第10話:いらっしゃい、新ちゃん。
一週間後、林檎さんはマンションを引き払って島根県へ帰って行った。
僕は駅まで、林檎さんを見送りに言った。
遠距離恋愛してる恋人たちの気持ちが分かった気がする。
まるで休日に遠くに住む彼女のところに遊びに行った彼氏みたいに・・・。
しばらくの別れがこんなに辛くて切ないなんて・・・。
「またすぐに会えるからね・・・じゃ〜ね、元気でね」
そう言って林檎さんはふるさとに帰って言った。
その後、僕は、店「だいこん」の後継の問題を父ちゃんに話した。
林檎さんのことも・・・。
「そうか、林檎さんふるさとに帰ったのか?・・・」
「寂しくなるな・・・」
父ちゃんは他人事なのに自分のことみたいに感慨深げにそう言った。
「うん・・・島根に帰っちゃった」
「でさ、店のことなんだけど父ちゃんはどう思ってる?」
「将来、僕にだいこんを継いで欲しい?」
「・・・その前に、おまえ島根に行きたいんだろ?」
「そりゃね、遠距離なんかしたくないからね」
「もしおまえが行ったとしたらだ・・・旅館の主人になるってことだぞ」
「そうだね、林檎さんと一緒になったらそうなるね」
「じゃ〜俺んちの店は継げねえよな」
「ひとつ聞くけど・・・おまえ俺の店継いで、なんのわだかまりもなく
ニコニコ笑って客の相手できるのか? 」
「できないと思う・・・もし将来僕が店を継いでるとしたら僕は林檎さんと
別れてるってことだからね、 そんなことになったら僕はずっと後悔し続ける
と思う ・・・。
「だったら答え出てんじゃねえかよ」
「俺だって無理やり自分の息子に、どうしても後を継がせるつもりはねえよ」
「俺と女房の代で終わったっていいんだ・・・どだい息子に後を継がそうなんて
虫が良すぎるってもんだよ」
「それって負け惜しみ?・・・開き直り?」
「僕は店を継ぐのがイヤって言ってるわけじゃないんだよ」
「分かってるよ」
「だけど、彼女を追って行きたいんだろうが?」
「そりゃね」
「行きゃあいいだろ」
「ただし高校はちゃんと卒業しろよ 」
「学歴ってなあ、林檎さんに追い出された時、仕事にありつくために役に立つ
からな・・・」
「追い出されたらって・・・」
「旅館の主人なんて女将のヒモみたいなもんだだろうが?」
「なんてたってメインは女将だもんな・・・主人なんていてもいなくても
どっちでもいいだろ?」
「だから、ヒモみたいなことしてたら追い出されるって言ってんだよ」
「ヒモなんかになるかよ・・・ったく」
このことは母ちゃんにも話した。
「父ちゃんがいいって言うんなら私は何もいうことないよ」って、言われた。
「ちゃんと高校卒業しなよってことも・・・」
僕は父ちゃんと母ちゃんに改めて頭を下げた。
そして高校を卒業したら島根県へ行くことを許してもらった。
半年とちょっと・・・そして僕はついに高校を卒業した。
その間、林檎さんから毎日かかさずLINEが届いていた。
時には、話もした。
旅館は順調よく経営してるって話だった。
でも新米女将は悪戦苦闘・・・もろもろ慣れるまでは大変そうだった。
「今更だけど OLやってったほうが楽だった」って。
僕が満を持して島根県へ旅立つ時、母ちゃんが軽トラで駅まで送ってくれた。
「気をつけて・・・林檎さんによろしく言っといて・・・」
「行ってくるね・・・向こうに着いたら連絡するから」
そして僕は今、林檎さんの待つ島根行きの列車に乗っている。
卒業までたった半年の辛抱と思っていたけど、僕にはとても長く感じた。
ようやく林檎さんに会えるんだ。
流れ行く景色を記憶に留めながら列車は少しずつ出雲の国に近づいて行った。
やがて列車は出雲大社駅って駅に止まった。
林檎さん待てってくれてるかな?・・・そう思いながら僕は列車を降り立つと、
少し離れた場所に、僕の愛しい人が・・・着物姿で立っていた。
僕は間極まって涙が溢れて林檎さんがぼやけて見えなかった。
嬉しいのに何、泣いてんだよ・・そう思ってすぐに涙をぬぐった。
「いらっしゃい、新ちゃん」
そう言って駅のホームで僕に向かって笑顔で手を振る林檎さん。
誰はばかることなく僕と林檎さんは吸い寄せられるようにハグしていた。
「林檎さん・・・ようやくです」
「ちゃんと顔見せて・・・うん、間違いなくイケメン」
「他の誰が来るんですか?」
「私、嬉しくて・・・」
そう言いながら林檎さんは、涙をぬぐった。
そして満面の笑顔で僕を見た。
この時の林檎さんの嬉しそうな表情を僕は一生忘れることはないだろう。
その美しい笑顔は一枚の写真のように僕の目に焼きついた。
おしまい。
大根と林檎のシャキシャキサラダ 猫野 尻尾 @amanotenshi
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