先輩と遊び
先輩と遊びに行く約束の当日。人のごった返す待ち合わせ場所で、周りを見渡して先輩を探す。先輩らしき姿は見当たらず、手に持っていたスマホの画面に視線を落とす。
「なんの嫌がらせだ?」
不機嫌な声に目線を上げると、顔を顰めた先輩が腕を組んで立っていた。
「嫌がらせですか?」
「私のこと無視たじゃないか。」
嫌がらせなんてする筈がない。先輩を無視するなんて以ての外だが、その服装を見てピンと来る。
普段のかっこよさがなりを潜めるほど、可愛い感じの服装だった。いつものポニーテールではなくて髪も下ろしている。
「先輩の雰囲気がいつもと違うので、気づかなかっただけです。」
「そうか。無視では無いことは分かったが、私に気づかなかったというのは腹が立つな。」
確かにいくらギャップがあったとしても、気づかなかったと言うのは失礼だったと考えを改め、言い訳を必死に考える。
「だが、仕方ないのだろうな。私は今ままで君にこういう姿は見せたことが無かったのだからな。」
「俺は、今日の服はとても似合ってると思いますよ。知らない先輩の姿を見ることが出来たのは、素直に嬉しいです。」
物憂げな表情を浮かべる先輩に対して、咄嗟に出てきた本心だ。先輩との付き合いも長いが、俺の先輩としての覡 渚流しか知らないのだ。
だからこそ、新たな先輩見ることが出来て嬉しいと思うのは当然だろう。
「そうか。嬉しいか。これでも結構気合を入れて来たんだ。だから君が似合ってると言ってくれて、私も嬉しいよ。」
先輩が頬を緩め見たこともない顔をする。そこには、少し照れたような感じがあった。
「今日は羽を伸ばして精一杯楽しみましょう!」
「上水流の言う通りだな。では行くぞ!」
意気揚々と歩き出した先輩の後を追う。
先輩の隣に歩きながら、何も聞かされていない目的地に向かう。
「今日のことで海結は何か言ってなかったか?」
「...いえ、特には。」
実際は、体育祭が終わった帰り道に遊びに出かけないかと誘われて、それを断ったりしたのだが先輩には言わない方がいいと思った。
それを知ったら先輩は、きっと遠慮して思う存分楽しむことが出来なくなると思ったから。
「ほんとか?海結にデートに誘われたんじゃないか?」
「なにも言ってなかったですよ。」
「そうか、それならそういうことにしておこうか。」
「はい。お願いします。」
ポーカーフェイスには定評の無い俺の嘘は、簡単に見破ぶられたと思うが、先輩の気遣いが海結との会話を無かったことにする。
「それで、本当は海結とデートに行きたかったのではないか?」
「仮に海結がお出かけに誘ってきたとしても、先輩との約束が先だったので海結とお出かけをすることは無いです。あと、デートではありません。」
俺が言ったことに対して、先輩は意外そうな顔をする。そんなに変なことを言ったつもりは無い。どちらかというと、普通に当たり障りのないことを言ったつもりだ。
「そうかそうか。君は海結との予定よりも、私との予定を優先したのか。」
今度は上機嫌に声を上げて笑う。ここまで表情のコロコロ変わる先輩を見るのは久しぶりだ。そのくらい今日はリラックス出来ているらしい。
それに、先輩はなにか勘違いをしているみたいだ。別に海結予定より優先したわけではない。約束が先だったからというだけだ。
「先輩の約束より海結からの誘いの方が早ければ、海結との予定を優先してました。」
後ろめたい気持ちがある訳ではないが投げやりに、先輩に対してではなく、ここにいない海結に対して言い訳をした。
「あ...すみません。」
咄嗟に出てしまったとはいえ、先輩に向かって言う必要は無かったと反省し謝罪する。
「謝る必要はないさ。先約を優先するのは当たり前のことだ。ただ、君は私との約束を反故にしなかった。それが嬉しいんだよ。」
先輩はそれを当たり前だと一蹴した。しかも、約束を反故にしなかったことが嬉しいとまで言われた。当たり前のことを当たり前に守る。先輩から良く言われた言葉だ。
しかし、俺は先輩に意外と薄情な人間だと思われているかもしれないが、先輩が喜んでくれているので、モーマンタイ。問題なしだ。
「それで、どこに向かってるんですか?」
ずっと気になっていた行き先を尋ねてみる。
「あぁ、それは着いてからのお楽しみだ。楽しみにしておけ。」
そこから、先輩から行き先までの道をナビされながら歩き目的地についた。
「ここって...?」
少し見上げると店の看板に、ボルダリングとあった。
「そう!ここが最近新しく出来たボルダリングジムだ!」
先輩が店の前で両手を広げ声を上げて、生き生きとこえをあけた。
学年一可愛いと噂される女の子が姉になった。 浅木 唯 @asagi_yui
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