第9話:旅館の後継者問題。

「そういえば聞いてなかったですけど、林檎さんの故郷ってどこですか?」


「島根県・・・私の実家は出雲大社の近所で「朋翠苑ほうすいえん」って

旅館を営んでるの」


「島根県ですか・・・宍道湖ですよね・・・しじみ汁美味そう」


「そうだ・・・今度、新ちゃんを実家にご招待しようかな」


「いいですね・・・林檎さんの故郷見てみたいです」


「じゃ〜今度ね・・・たくさんお休みが取れた時にでも行こうか」


「楽しみにしてます・・・」


「あの・・・ところで僕へたっぴだったですよね、ごめんなさい・・・」


「え?・・・へたっぴ・・・なんのこと言ってるの?」


「エッチです」


「ああ・・・唐突に言うからなに?って思ったじゃん」

「そんなこと気にしてたの?・・・でもね最初は誰でもそんなもんだよ」

「最初っから車の運転上手にできる人なんかいないでしょ」


「そうですけど・・・」


「大丈夫よ・・・私が教えてあげるから・・・」


「僕、上手くなりますから」


「おバカさんね・・・」


それでも僕と林檎さんの関係はぎこちない体の関係以上に精神的に

結びついてるんだと思った。

だから平和は続くと思っていた・・・。


ところが・・・林檎さんの実家で問題が持ち上がった。


実家の旅館の後継者問題。

現在の旅館のご主人、つまり林檎さんのお父さん、実は体を壊していて、

いまはほとんと旅館の仕事はできなくなっていて、その上女将、林檎さんの

お母さんも、そろそろ持病の腰痛が悪化して、旅館の維持ができなく

なったんだそうだ。


そこで兄弟のうち誰かが旅館を継がなければという話が持ち上がった。


林檎さんちの兄弟は三人で、林檎さんの上に兄がふたりいるらしいんだけど、

その兄ふたりが旅館相続を放棄しちゃったんだって。

ふたりともさらリーマンをしていて、家族持ちだし今更重責は負いたくない

ってのが後継を放棄した理由なんだそうだ。


ってことは唯一の独身、林檎さんが後継者ってことになるるわけで・・・

林檎さんの気持ちとしては、先祖代々続いた旅館を廃業はさせたくないって

いうのが彼女の気持ち。

だから必然的に林檎さんが旅館のオーナーになることになった。


ってことは林檎さんは今の会社を辞めて島根県に戻って旅館の女将になるって

ことだよね。


そうなると僕たちはとうぜん遠距離になるわけで、林檎さん曰く、実家の件は

無視するわけにはいかない、と・・・。

かと言って、僕に高校を辞めて、自分について来てとは言えない。

僕が天涯孤独な青年なら、島根県の高校に転校するって方法もあるんだけど・・・。


遠くに離れちゃっても僕は林檎さんと別れたくはないけど、もし遠距離なんかに

なったら、きっと疎遠になるに決まってる。

恋人同士はいつでもそばにいるからお互いを確かめ合えるし愛を育んでいけるんだ。


「新ちゃん・・・新ちゃんはいずれ「だいこん」」を継ぐ身でしょ」

「きっとお父さんもそれを望んでると思うんだ」


「だから?別れるって言うんですか?」

「どうして家のために僕たちが犠牲にならなくちゃいけないんですか?」


「違うって、誰も別れるなんて言ってない」


「新ちゃん、もうすぐ高校卒業でしょ、今よりもっと自由が効くようになるよね」

「今みたいには毎日のように会えないけど、合える機会は増えると思うの」

「だから、そんなに深刻に考えなくていいよ」

「世の中には遠く離れてても愛を育んでるカップルたくさんいるよ」


「そうですけど・・・」


「だって新ちゃん、今は学校辞めるわけにはいなかないでしょ」

「ちゃんと卒業しなきゃね」


「じゃ〜卒業したら僕も林檎さんを追いかけて島根まで行きます」


「それじゃお店(だいこん)継げないじゃない・・・」


「店なんか継ぐつもりありません」


「またそんなわがまま言って・・・ダメだよ、大人にならなきゃ」


「いつ島根に帰るんですか?」


「そうね、なるべく早い方がいいみたいだけど、会社の仕事もまだ残ってるし・・・一週間後くらい先かな」


「そうなんですね・・・帰っちゃたらもうこっちには戻ってこないんですよね」


「そうね、しばらくは忙しいと思うから、君に合えるのははメールかLINEに

なっちゃうね」


「こんな形で終わっちゃわないですよね、僕たち」


「終わったりなんかしないよ・・・私と新ちゃんの想いの大きさにかかってる

けどね・・・」

「考えてみて?、遠距離って言ったって海外とかじゃないんだよ、どうしても

会いたくなったらいつでも会えるでしょ」


「毎日連絡するから・・・」

「大丈夫・・・私は新ちゃんと別れるつもりは一ミリもないから・・・」

「君と別れたら、きっとこの先、私は君みたいな素敵な男子とは永久に巡り会えない

と思うからね・・・私はこの愛を離したくないの・・・」


「新ちゃんのこと、大好きだもん・・・愛してるよ」


「林檎さん・・・」


「だから元気出してね・・・きっといいふうになるから」

「ほら、笑って・・・そんなぶっちょう面してないで・・・」

「君の彼女、いきなりOLから旅館の女将だよ・・・びっくりだよね」


つづく。

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