第3話 海へ

空想時代小説


 大内城の本丸に上がった政宗と小十郎は阿武隈の山並みを見ていた。

「あそこの向こうが海なのだな」

「そうでございます」

「わしはまだ海を見たことがない。一度見てみたいものだ」

「これから先、何度も見ることになりましょう」

「いや、先のためにも今見ておきたい。遠がけをするぞ」

「若殿、山の向こうは相馬の土地でござるぞ」

「わかっておる。二人だけで行くのだ」

「無茶なことを」

と言いながらも、小十郎は近くにいる黒はばき組の者へ目くばせをした。政宗と小十郎は鎧を脱いでおり、袴姿で馬にまたがった。どこかの若武者と近習という様相である。

 二人は昼前には海を見ていた。中浜という土地である。砂浜の向こうには大海。左には小さな漁村がある。右は砂浜が続き、相馬の本拠地につながっている。途中、相馬の兵と遭遇しなかったのが不思議なくらいであった。本来ならば、峠に関所があって停められるところだが、戦が終わったばかりで相馬勢は本拠地まで退いたのであろう。

「小十郎、でかいの。見渡す限りの海じゃ」

「私めも初めて見ました。波の音が心地よい音色でございます」

「嵐になれば、地獄と化すと虎哉(こさい)和尚が申しておった。この海の向こうはどうなっているのだ?」

「虎哉和尚が言うには、異国があるとのことです」

「異国とな。船でどのくらいかかるのじゃ?」

「それは虎哉和尚も存ぜぬようでしたが、船でひと月以上もかかるらしく・・」

「船でひと月とは、そんな船があるのか?」

「北前船でも5日たてば水がなくなりまする。今の日の本にはありませぬ」

「日の本にはないということは、異国にはあるのか?」

「長崎には、黒船という大きな船がまいるとのこと。その船には鬼みたいな異形の異人が乗っているとのことです」

「鬼とな? 見てみたいものだ」

「またまた、無茶なことを・・」

 後に、政宗はサンファンバウティスタ号を造り、家臣の支倉常長をスペインとローマに送るのだが、この時にイメージできたのだろうか。

 海からの帰路、峠にさしかかったところで、山賊に囲まれた。

「ずいぶん、身なりのいい若武者だの」

「そうだな。いい刀を持っているし、馬もいい。さっさと馬から降りて着ているものを捨て去り、さっさと山を下りよ」

「無礼な! この山賊ども、手討ちにしてくれる!」

小十郎が叫んだ。小十郎は馬から降り、その馬の尻をたたき、逃がした上で、政宗の前に立ちふさがった。賊は5人。周りを囲まれ、逃げ場所はない。戦わなければ脱出は不可能だ。正面の山賊が斬り込むと見せかけて、後ろの2人が政宗にかかってきた。政宗は馬首を返して、応戦しようとしたが、空ぶった。馬に乗っていては、戦いにくいと感じ、政宗も馬から降り、馬の尻をたたいた。

 政宗は小十郎と背中合わせに立って、山賊たちに立ち向かった。山賊どもは、相手の弱みをねらってくる。政宗側の2人が、まず斬りかかってきた。小十郎は政宗の手を引き、体を入れ替えた。山賊どもが一瞬ためらったところを小十郎は足払いをするように、刀を横一文字に払った。2人の山賊はうめき声をあげ倒れ込んだ。そこに、残り3人が同時に斬り込んできた。小十郎が2人の刃を受け止めたが、1人は政宗に向かっていた。

 政宗は一度は刃を受け止めたが、力の強い山賊の勢いにおされ、倒れ込んだ。そこに山賊がニヤリと笑いながら刀を振り下ろそうとした。政宗、絶対絶命の危機である。が、その山賊の表情が一瞬に苦悶に変わった。刀は力なく政宗の脇に振り下ろされた。そこで、政宗は山賊の胸に刀を突きさした。返り血が、バァッーと政宗にかかり、血まみれになった。

 政宗は初めて人を斬った興奮で、呼吸が激しくなり、肩で呼吸をしていた。倒れた山賊の背中を見ると、手裏剣が刺さっている。他の山賊どもは黒はばき組の者たちの登場で逃げていった。小十郎は、黒はばき組の者たちに追わないでいいことを指示し、政宗のところにやってきた。

「若殿、おけがは?」

「大丈夫だ。そなたこそ、けがをしているではないか」

「かすり傷でござる。それにしても、ずいぶん血をあびられましたな。近くの沢で洗いましょう」

 政宗と小十郎が沢で顔を洗っていると、黒はばき組の者が2人の馬を呼び戻してくれていた。2人は馬に乗って、大内城にもどった。そこで、父輝宗にさんざん叱られた。無事帰ってきたからいいものの、万が一の場合は死んでいたわけだから怒られるのも無理はない。特に守り役の小十郎はきびしく叱責され、10日間の謹慎および断食を命じられた。と言っても、姉喜多の方(政宗の育て役)の庵での謹慎なので、牢屋に入るわけではない。断食と言っても、粥程度の食事はでるし、水は飲めるので命にかかわることではない。ただ、政宗に謁見できないのがお互いにつらい。政宗も謹慎を命じられた。許されるまでということだったが、謹慎の場所が問題だった。

「政宗、そちは愛姫(めごひめ)のところで謹慎せよ」

と輝宗は言い渡した後、ニヤリと笑った。近習の者も笑いをこらえるのに必死の形相であった。謹慎と言っても、新妻といっしょにいろということは「子を作れ」と言っているのに等しい。政宗にとっては、これ以上ない責めであった。

 正直言って、政宗は愛姫が苦手だった。政宗の母は義姫といって、宿敵最上家から嫁いできている。かの猛将最上義光(よしあき)の妹で性格は兄そっくりの烈女であった。梵天丸と称していた幼少期の政宗はいじいじした性格で、母親から好かれていなかった。その上、疱瘡にかかり、右目の眼球がとびだす病になり、母親はますます遠い存在になった。母親の愛情は弟小次郎に向けられたのである。

 母親のかわりになったのが、喜多である。小十郎の年の離れた姉で、輝宗の家臣鬼庭良直の娘である。良直は男子を産めない喜多の母と離縁し、別の女性と結婚し、後の茂庭綱元をもうけている。喜多の母は離縁後、神職の片倉家の後妻に入り、そこで小十郎を産んだのである。

 喜多の方は、良直に育てられたわけではないが、血は引き継いでいる。剛毅な性格は父親ゆずりであった。こういう強い女性に囲まれていた政宗にとっては、愛姫は異質な女性であった。とにかく可愛いのである。まるで人形のような可愛さなのである。政宗は何を話したらいいかわからなくなってしまうのだった。

「政宗様、ご無事でのお帰り、おめでとうございます。初陣はいかがでしたか」

「うむ・・・・」

「お小姓の新九郎殿が見えぬようですが・・・」

「新九郎は死んだ。わしの身代わりとなって」

「そうでございましたか。影としての本懐を果たしたのですね」

と言って、手を合わせた。政宗は、おなごは人の死を聞いても涙を流さないものかと、あらためて考えさせられた。

 愛姫は、相馬の隣に位置する田村家の一人娘である。相馬勢につくか、輝宗勢につくかで家中が分かれたが最終的には輝宗勢に嫁いだのである。田村家は、坂上田村麻呂の末裔で、将軍の子孫ということでプライドが高く、また生活も京風であった。そのためか、愛姫は武家の娘に見えなかった。それで、政宗は愛姫と床をいっしょにすることは少なく、子を授かったのは13年後の政宗26才、愛姫25才の時である。

ちなみに政宗の長子、秀宗は24才の時に生まれている。相手は側室の村田の方、家臣の娘で猫御前と呼ばれていた女性である。


「ところで、政宗様、謹慎の身となったと聞きましたが・・・」

「うむ、小十郎と遠がけに出かけた際に、山賊におうてな。危うく死にかけた」

「まあ、なんと。大変だったではありませんか。さては、大殿に内緒ででかけられましたな」

「海を見たかったのだ。父に言ったとて、許しはでん」

「海を見られたのですか。私も見とうございました」

「これから何度も見せてやる」

数十年後、愛姫の墓所は、政宗とは別に、海の見える松島に建てられた。自由のきかぬ大名の正室としては、亡くなった後は好きなところに眠りたかったのかもしれない。

「政宗様、謹慎中ならば愛(めご)といっしょにいられるのですね」

「それが父の命じゃ」

「うれしい。それでは初めに貝合わせをしましょう」

と言って、棚から貝合わせの一式を取り出した。まだ12才の娘なのである。政宗はしぶしぶ誘いに従った。こういう日々が何日続くのやら・・・弓や遠がけをしたいと心から思う政宗であった。

 

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異説 政宗、初陣 飛鳥 竜二 @taryuji

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