしかありませんでした。

「あ! イチャコラ始まった!」

「……反則」

 とはやしたてる双子姉妹をよそに、私は舞弥さんに「……ありがとうございます」と小声で伝えると、

「い、イチャコラじゃありませんよ……!」

「そうだよー。達のこれはただの”スキンシップ”。こんくらいは普通だよ?」

 わざとらしく言う私とそれをカバーしてくれる舞弥さん。



 しばらくして



「とうちゃーく! それにしてもでっかいよねぇ……」

 学校に到着すると、真っ先に飛び込んでくるのは、校舎よりもやや高い建造物”ホール”と呼ばれる物の一部分です。

 このホールがないと私達は実技授業が行えません。

「それにいつ見てもなっっがい学校名……絶対初めて見た人覚えられないって……」

 そうつぶやく舞弥さん。

 長い学校名―”国立青防第一特別養成学校こくりつせいぼうだいいちとくべつようせいがっこう”というこの学校は、半人型外骨格、通称”フレーム”と呼ばれる、約300年前に起きた大戦争”過人戦かじんせん”の副産物として生まれた機体を扱う人材を養成する為の学校です。

「とりあえず中入ろっか。遅刻したらヤバいし……」

「うっ……ですね……」

「時間的に遅刻はないだろうけどフツーに怖いもんねぇ……特に桜那達B組は……」

「僕……あの人苦手……」

 私を含め、暗い雰囲気になる皆さん。

 私達B組の担任は、校内でも屈指の厳しさで知られています。

(まあ、厳しさの裏には”あれ”があるんだろうけど……)

 担任はかつては自衛隊の隊員だったのですが、不慮の事故で自身も大怪我を負ってしまったせいで、その教訓から厳しくしているとの声もありますが、詳細は定かではありません。

(いい人ではあるんですけど…ね…)

 正直、他の教員より辛口なのと言葉選びが悪い点を除けば、十分いい先生だと私は思います。

 私がそんなことを思っていると

「やべ、時間間に合うか……!」

「遅刻まであと……」

 という声が聞こえると同時に何人かの生徒が足早に過ぎていきます。

(……って遅刻!?)

 慌ててウェアラブルデバイスの時計機能を見ると、[8:15]と表示されていたので

 私は

「皆さん時間……!時間まずいです……!」

 と伝える。

「「「あ」」」

 と口々にそろえて言い、私達は足早にその場――校門から急いで教室へと向かうのでした。



 ◆



「な、なんとか間に合った……」

「間に合いましたね……」

「冷や汗かいた……」

「……」

 口々にそう言うと、ウェアラブルデバイスを確認します。

 確認すると、なんとか五分前に着席できそうです。

「じゃあ未悠たちはA組だから行ってくるね!」

「ここでお別れ……」

 双子姉妹はそう言うと、足早にクラス――A組に入っていきました。

「私達も入ろっか」

「えぇ」

 今私達がいる場所はC組の教室前、このままでは遅刻になってしまうので同じくそれにならってB組に入っていきます。



「舞弥〜今日も綺麗だねぇ〜」

「え〜そう〜?いつも通りだと思うけどなぁ〜?」

「舞弥!今日学食一緒に食べない?」

「あ~ごめん、今日は桜那と食べる予定だから……」

「今日はなんの香りかなぁ……くんくん」

「何もつけてないって〜……ってこら嗅ぐな〜!」

「……」

 席に座るやいなや、待ってましたとばかりに舞弥さんに寄ってくるB組の女子の皆さん。私はその隣で外の景色――私達は窓際席なのです を見、物思いにふけっていました。

(舞弥さんや未悠さん達以外に友達作らないと……)

 私にはあの双子姉妹を含めて三人しか友達しかいません。人によっては”もう十分”だという人間もいるかも知れませんが、私にとっては少ない気もするのです。

(作れるかな……)

(ダメ……”沢山友だちを作って色んな感情を知りたい”って言って由子ゆうこさんに我儘わがままを聞いてもらったのは私じゃない…)

 由子さん――義母の教えから外れた道を選んだのは他でもない私なのだ。今更何を――

 そんな事を考えていると、キンコーンと聴き慣れたチャイム音とともに女性教師――槇羽先生が入ってきました。私と皆さんは窓の景色から眼を離したり着々と席に座ったりした後、正面――槇羽先生がいる方向を向きます。

(いつ見ても痛々しい……)

 かしょん、かしょんと特有の音を立てる槇羽先生の右脚は機械化された義足になっており、右腕も長い袖だけがひらひらと舞っています。

 槇羽先生は、教壇に立つと左手に持っているタブレット端末を置きながら

「HR始めるぞ。――日直」

「起立……!……礼!」

 そう言うと今日の日直――確か西広さん――がはきはきとした声で号令をかけたので、私達もそれにならって起立礼をします。

「着席……。よし、全員揃っているかチェックするぞ。――相澤。」

「はい!」

 着席し、槇羽先生が生徒の名前を呼び確認を取っている最中、私は先程と同じように物思いにふけっていました。

(今日は実技……。)

 正直、実技は不安しかありません。急加減速に基本武装の運用方法や、さらには私達ライザー持ちに必須な機体の運用方法のおさらいなど、覚える量が多いのです。

(それでもゆず姉を救えるなら…)

 ゆず姉――杠波を、”ハイエナ”から救う事ができるなら私は……。

「いし……呉石 桜那くれいし さな!」

「はっ……はい!」

 私は慌てて上ずった声で返事をする。するとあたりからクスクスと笑いが込み上げてきます。

(うぅ……。)

 槇羽先生は冷淡な声で

「全く……”専用機持ち”がこうでは……今日は実技もあるんだからしっかりしろ…」

「はい……」

 と呆れたように言う。やってしまいました……。考えすぎると前が見えなくなるのは癖だと思いつつもついなってしまいます……私の悪い癖です……。

 ふと隣の席を見やると、舞弥さんが心配そうに見ていました。

 私は力なく座り、他の生徒の名簿呼びをしている間気まずく座っていました。



 しばらくして、すべての生徒を呼び終えた槇羽先生は

「よし……では本日の日程だが、今日の午前中はA組と合同で実技練習を行う。忘れ物には十分注意するように。また、ホール内でも再度忠告するが、フレームは戦闘や防衛で使用するものだ。訓練機とはいえど使用には十分注意するように。以上だ」

「「「「はい!」」」」」」

「あのぉ〜槇羽先生ぇ〜。」

 全員が反応する中、ひとり挙手をしてきた生徒――先程舞弥さんと話していた人の一人――がいました。

「ん?どうした?なにか不満でもあったのか?」

 と槇羽先生がそう言うと、生徒はそののんびりとした声で

「今日ってメンバーの振り分けって行わないんですかぁ〜?」

 と応える。

(確かに言ってなかったわ……)

 そう、そうなのです。本来ならこの場で言われるはずの「メンバーの振り分け」が言われていないのです。

 槇羽先生はそのつややかなショートカットの黒髪を、窓から吹く風になびかないようになでつけながら

「あぁ、今回はメンバー分けをしない。何故なら今回は合同で”基本動作”と”基本戦闘”、そしてテキスト・補習で教わったであろう”急加減速”の実技練習をするからだ」

 教室中に”えぇ〜?”や”あれゲロるからやだ〜”という声が広がる。

 槇羽先生はその言葉を半ば無視し、続けて

「しかしながらライザー……専用機持ちには、既にホールで待機している副担任の名瀬なぜ先生と共に違う練習をしてもらう。――詳細は向こうで折り入って話すものとする。以上だ。」

 という言葉で閉じる。

(違う練習?何かしら…?)

「HRは以上だ。ではこの後は各自、着替えてからホールに集合しろ。――遅れるんじゃないぞ?」

 槇羽先生はそう言うと足早に教室を出ていきました――おそらくホールの準備があるためかと思われます。

(っと…行かないと…)

 因みに槇羽先生が言っていた”ホール”まではおよそ十五分ほどかかります。なので今から向かわないと間に合いません。

「さ~〜なっ! 行こっ?」

「――ですね。今から行かないと間に合いませんし…行きましょうか」

「桜那〜!舞弥〜!!合同練習だって!一緒に行こ!」

 舞弥さんに誘われると同時に隣の教室から沙姫さんと未悠さんが現れ、嬉しそうに誘ってきます。

 未悠さんの隣では、沙姫さんが同じく嬉しそうにVサインを出していました。

 私はそんな二人にOKサインを送ると、先生と同じく足早に教室を出ていきました。

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