第3話 口止め料はチョコレートケーキ

 イートインスペースのいつもの席に座った直後のことだったから、制服少女に不審な目を向けられてしまう。

 驚いたというよりも、その黒い瞳は侮蔑的で。

 いきなりのことだったとはいえ、そんな目を向けられる程の質問か? と一旦自問し、相当怪しいなという結論に達した。目が合って3秒で家族構成を訊くのはまずかったか。


 なんだか気味悪がって教えてくれなそうなので、とりあえず制服少女の顔をよく見る。じーっ。

「今度はなんですか?

 ……む、無言で見つめないでください」

「いや、ちょっと」

「説明になってないんですけど?」

 説明する気がないからな。

 狼狽えている制服少女は一旦放置する。弁当代と考えれば見られるぐらい軽いものだろう。

 ……この思考そのものも危ういな。ちょっと反省。


 似て……なくはない。が、姉妹だと確信に至るかと言うと、よくわからなかった。

 そもそも、ソウカと呼ばれていた窓際美人の顔を遠目でしか確認していないし。

 正直な話。化粧をした女性の顔を正確に見分ける自信がなかった。例え、友達同士で並んでいても、似たような化粧をされるとどっちがどっちだがパッと見わからなくなる。

 俺が鈍すぎるのか、それとも昨今の化粧技術が凄いのか。判断に迷うが、個人的に後者だと嬉しいなぁと思う。


「だから、なんですかっ。

 さっきからじっと見てばかりで黙っていて!」

 語気の強くなる制服少女は化粧っ気が薄いので判別しやすい。厳しい環境で生きていそうな割に、身だしなみ程度には薄く化粧をしている辺り、女の子なんだなとは思うが。


「あーいや。

 美人だなって」

「……はぃっ?」


 腹を空かせた野良犬ぐらいにしか思っていなかったが、よくよく見ると幼さを残しつつも整った顔立ちをしている。

 窓際美人のような誰もを振り向かせる雰囲気はないが、十分に美少女として通るだろう。美人の妹が美少女かはともかく、類似点として挙げてもいいのかもしれない。


「なっ……にを……」

 制服少女が僅かに仰け反る。

 頬を微かに染めて取り乱していると、ハッと我に返ったように目を見張り、胸を庇うように身構える。

「まさか、最初からそういうことが目的……っ!?」

「はいはいもうそれでいいから」

「適当にあしらわないでください!」

 勘違いで暴走する制服少女を無視しながらも、彼女の顔を目にしっかりと焼き付けたが確信は持てなかった。


 ダメだ。よくわからん。

「はー……」

 背もたれに寄りかかって、天井を扇ぐ。

 くだらないと思いながらも、昼間からこんな深夜になるまで引っかかっているのだから、なにか思うところがあるのかもしれない。


 それは目の前で「どういうつもりですか……」と悪態をつく少女の事情を知りたかったのか。それとも、偶然繋がりそうな点と点を見つけて、確かめたくなったのか。

 自分でもわからなかったが、どうあれ好奇心の現れだなって考えると、やるせない気持ちになる。野次馬根性で他人の事情を暴くなんてのは、嫌いなはずなんだけどなぁ。

 衝動的な自分の行動に滅入る。やだねぇほんと。


 忘れよう。それがいい。

 謝って、気にしない。それが一番だと、椅子の背もたれに預けていた身体を起こすと、正面の制服少女とバッチリと目が合う。

「あー、急にごめ――」

「姉、います……けど」

 俺の視線から逃げるように俯き気味に呟かれた言葉の意味が一瞬わからなかった。けど、直ぐに最初の質問の答えだということに気が付き、目を丸くする。


 いるのか……姉。

 ニアだ。ニア。ニアピンだ。

 内心うわーっとなる。


 家出した妹を探している姉。

 家に帰っていないだろう姉のいる妹。


 これだけで決定的な証拠にはならないが、近付いてしまったのは間違いなかった。

 開いた口が閉じず、片手で口元を覆って隠す。

 予想が当たりそうなことを喜べばいいのか。それとも、関わりたくもないのに余計な情報を知ってしまったと悲しむべきか悩む。


 むむむっと首を捻っていると、制服少女が二の腕を擦りながら、身体を小さく揺らして伺うような瞳を向けてくる。

「その……貴方は、私に興味があるんでしょうか?」

「へ? いや、まったくこれっぽっちも?

 自意識過剰なんじゃないですかー?」

 反射的に答えると、真っ赤な顔でべしべしと頭を叩かれてしまう。痛い痛い。止めて。ごめんって。咄嗟でつい本音が出ちゃっただけなんだって。

 煽る気はなかったが、口が滑ってしまった。


 ふーふーっと鼻息荒い制服少女をどうどうと手で制す。

「なんですかその行為は。

 馬や牛だと思ってるんですか?」

 ただ、制服少女はお気に召さなかったようで、眉間に皺が寄る。

「牛には見えないけど」

 視線を下げて慎ましやかな平原を見ると、テーブルの下で足を蹴られてしまう。ついつい皮肉を言ってしまうお口が恨めしい。


 とはいえ、制服少女をからかったおかげで、少し気分が落ち着いた。逆に目の前の少女は興奮した犬もかくやという具合に歯を剥き出しにして怒っているが……まぁ、きっとお腹が空いてるのだろう。弁当を与えれば落ち着くはずなので気にしない。


 姉、ねぇ。

 大学で見た窓際美人を頭の中に思い描く。

 ソウカという名前とか、通っている大学とか。

 確認を取れればほぼほぼ確定できるのだろうが……まぁ、いいか。


 思考を締め括る。

 好奇心は猫をも殺す。これ以上関わって、面倒事に巻き込まれたらたまったものじゃない。人間、慎ましやかに、自分のことだけ気にしていれば争うこともないのだ。


 よっこいせっと。

 用件を訊き終えて立ち上がると、未だに不機嫌そうなふくれっ面な少女の視線が追いかけてくる。

「私に興味がないのなら、

 どうして姉がいるなんて訊いたんですか?」

 むっと口を紡ぐ。

 隠す理由はないが、説明する義理もない。なにより、俺の考えが真実だった場合、どんな反応を示すかと想像して、面倒くさそうだと胸中で零す。


「君があまりにも魅力的だから興味が尽きなくってー」

「……そうですか。

 なら、私の名前ぐらいは言えますよね?」

「あー……制服少女?」

 言うと、黒曜にも似た瞳が鋭く細められ、疑惑が深まった気がする。だって、知らないし。名乗られた覚えはないし。


 名乗り合う間柄でもないのでどうでもいいが、俺の身体に穴を開けそうな勢いで睨まれ続けるのはよろしくない。

 あまり周囲のことを気にしないたちだが、バイト中ずっと見られていては気が散って仕方がない。


 席から離れてもなお追いかけてくる視線に辟易しながら、スイーツコーナーに向かう。冷気漂う棚からチョコレートケーキを手に取って、会計を済ませる。

 そのまま、疑いの目を向け続ける制服少女の前にフォークと共に差す出すと、方位磁石が北を指すように、その視線がケーキに吸い込まれた。


「ど、どういうつもりですか?

 まさか、こ……こんなあからさまな手に引っかかるとでも?」

 言葉こそ強気だが、その声は微かに震えている。

 もう一推しと見て取り、チョコレートケーキの透明な蓋を開ける。そして、包装を外したフォークを恭しく差し出す。


 わなわなと制服少女の手がゆっくりとフォークに伸びる。その指先は震えて、顔は苦渋に満ちている。壮絶な葛藤が傍から見ていても伝わってきた。

 やっぱりこれじゃあ誤魔化せないかと、差し出していたフォークを引っ込めようとすると、ガシッと素早く伸びてきた手がフォークの柄を掴み取った。


「こんな手に乗るのは今日だけですからっ」

「あぁ、うん。今日だけ今日だけ」

 適当に相槌を打つと、ケーキにフォークを刺してパクリと一口。パァアッ、と苦悶に満ちていた顔が明るく輝き、うっとりとケーキの甘さに身体を身悶えさせていた。


 まぁ、甘い物に手が出ない懐具合なんだろうけど、単純だなぁと思わずにはいられない。

 いいのだけれど、あっさりと誤魔化せてしまったこの状況にやや呆れてしまう。


 俺の気なんて知らずにパクパクッと威勢良く、幸せそうにケーキをむ制服少女は、あ、となにかを思い出したように声を発する。

 やっぱりダメだったのかと身構えたが、

「私、ショートケーキのほうが好きです」

「……お前の好みなんて知るか」


 こいつが単純なのか。それとも、女の子は甘い物に目がないのか。

 口の周りにチョコクリームを付けて満足そうに食べる制服少女を見て、色々と気にしてる俺がバカみたいだなと肩を落とす。

 そのままレジ中からおしぼりを引っ張り出し、ペシッと八つ当たり気味に少女のおでこに投げつける。


 ――


 どうあれ。

 これで姉妹疑惑については終わりだなぁと思っていた俺は浅はかで。

 後に不本意ながら窓際美人と接触することになるのだが、この時の俺は早くバイト終わらないかなぁと意識を半分飛ばしてぼーっとしているだけで、気が付きはしなかった。



 ◆第2章_fin◆

 __To be continued.

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