夜闇のロングスカートランナー

 ようやく俺の番だな。あれは静かな夜だった。


 俺もいい歳になって、マラソンが趣味でさ、全国のマラソン大会を回っているんだ。自慢じゃないが、そこそこの成績を収めてきたんだよ。


 おっとすまねえ、自慢話じゃなくて、怖い話をするんだったな。 俺は日課として公園の外周を走っているんだ。


 その夜は残業でいつもより遅くなってな、公園には俺一人だけだった。


 大きな公園でさ、走るには最適なんだよ。10周くらいはいつも走るんだ。


 あの夜も、いつも通り走っていたんだが、3周目くらいでふと前方に長い髪の女性が走っているのが見えたんだ。


 夜遅くに女性がいるなんて珍しいな、と感じたよ。でも、それ以上に驚いたのはその格好だ。


 地面までつく長いスカートに、萌え袖。


 まるで走るための格好じゃないんだ。それに、肘を曲げず、腕をまっすぐにしたまま、振り子のように揺らしながら走っているんだ。


「ふざけた格好だな」と心の中で思ったが、同時にどんな人なんだろうと興味がわいてきた。よくないことだが、抜き去る瞬間に顔を見てやろうと決めたんだ。


 俺はその女性に追いつこうとスピードを上げたよ。でも、追いつけなかった。俺がスピードを上げると、女性も同じようにスピードを上げてきたんだ。


 ムキになってどんどんペースを上げたんだが、それでも追いつけない。


 俺、結構走りには自信があるんだ。それなのに追いつけないなんてな。まさか、有力な女性ランナーなのか? いや、もしかしたら妙な格好をした男かもしれない。


 どっちにせよ、こんなふざけた格好と走り方には負けたくない。だから全力を尽くしたんだ。


 ただ、前を走る人の顔が見たい、その一心でね。



 心臓が破裂しそうだったよ。でも、そのおかげで距離が縮まったんだ。もう少し、もう少しで追い付ける。



 5メートル……




 3メートル……




 1メートル……




 ちょうど女性の後ろについた時、風が吹き荒れたんだ。


 ふわりと髪が広がって、俺は心臓が止まりそうだった。


 女性と目が合ったんだ。風でめくれたスカートから、つま先がこちらを向いていた。


 俺は立ちすくんだよ。


 女性は後ろ向きで走っていたんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

深夜の雑談 桃花西瓜 @momokasuika

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説