好きな製作者のために体張って勇者のモデルになっちゃう俺って異端ですか?

@hiat08

第1話 プロローグ




換気をしていない部屋はカビ臭い気がした。


カーテンはしばらく開けておらず、今日の外界に日が差しているのか、はたまた地面を覆い尽くすような大雪が降り積もっているのかも俺には分からなかった。

まあ、かろうじて、手が若干かじかんでいるのをみるに、寒い、というのは確かだ。


暗い部屋の中、俺を照らすのはパソコンモニターから与えられる光だけ。光合成でもさせたいのか、と言いたくなるような燦々としたそれの元では、ドットで描かれたドラゴンがカクカクと上下に揺れるだけのぎこちない炎を吹いていた。


“キングス・アルファ”というゲームをご存知だろうか。


まあ簡単に説明すれば、「悪の魔王からの侵略を阻止するため、勇者となり仲間と共に世界を守ろう!」というやつである。

いやほとんどのゲームってそんなもんじゃね?と思ったそこの諸君。甘いぞ。

確かに「簡単に説明」とは言ったが、本当にそれ以上のストーリーはないのだ。仲間とのサイドストーリー?そんなもんねえ!向かってくるザコ敵をひたすら倒してレベル上げをして、魔王をぶっ倒す!それだけ。


だってタイトルにもあるしね。“アルファ”って。アルファ版の“アルファ”。そういうこと。


なんでも、1人の高校生が趣味で制作しているらしく、プログラミングからキャラクター設定、BGM…その他ゲーム制作に必要な作業は全て彼1人で担っているそうだ(…ストーリーの簡潔さには目を瞑ってあげようではないか)。

曰く、「これが売れた時、金やら富やら財産やら全部俺のものにしたいから」だそうで。金のことしかねえじゃん、と聞いた当初は乾いた笑いが出たもんだが、まあ、自分が頑張って創り上げた作品の周りで、利益だけを貪ろうとする人間が争う姿なんて見たくないわな。

それを象徴するかのように、彼のSNS・ゴチルのフォロー数は0。0である。グラビアアイドルだの、コスプレイヤーだの、可愛い女の子には目もくれず、彼はゲーム制作に関する愚痴を毎回10文字以内で投稿している。

こうした彼のストイックさや、ストーリーが単純だからこそ明確になるプログラミング技術の高さ、そして何より、1つの作品をちゃんと完成させようと頑張る姿が俺にとってはたまらなく眩しく、羨ましく、見つけてから3ヶ月、毎日やり続けては無言のエールを送り続けているのである。



《話作りキモすぎ》



…おそらく、「話作るの難しい」と言いたいのだろう。若者ってすぐキモいって言うじゃん?キモいに色んな意味持たせがちじゃん?それを上手く受け止めてあげるのも大人の仕事じゃん?

投稿された愚痴?ヒトコトにすかさずいいねを押す。愚痴にいいねもへったくれもないが、本人に労いの言葉をかけるなどといったコミュ力を俺は持たないので、これが精一杯のアクションなのだ。

…それに解釈違いだったら申し訳ないし…。俺はああ受け取ったが、本当は「上手く話作りが出来たぞ!やったー!」という意味の「キモ」かもしれないし…。せめてSNSくらいではコミュニケーションでの失敗はしたくない。


投稿からまだ5分も経っていないというのに、既にヒトコトへの反応数は50を超え、同数程度のメンションも付いている。励ましの言葉を送る猫、絵文字だけを送るチューリップ、何故か自分の創作論を語り出す赤髪メカクレ黒マスク猫耳アイコン。

どうしてこうも皆気軽に話しかける事が出来るんだ?匿名だから?顔が見えないから?結局は人対人なんだぞ?機嫌を損ねてしまったり、喧嘩をふっかけられたり、はては訴訟を起こされたりするかもしれないんだぞ?どうしてスナック感覚で自分の感情を押し付けることが出来る?


そんな自分の偏屈さと退屈さに涙が出そうになりながらメンションを読み漁っていると、ポン、とスマホに通知が届いた。



《他人が口出すな》



件の制作者だ。彼が投稿した時、見逃しがないように通知がくるように設定しているのだ。キモいか?キモいな。



《口を出しているというか……ちょっとしたアドバイスをと思いまして……><お気に障ってしまったのなら謝ります><》


《アドバイス要らん》


《そうですか………ちょっとでもキンアルの世界観に肉付けできるお手伝いができたらな〜と思ったのですが………残念です><》


《完成させて言って》



…あら。あららら…。ちょっと煽っちゃってるな。

このやりとりを行なっている赤髪メカクレ黒マスク猫耳アイコン、プロフィールを見てみると小説を執筆中とのこと。リンク先のサイトに飛んでみると、1スクロールでは表示しきれないほどの長文タイトルをいくつも抱えていた。が、どれもこれも「打ち切り」、「休止中」と表記されており、完成した作品は見当たらなかった。

それを突いた(突いてしまった)高校生ゲーム制作者・リオム君、自身のメンションに赤髪メカクレ黒マスク猫耳アイコンツリーを作られ続けながらも、いつも通りの縛り有り愚痴ヒトコトを投稿。



《キャラが動かない》



ふむ、と俺は髭の生え始めた顎をさすった。

斬撃、打撃、魔法等攻撃手段によって被ダメージ表現を自由自在にプログラムする彼のことだ、技術的な問題ではないだろう。


やっぱり考えられるのは、「ストーリー上でのキャラクターの動かし方」、か。

べ、別にメンションしようとは思わないが、思ってないが、一応それに参考になりそうなものがないか検索をかけてみる。


『キャラクターが勝手に動くようになる』…はいはい天才乙。


『性格、嗜好、癖…キャラクターの1から100までの設定を作りまくる』…なるほど。


『元ネタを見つけてみる』…………ふむ。


0から作るのではなく、元があるものに自分好みの脚色を付ける、ということか。それだったら思考パターンや話し方、過去でさえある程度の礎があるから、あとは自分の作るストーリーに合わせて都合の良いように変更してやれば良い。

…要はパクリじゃねーか。


リオム君宛に送りかけていたリンク付きメンションを消そうと慌てて削除ボタンを押す。

がしかし、ここでやらかすのが俺たる所以なわけで。



「あ!?」



削除ボタンと送信ボタンを間違えて押してしまった。なんでだ、なんで隣り合う場所に重要な選択肢を設置するんだ!ユーザーインなんとかが悪いんじゃないか!?

最新だからか投稿主本人だからか分からないが、俺が送ってしまったメンションが1番上に表示されてしまっている。リンクだけの逆に失礼なそれは、嫌に目立って見えた。

恥ずかしさで体を捩ってしまう度に軋む椅子の音に混じって、短い通知音が部屋に響いた。



《なるほど》


「嘘だろ」



リアクションが返ってくる=生きてる=実在する──

───もしかすると彼はAIなんじゃないかとか実在する人物ではなくてというか俺以外のユーザーは皆1人の人間が巧みに操作してて彼もその中の1キャラクターでしかなくて俺はドッキリを仕掛けられていて───

などと色々アホみたいなことを考えてしまうが、嬉しさで顔が綻んでいくのが分かる。

うう、これは合法のアレだ。



《いつも応援してますがんばってくたざい》



誤字〜〜〜笑ってくれ〜〜〜舞い上がりすぎて送る必要のないもの送ってしまったばかりか誤字〜〜〜〜


スマホを持つ右手に一瞬で汗が吹き出した。いやワキもだ。いいや全身だ。なんだこれは初恋か?

消そうと思ったが、彼からいいねを付けてもらっているし、もったいなくてやきもきしていると、久しく聞いていなかった着信音が耳をつんざく。

発信者は…分からない。非通知の文字も無く、番号も無い。おまけに応答するボタンしか表示されていない。

以前がどうだったかは覚えていないが、この現象が普通ではないことは確かなので、俺は怖くなって鳴り続けるこれを黄ばんだ枕の下に埋める。

…………………………………………………長い。



『遅い』



鳴り止まなさすぎるのに怒りさえ込み上げてきた俺は、震える指を持って応答ボタンを押し、恐る恐るスマホを耳に当てた。

瞬間、先の不機嫌そうな声が聞こえたわけである。



『いつまで待たせる気じゃの。ワシはあまり待たされるのは好かんの』



俺の発言を待つこともなく、電話の相手は続ける。



『まあ良い。出たんじゃしの。良い。では喚ぶしの』



そう言い終わると、ぶつ、と唐突に通話が切られた。

少ししわがれた声と方言なのかよく分からない発音と語尾と、それからやけに反響しているような…



「コンサートホールからでもかけて─────



あとは、君の想像通りだ。

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