第16話 回想~【クエスト『猫探し』】



「御主人、あやつの居場所が特定できました。この地から北東──旅人から【迷いの森】と呼ばれている樹界に隠れているようです」


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〈家(ギルド)から北東 オッキィネ大地〉


 いつもと変わらず多忙な日々を過ごしている最中──ヘンリルからのそんな報せを受け、僕達は遥か北東の大地へと向かった。

 異世界転生してから行方知れずの家族……猫の【タマ】を迎えに行くために。ヘンリルは従えた犬系種族を通じて各地でずっと捜索をしてくれていたらしい。


 家族のみんなは仕事(クエスト)を抱えていたため、つい先日帰ってきた故に手の空いていたじいちゃんとばあちゃんが捜索を手伝ってくれることになった。


 僕達はヘンリルの背に乗り、猛特急で北東の地──迷いの森の数キロ手前まで僅か数十分でたどり着いた……までは良かったんだけど、あまりの猛スピードにより悲鳴を上げた僕の三半規管の療養のために少し休んでいた。


「はぁっ……はぁっ……」

「申し訳ありません御主人……御主人が乗り物の不得手とする事を失念しておりました……」

「シンは昔から乗り物酔いする体質じゃったからのぉ……こればかりはどうしようもないことじゃわい。恥じることはないぞい、誰しも苦手なものくらいあるわい」

「そうですよシンちゃん、ほら、酔いに効く生姜茶ができましたよ」


 皆の心遣いがとてもありがたい、けど──ジェット機よりも速いスピードのヘンリルに生身で乗って酔っただけで済んでいるのは奇跡だということを留意してほしい。


(とりあえずヘンリルの毛並みに包(くる)まってたのと『加護』の力でこの程度で済んだけど……通常だったら弾け飛んでたよ……)


 生姜茶(※厳密には生姜に似たファンタジー生薬)をすすっていると、じいちゃんが僕の手を取って手首や足首、足指のつけね辺りを揉んでくれた。


「ワシも指圧をしちゃる、内関(ないかん)外関(がいかん)築賓(ちくひん)と言ってな……これが酔いに効くんじゃよ」


 整体師のじいちゃんのマッサージ、ばあちゃんの作ってくれた生姜茶とで──僕は至福の時間を満喫した。心地良くなったおかげか……酔い気はすぐに治まり、僕達は現地人の称する【迷いの森】へと足を踏み入れた。


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〈????〉


「ほぅ、雄大な自然じゃわい。さすが北海道じゃて」

「そうですねぇ……しかし、これではタマを探すのも容易ではありませんよ……」


 現れたのは広大な生命力溢れる木々の群集、どこまでも連なる大森林──そして鬱蒼と生い茂る草葉の数々により光が遮られ……深遠の闇が創り出される様(さま)は確かにここを迷いの森と称するにはうってつけと言える。


(RPGなんかでは必ずある【迷いの森】……大自然の不思議な力で方向感覚を失わせたり、魔物や精霊とかの行く手を阻む様々な障害が待ち受けてたりするんだ……ここには一体どんなギミックが存在するのか……じいちゃん達は当然ゲームに疎いだろうし……僕がその仕掛けを解かなければ出る事も叶わなくなるかもしれない。頑張らなくっちゃ)


 とりあえず、タマの捜索のためにヘンリルの導きを頼りに僕らは奥へと進んだ。


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〈????から数十キロ地点〉


「どこまで進んでも一向に景色が変わらんわい、どうなっとるんじゃ」


 じいちゃんの言う通り、いくら歩を進めても周囲の景観が一切変化しなかった。ヘンリルに乗り、感覚的には数十キロは進んだ筈なのに。

 これは既に何らかの仕掛けに嵌(は)まっているのではないかと警戒する。

 妖術の類いか……はたまた妖精達の悪戯か……しかし、未だに魔物の一匹すら現れてはいない。それにヘンリルやじいちゃんばあちゃんまでもがそんな幻覚めいた術に引っ掛かるとは……考えにくい。


 と、思考を巡らせていた正にその時……三者が同時に一斉に同じ方向を向いた。


「御主人、なにかが凄いスピードで近づいてきます」

「えっ……タマかな!? それとも魔物かなにか!?」

「申し訳ありません……この距離からの匂いではさすがに判然としません……」

「この距離……?」

「はい、およそ750kmほど先です。御主人、警戒を」

「まだそんな距離あるの!? それは近づいて来てるって言うのかな!? 北海道から東京くらいあるんだよ!?」

「ふむ、人間のような気(ちゃくら)じゃのぅ……」

「えぇ、えぇ……この姿貌は恐らく人間でしょうねぇ……」

「じいちゃんばあちゃんもそんな超広域精密レーダー持ってるの!?」


 どうやら二人は【気】や【マナ】といった潜在力を感知できるらしかった。色々と突っ込みたいことだらけだったけど……こちらに向かっている(かも?)という人物が敵意が無いとは限らないし、そんな広域レーダーにもタマが引っ掛からないという事は闇雲に探してもしょうがないと思ったので……ひとまず、万全の体制でその人物に接触してみようと思い、黙って警戒することにした。


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-1時間後-


「御主人、そろそろ接触します」

「あ……うん」


 ようやく、その人物との邂逅を果たす時が来た。待ちくたびれた。三人が一緒にいると突然の出会いや急襲という概念は存在しないかもしれない、いい事だけれど。

 とにかく……北海道-東京の距離を一時間で来たということから推察するにただ者ではないだろう。


「安心せい、シン。なにが来てもわしらが守っちゃるわい」

「うん……」


 二人に無理はさせたくないけど……とりあえず足手まといになりかねないので僕はすぐに動けるようにだけスタンバイしておく。


 しかし、姿を現したその人物は……おおよそ敵とは思えない可愛らしく綺麗な女性だった。

 褐色肌、艶のある黒髪を結んでまとめ、両肩からおさげにして垂らしている。幼さの残るその顔にはどこかの部族が刻むような入れ墨……そして露出度の高いビキニアーマー。

 彼女は木々を伝ってきたのか、高い木の枝の上から僕らを見下ろしていた──が…………物凄く疲弊している様子だった。


「はぁっ……はぁっ…………はぁっ…………ひぃっ………ふぅぅぅっ~~~~…………すぅぅぅ~~~っ………」


 ビキニアーマーの女の子はめっちゃ疲れていた。

 まぁ………750kmを走って移動してきたんだったら普通はそうなるよね……。


「……引き返セ! コノ先は【迷いの森】……無闇に足を踏み入れれば二度と出られナイ!」


 息を整えたビキニアーマーの彼女は第一声に怒号を放った。だけどその表情は……僕達のことを心配しているように見えた。


 しかし、どうしても看過できない言葉を放った気がしたので思わず質問する。


「あ、あの……『ここから先は』って……今いるこの場所は迷いの森じゃないんですか……?」

「? ここはマダ入口のソウゲン、マヨイノモリはここカラずっと先に広がってイる大森林」


 たどたどしい言葉遣いで彼女は不思議そうにそう言った。

 この生い茂った木々の森が……まだ草原??

 ちょっと何を言ってるのかわからなかったので、僕らはヘンリルに乗って高い木の上に登って遥か遠い地平を目視する。


「………な、なにあれ……………」


 遥か遠い地平の彼方には、確かに今いるこの森が草原っていうレベルの、空すらも覆い隠している森林群が世界の終わりのように立ち並んでいた。

 もはや『森』なんてレベルじゃなく、世界を分断する『壁』だった。


「アレがカミノチへと到達せし森林群【マヨイノモリ】。ジバもヒカリもミズもなく、一度モリに入ると真っ暗闇で方向サエもわからない。そしてマヨイノモリと呼ばれているサイダイの由縁は

「………終わらないこと……?」


 神妙そうな表情をしつつ、彼女はそう言い放つ。

 やっぱり予想通り……魔法による阻害や超能力による幻、それらを扱う魔物や自然現象や精霊の悪戯なんかが冒険者の行く手を阻んだりして──


「広いカラ。カミによれば距離はおよそ150マンキロもある」

「…………………えっ?」


 ……え、ちょっと待って。

【迷いの森】って……仕掛けがあるとかそういうのじゃなくて、入ったら広すぎてってこと?

 確かに150万kmは地球約40周分くらいあるから乗り物でもない限り出られないだろうけど……そんな力技で現実的な迷いの森なの!?


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家族みんなで異世界に召喚されたんだけど皆が最強すぎて僕はヒロインみたくなってる話する? 司真 緋水銀 @kazuto0609

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