体育祭⑦

「やはりアンカーは君か。上水流。」


「ええ、三年生がふざけて一年生をアンカーにしたみたいで。いい迷惑ですよ、ほんとに。」


お陰で先輩と走ることができるので、恨みばかりではないけど。


「もうそろそろだな。準備できているか?」


碧は既に走り終わっていて、前田くんが先頭を走っている。そのすぐ後ろに、先輩の前の走者がいる。


「できてますよ。どっちが早いか白黒つけましょう。」


先輩には悪いが負けられない理由がある。ゴールテープは切らせてもらうと、気合いを入れる。


「ふっ、言うようになったじゃないか。私もまだまだ君には負けんよ。」


かっこよく言い切りコースに入る。前田くんが走って来た。合図が飛びそれに合わせて走り出す。


「後は頼んだ!」


「任せろ!」


先輩とほぼ同タイミングでバトンを受け取り全開で走る。そのままゴールテープ手前、約十メートルまで横並び一直線だったが、そこで先輩が僅かに前に出て先にゴールテープを切られた。


コースを外れお互い肩で息をしながら歩み寄る。俺の顔は、きっと悔しさで歪んでいるだろう。


「はぁ、はぁ...負けました。勝てると...思ったんですけどね。」


「なに、勝つには勝ったが負けてもおかしくはなかったさ。」


「先輩に勝つ最後のチャンスだったんで、なんとしてでも勝ちたかったんですけど、それと、もう一つ。」


「もう一つ。なんだ?」


うっかり口を滑らしそうになった。また負けてしまったんだ。合わせる顔が無いとまではいかないけど、どんな言葉を掛けられるのか、少し怖い。


「いえ、なんでもありません。ありがとうございました。」


「こちらこそいい勝負だった。」


がっちり握手を交わしてから、背中を向けて歩きだす。元いた席に戻る途中に碧と前田くんが仲良く話しているのを見つけた。


「すまん。負けちまった。」


二人の元に寄り謝罪の言葉を投げ掛ける。これはエゴなのかもしれない。ただ、二人が一番で繋いだバトンを一番でゴールに届けることができなかったから。そう思っての言葉だった。


「なに謝ってんだよ。」


「永田くんの言うとうりさ。謝る必要なんてない。僕としては君の情けない面を拝めただけで満足だよ。」


碧が優しいのはいつもの事だが、前田くんのいつもと変わらない憎まれ口に感謝しそうになるなんて、人生分からないものだな。


「俺は、拝ませたくなかったよ!」


「まぁまぁ、翔太。落ち着け。」


「てか、お前らいつの間に仲良くなってんの?」


ついさっきまで、喧嘩気味だったのに知らない間に仲良くなっていた。


「翔太のことで意気投合してな。翔太は罪な男だなって具合にな。」


「なんだそれ?」


罪な男ってのはイケメンでモテる男のことを刺す言葉だから、俺には当てはまらないと思うのだが。碧も偶に変なことを言うのはやめて欲しい。


「そういうところがなんだけどな。ほら上水流さんが、お前のこと見てるぞ。」


海結の方を見ると目が合ったが、すぐに逸らされてしまった。席に戻って海結に話しかけようとしても、一向に俺の方を見てくれる気配が無い。

やっぱり幻滅されてしまったかと、落ち込んでいると凪砂さんが来て、背中を叩かれた。


「そんなに落ち込まない。海結ちゃんはあんたがかっこよかったって言ってたよ。」


「ほんとに?」


「嘘なんて言わないよ。」


顔が熱くなっていくのを感じる。今度は俺が海結の方を見れなくなってしまった。たった一人の大切な姉に、褒められるだけで、ここまで気恥しくなるとは思わなかった。

もちろん褒められるのは嬉しいが、嬉しさとは別の感情が湧き上がってくる。それがなにか解るまでこの感情と向き合うのは、大変だとそう思った。

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