あとがき・解説
【あとがき――という名の簡単な解説】
はじめましての方ははじめまして、そうではない方はいつもお世話になっております。吹井賢です。
この『次の球種は?』は、第六回こむら川小説大賞の為に書き下ろした短編です。テーマは「逆境」でした。Twitterでは、「書き終わってないソダ兄貴(※ネットの知人)を煽るために書き上げました!」とコメントしましたが(ちなみに兄貴は不戦敗でした)、本音を言うと、息抜きが半分、フォロワーの創作勢と勝負したかったがもう半分です。商業作品ばかり書いてると疲れるんですよね。
そういったわけで、いつも通りに一日で書き終えたわけですが、プロットなしの一発書きの割には面白い作品になったと思っています。
案自体は元々あって、「野球をテーマにした日常の謎を書こう」というようなものだったんですけど、『逆境』という要素を付け加えたことで、「何故か徐々に追い詰められていく天才と、それに追い縋ろうと苦しむ凡人」という二人の逆境の物語が完成しました。
物語の核心部分は単純そのもので、「実は相手ピッチャーは聴覚に疾患を持っており、それ故に読唇術が使え、監督の指示が筒抜けになっていた」です。もう少し、しっかりとした伏線を張ったり、推理パートを入れたりすると、日常の謎モノっぽくなったでしょうが、早々に真相を予想できる人も多いかな?と思ったので……(オチが分かっているのに長々と推理を見せられても退屈でしょう?)。
グラブで口元を隠すのは唇を読まれることを防ぐため、というのは、僕は『ONE OUTS』で知ったのですが(作中で氷室が触れている野球漫画もそれです)、実際のところ、どうなんでしょうね?
ここから先は完全な余談。
テーマソングはユニゾンの『crazy birthday』。野球が絡んだノリの良いナンバーですね。
今回の主人公、『氷室彗』は、吹井賢的にはお馴染みのキャラクターです。公募処女作の『ぷれかりあーと!』では、「東海の球団の次期エース、氷室」と触れられていますし、『18.44メートルの恋』に登場する「氷室ケイ」も同一人物です。彼が小学校の頃の話ですね。『笠松十四郎』も昔から考えていたキャラクターで、「氷室の対比になるキャラにしよう」という思いで作りました。だから彼の変化球は多才です。
僕は山際淳司という作家さんが大好きで、いつかああいうスポーツモノを書こう!とずっと考えていて、そして今に至るまで書けていないのですが(今回も上手くできてない)、彼等を活かす機会ができて、嬉しく思います。
少し酷い話をしてしまうと、実はこれ、かなりグロい話だったりします。
というのも、氷室は全く悪気なく、小学校の頃も現在も、「また戦いたい」と笠松に対して思っているわけですが、二人の間にはどうしようもなくらいの才能の差があって、しかも笠松の側は疾患さえ持っています。氷室の「また戦いたい」は「努力し続けろ」という意味を含んでいる。ある種、疾患や障害に全く偏見なく希望を述べているのですが、笠松側の苦労は計り知れないものがあります。
しかし、笠松が嫌がっているかと言うと、全くそんなことはありません。投げられる限りは、マウンドで投げ続けたい。それが投手という生き物だからです。それこそ、どんな逆境でも、です。それは投手の美学でもあります。
最後に、闇の評議員の皆様、ありがとうございました。
講評を纏めると、「もっとドキュメンタリー風にするか、長谷の語りにするか、どちらかがいいかも?」的な感じでしたが、前述したように、山際淳司作品風にしようとして上手くできなかった作品なので、的確なご指摘だと思います。ちなみに長谷の立ち位置は『江夏の21球』におけるノムさんです(バックネット裏から見ているチーム外の解説役)。
氷室の凄さをどれくらい描写するか(丁寧に描写した方がいいけど、書き過ぎると嫌味っぽい)とか、種明かしをどんな風にするか(最後に氷室達と笠松の会話を入れた方がいい気もするけど、語り過ぎな気もする)とか、色々考える部分はありましたが、まあ、書いてて楽しかったのでオッケーです。
この作品が、皆様の一時の楽しみになれば、それが作者にとって最高の喜びです。
それでは、吹井賢でした。
『次の球種は?』 吹井賢(ふくいけん) @sohe-1010
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